拝啓、私だけのヒーロー様

工藤 流優空

さようなら、私だけのヒーロー様。

 今、私は手紙をしたためている。手紙を贈りたい相手に届くかどうかは分からない。むしろ、届かない可能性の方が高い。それでも書きたかった。

 この思いを、何かに残しておきたかった。

『拝啓 私だけのヒーロー様。あなたをお慕い申し上げておりました。何と言っても、あなたは私の恩人、人生を変えてくださった方ですから。けれど、人は、シンデレラストーリーに憧れるもの。私も、最初は王子様との結婚が人生最大の喜びであるのだと信じて疑いませんでした。けれども俗に言うハッピーエンド、結婚した後は、夢のような日々、とは参りませんでした』

 ここまで書いて、一度筆を置く。外では私の夫であるこの国の王子が、美しい翼をまるで見せびらかすように羽ばたかせながら、たくさんの女性たちと共に飛び回っている。

『残念ながら、私は王子様たちとは違います。背丈は似ておりますが、彼らには翼があり、私にはそれがありません。空を自由に飛べたなら、どんなに楽しいでしょう。どんなに幸せでしょう。でも、私一人ではそれは、叶いません。ですからどうか、あなたに、戻ってきてほしい。わがままだとは分かっています。けれども、あなたと共に大空を飛んだ感動を、一日だって忘れたことはありません』

 窓の外の王子たちを見て思う。彼のあの大きな翼であれば、王子たちよりも高く、速く飛べる。強靭なあの翼は、王子たちの美しいけれども薄い翼とはわけが違う。

『私は今まで、自分と同じような人たちがきっといるはずだ、その人たちに出会いたい。出会って一緒に暮らしたいと思ってまいりました。けれども、暮らしてみて分かりました。見た目が似ているだけでは、一緒にいても、これっぽちも楽しくないのです。王子は、私が美しいから、妻にしたかっただけです。私の性格を知っていて好きになったわけではありません。それは、もぐらさんも一緒でした。でも、あなたは違います。王子より長い時を、あなたと共に過ごしました。あなたはいつでも、私を気にかけてくださいました。嗚呼、あなたがまた私のもとに戻ってきてくれたならどんなにうれしいか』

 その時、窓が軽くノックされた。外を見てみれば、あれほど会いたかった手紙の相手が目の前に目を細めて立っている。

「暖かい場所に向けて出発したんじゃなかったの」

 窓を開けてそう問えば、彼は一輪の花を窓の前に置いて歌うように言う。

「ええ、そのつもりでしたが」

 いたずらっぽく微笑むと、彼は言葉を続けた。

「……やはり、あなたも連れて行きたいと思いまして」

 きらきらと瞳を輝かせて、彼は美しい声で私を誘う。

「僕は、王子でも大金持ちでもありません。けれど、この翼であなたにたくさん、素敵な景色を見せてあげることはできる」

 そう言って、翼を広げてみせる。あの翼を一度、手当したこともあったな、とふと思う。

「ええ、そうね」

 手紙を書き始めた時から、心を決めた。この手紙が彼に届いて彼が迎えに来てくれたなら、きっと彼と一緒に旅に出ようと。

 手紙は必要なくなった。けれど、心は変わらない。

「物語は、自分たちで作るものよね」

 そう言うと、彼の背中に飛び乗った。

――

 楽しそうに飛び回る王子様たちの前を、一羽のつばめが通り過ぎた。

「ごきげんよう、王子様」

 王子には、親指姫の声が聞こえた気がした。

 その後、親指姫はつばめと共に姿を消した。彼女たちの旅の行方は、誰も知らない。

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拝啓、私だけのヒーロー様 工藤 流優空 @ruku_sousaku

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