ヒーローの車

鈴ノ木 鈴ノ子

ひーろーのくるま

僕には不思議と思えることが1つあった。

家には3台の車があって、母親は卵のような形が特徴の軽自動車、父親は大きな箱のような形のSUV、そして車庫にいつもいる古いSUV、これが不思議な車だった。その古い車は父と母が小さな頃からあって、曽祖父にあたる人が2人を乗せてよく送り迎えに使っていたという話はおばあちゃんから聞いたことがあった。

でも、その車がずっとそこにある理由までは分からなかった。

その車も月に一度、日曜日のお墓参りの時にだけ動いた。甲高いエンジン音とグレーの硬く古い座席、あまり嗅いだことのない芳香剤の香りのする車に乗って、山の上にあるお墓にお参りをして、それを終えると真っ直ぐに帰ってくる。

お墓は家から街を挟んで反対方向にあって、帰りがけに買い物にも寄れるのにどこにも寄ることなく、駐車されている車庫へと戻った。

帰宅すると普段は時間延長を許してくれないゲームを、車の洗車が終わるまでは自由にやって良いと言ってくれて僕は楽しい一時を過ごせるのだけれど、時折、リビングから見える車庫では、両親が時間をかけて洗車と掃除していた。


「なんでその車はお墓参りの時にしか使わないの?」


ついに気になって僕は父に聞いてみることにした。大切にするにしても度を越している気がしたからだった。

リビングでビール片手にソファーで寝転んで野球を見ていた父が試合途中にも関わらずテレビを切った。


「あの車はね、滉太の読んでいる漫画のヒーローと言った感じかな」


最近、夢中になっている漫画の主人公とあの車を見比べたが、とてもそうとは思えなかった。


「あの車がヒーローなの?」


「そうさ、子供の頃の父さんと母さんを助けてくれたんだよ」


そう言って父はビールの缶を机に置いて、母によくだらしないと怒られている座り方から座り直すと父が話しを始めた。





彼らが幼い頃に大きな地震があった。

その地震の揺れがきた時、父親の昌幸と母親の翔子は高台にある昌幸の自宅で遊んでいる最中だった。2人は幼馴染で家族ぐるみの付き合いのために普段からよくお互いの家で遊ぶことが多かった。激しい揺れに驚いて2人で机の下に隠れた、部屋は箪笥や机の上のものが揺れによって暴れるように動き始め、そして次々と床へと倒れていく、揺れが治った頃には、今さっきまで遊んでいた部屋は一瞬にして物が散乱して滅茶苦茶になっていた。

昌幸の実家は何百年も続く古い家で、漆喰の壁には亀裂が入りその隙間から外の景色がみえた。窓についていた古いガラスはどれもこれも揺れによって割れ落ちて、雪の混じった冷たい風が室内へと流れ込んでくる。しばらくすると再び地震が来て、その揺れのため家がとうとう傾いたことをいろんなものが散乱する床を縫うように転がっていくビー玉を見て昌幸は理解した。


「翔ちゃん、外へ逃げよう」


「うん」


少し涙目の翔子としっかりと手を握り散乱するものを上手く避けながら室内から廊下へとでた。廊下の先にある壁は崩れていてそこから強烈な雪風が室内へと吹き込んでいる。

誰か大人を呼ぼうにも一緒に暮らしている両親と祖父母は、それぞれが仕事と用事で出かけおり家には2人だけであった。


「あ、これ持ってかなきゃ」


普段から玄関先に置かれていて、揺れで転がっていた非常持ち出し袋を昌幸は見つけた。

色々なものが散乱している玄関から翔子の靴と自分の靴を探し出して履き、玄関に脱ぎっぱなしにしていたジャンパーとコートを軽く叩いて埃を落として着た。

曲がった玄関の扉からも雪風が凄まじい音を立てて吹き込んでくる。

お互いにどうしようか考えていると家の前、畑の近くにある怖い顔の車が目に入った。

祖父が最近買った車であった。

とても大きな車で室内も広かったので、少し前に2人で忍び込んで遊んでいたところを怒られたこともある。ドライブに行けば帰りは広々とした後部座席でゆったりと寝て帰れたことを昌幸は思い出して、あれなら中で過ごせるかもしれないと翔子に声をかけた。


「翔ちゃん、じーちゃんの車に行こう」


「いいのかな」


「きっと、こんな時だから許してくれるよ」


車の鍵を探すために玄関先のいつもの位置に吊り下がっているところを見るが、そこには見当たらなかった。祖母の車で祖父も一緒に出かけていったので、地震のせいで何処かに落ちているに違いないと2人でしばらく周囲を探すと、散らばっていた靴の合間から銀色の変なキャラクターと鈴のついた車の鍵が見つかった。


「いくよ」


「うん」


お互いに手を引いて雪風の中を一目散に車へと走った。

運転席へと辿り着くと鍵を差し込んでロックを解除する。ガチャリと重たい音がして鍵が開いたことを確かめてから、後部座席のスライドドアを開いて翔子を先に載せると、昌幸も慌てて駆け込み扉を閉める。

外の雪風の音はきこえるものの室内は静まりかえっていて、それだけでも2人は安堵してお互いに笑顔を見せ合った。

雪風を避けれたことにひと段落したころ、室内にも日中の暖かさを奪う冷えた空気が漂い始めてきたので、最後尾の座席に置かれていたブランケットと寝袋を引っ張り出して広げると、ブランケットで寒がりの祥子を包んでから2人で広げた寝袋を羽織った。


「ありがとう」


「寒くない?」


「うん、大丈夫、あったかいよ」


祥子を気遣いながら昌幸は非常持ち出し袋から、懐中電灯と水を取り出して蓋を開けた。車にある紙コップに少し注ぐと祥子へと差し出した。


「飲んで、喉がよくなるよ」


「う・・うん」


喘息持ちの祥子に発作を起こさせないように気をつけようと昌幸は決めた。薬類は自宅に置いてきてしまい、外の状況から考えて取りに戻ることは危険が伴うことを授業で習ったばかりだったので、その指示に従うことにした。

日がだんだんと落ちてくると、車内を夕闇から宵闇が支配し始める。お互いに心細くなって握った手を離さないようにしながら、懐中電灯をつけたり消したりしながら救助が来てくれるのひたすら待つ、両親や祖父母がすぐに駆けつけてきてくれるだろうと昌幸は考えていたが、真っ暗闇が車内を覆った時、しばらくは難しいのだろうなと覚悟を決めた。

寒さは一段と増してきて、吐き出す息にも白い靄がかかった。とても毛布一枚では過ごせないくらいまで下がってきている。


「怒られるけど・・・やってみよう」


「なにするの?」


「車のエンジンをかけてみる。おじいちゃんは寒がりだったから、きっとエアコンが入りっぱなしだと思うんだ」


運転席に移動した昌幸はハンドル横の鍵穴に鍵を差し込んだ、メーター類が仄かに光ったのを確認して鍵を捻るとエンジンがかかった。

カーステレオのラジオから人の声が聞こえてきたこと、そして案の定、エアコンから暖かい風が噴き出し始めた。ラジオからは大きな地震が発生して住んでいる地区の周りの道が壊れていること、そして街中では沢山の怪我人が出ていること、今後も同じ規模の地震に供えるようにと難しい解説が含まれながら流れている。


「お車で避難されている方に注意です、降雪量が多く積雪が増すことが予想されます。くれぐれも一酸化中毒にならないように、以下の点にご注意ください・・・」


ラジオからの注意情報に昌幸と祥子はしっかりと聞き耳を立てた。

そして車内がある程度暖かくなると、エンジンを止めてガソリンを節約したり、ラジオの解説者が言っていた排気ガスのでるあたりを外へ出て雪が積もってないか確認のために見に行ったりなどを繰り返した。非常食のカンパンは硬くて食べることができなかったので、クッキーを2人で分け合いながら食べる。トイレも簡易トイレを最後尾に置いて隠れるようにして済ませた。


「寒くない?エンジンかける?」


「ううん、大丈夫」


2人で声をかけ合いながら両親か祖父母を待った。


「救助は必ず来ます、それまで頑張りましょう」


エンジンをかけるたびにラジオから聞こえてくる声に不安に揺れる心が励まされる。人の声が聞こえることがこんなにも心強いものなのだと2人は初めて知った。


「誰か早く来るといいね」


「うん、そうだね」


そう言いながら、お互いに普段の学校の話や簡単にできる遊びなどをして夜明け前まで過ごした。それはお互いに幼馴染のことをさらに知る機会となって話が弾み、そして恐怖も薄らいでいく。

車外が薄く明るくなってきた頃には2人は抱き合って暖め合いながら眠った。しばらくして目を覚ますと外から人の呼び声が聞こえてきた。それは2人の名前を大声で呼んでいて慌てて起きると結露した窓を掌で拭う。緑色の迷彩服を着てヘルメットを被った大人達がちょうど車の隣を歩いているところだった。


「ああ!2人ともいたぞ!要救助者発見!」


迷彩服のお兄さんたちが車の扉を開いた。寒い風が入り込んできて身震いしたが、それ以上に2人には安堵の表情が浮かんだ。すぐに毛布に包まれてしばらくすると近くからヘリコプターの風を切る音が聞こえてくる。


「よく頑張ったな」


お兄さん達が褒めてくれながら、抱き抱えられた2人は広い畑の中心へと向かっていく、その先にはヘリコプターが着陸していた。乗り込んでふと2人が車へと顔を向けると、2人の目にはいつも怖い顔つきの車の顔が、どことなく、微笑んでいるように思えた。まるでよくがんばったね、と言っていてくれるようであった。


「あの車は命を救ってくれたヒーローなんだよ。滉太が何かあって1人でどうにかしないといけない時は、まず、あの車に逃げなさい。車庫は頑丈にできている。あの車には非常食なども備えてある。鍵は玄関に吊るされているのは知ってるだろ。すぐに父さん、母さんが迎えにいくけど、もし、しばらくしても父さん達が来なかったら、地図が置いてあるから、それを頼りに避難しなさい。」


「う、うん。わかった」


滉太が窓から見た古い車は他の2台よりも力強く見える。


父と母を守ってくれた車はきっと僕も守ってくれると思えるほどに。





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ヒーローの車 鈴ノ木 鈴ノ子 @suzunokisuzunoki

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