これからも、ずっと

味噌わさび

第1話 私だけのヒーロー

 俺は自分で言うのもなんだが、クラスでまったく目立たない方だと思う。


 いつも教室の隅で、一人で本を読んでいる……そんな男だ。


 なので、もちろん、女子にもモテない。


 クラスでは、スポーツができるとか、勉強ができるとか、そういうヤツがモテるわけである。


 だから、持たざるものである俺がモテないというのは納得もできるし、理解もできる。


 だが……そんな俺に対して羨望の眼差しを向けてくる人間の存在は理解できない。


「……なんで俺のことを見ているんだ?」


 学校が終わった後、帰り道で俺は訊ねてみた。


「そりゃあ、君が格好良いからだよ」


 嬉しそうにそういう、ショートカットの女の子。俺の幼馴染である。


「……俺のどこが格好良いんだ?」


「全部だよ」


 即答されてしまうと、もうどうしようもなかった。


 俺の幼馴染は、なぜか、幼馴染というだけなのに、ずっと俺に絡んでくる。


「……なんで俺のことが格好良いと思うんだ?」


「君が私にとって、ヒーローだからだよ」


「ヒーローって……いや、俺、お前に対して何かしてあげた記憶、ないんだけど……」


 俺がそう言ってもヤツはニコニコしているだけだった。


 コイツは俺のことをからかっているだけなんじゃないかと思えてくるくらいだった。


 だから、俺はむしろ、ヤツが俺から離れていくような行動をすることにした。


「さぁ、今日も一緒に帰ろう」


「悪い。お前とはもう一緒に帰りたくない」


 思い切り冷たくしてやれば、きっと俺から離れていくだろう……俺はそう考えたのだ。


 俺がそう言うと、彼女は一瞬、目を丸くしていた。


 しかし、別に怒ったというわけでもなく「そっか」と言って、そのまま教室を出ていってしまった。


 意味がわからなかったが、俺もそれから少ししてから帰ることにした。


 久しぶりに一人で帰ることができる。いつもはずっとニコニコしながら羨望の眼差しを向けられていたからなんだか居心地が悪かった。


 なんだか、町を流れる川も、心なしかいつもより綺麗に見えて――


「……は?」


 と、川の方を見ていたその時だった。


 少し先の橋の欄干に、誰かが立っているのだ。


 そして、それが俺の幼馴染であることを理解するのに、時間はかからなかった。


「おい! 何やってんだ!」


 俺は彼女の近くまで走っていき、慌てて呼びかけた。すると、彼女は嬉しそうに俺のことを見る。


「……やっぱり来てくれた」


 そう言うと、彼女はそのまま欄干の上から橋の下へ飛び降りようとする。俺はとっさに彼女の足を掴み、そのまま引きずり下ろした。


 結果として、彼女が俺の上に覆いかぶさるように倒れてきたが、なんとか、飛び降りは阻止することが出来た。


「いたた……なんでこんな……」


「助けてくれるって、思ってたから」


 と、尻もちをついている俺に対して、既に立ち上がった彼女がそう言ってくる。


「君は、私だけのヒーローだから。きっと、また、助けてくれるって信じてたから」


「……また?」


「うん。そうだよ。私が車にひかれそうになったときも、階段から落ちそうになったときも……君は助けてくれたでしょ?」


 そう言われて俺は思い返す。確かに、幼馴染という長い付き合い上、そんなことは何度かあった。


 小さいときから、どうにもドジなヤツだと思っていた。しかも、コイツを助けたのも、それは、あくまで反射的に体が動いてしまっただけで、助けようと思って助けたわけでは――


「だからね……私はわかったの。君は私にとってのヒーローなんだって」


 狂気すら感じさせる瞳で、嬉しそうにそう言う彼女。


 もしかして、俺は、コイツと幼馴染でいる限り、これからも、ずっと――


「だから……私だけのヒーローでいてほしいの。これからも、ずっと……ね?」

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