予定通りに行動する俺、ダンジョンに挑む想い人。
くるとん
その予定の意味は彼女しか知らない。
この世界には、たくさんのヒーローがいる。
常識を超えるような無双、完全無欠な理想…どんなことでも思いのまま。それがここ、物語の世界。科学的にあり得ない、現在技術では実現できない…そんなことも、物語のなかだけは自由自在だ。
―――だから、俺は書き換える。
俺が持つスキル、それは「ストーリーテラー」だ。
判明したときは最強のスキルだと思った。物語を書き換えられるというのだから、どんなことでも思いのまま。俺の理想は現実になる…そう思っていた。しかし当然のように現実は甘くなかった。そんなスキルあるはずがない。あるとすれば、この物語を書いている作者になるのだろう。…俺は何を言っているのだろう?
それはさておき、俺のスキルには制限がある。基本的に俺の行動のみにしか影響しないというものだ。例えば、俺が誰かとデートするという予定を書いたとしよう。スキルによって、その予定は実行される。実行されるのだが、相手の行動まで制御できるわけではない。
―――相手のいないデートを楽し…いや、悲しむことになる。
遊園地に行くと書いていれば、ひとりで遊園地に行くこととなる。高級ディナーを楽しむと書いていれば、ひとりで高級ディナー。俺の行動が絶対的に制御されるのだ。
「サキ、今日もダンジョンに行くのか?」
「うん。ヨウタは採取?」
「あぁ。いつもの採取。俺のスキルじゃ、戦闘は危なすぎるしな。」
「そっか。じゃあ、気をつけてね。」
「サキもな。無理すんなよ。」
「はいはい。」
ギルドでばったり会った茶髪ポニーテールの女性。サキ。俺の幼馴染。想い人。
「マルチプライ」というスキルを持っており、高難度ダンジョンを片っ端から攻略している…まぁ、最強の冒険者だ。俺のスキルとは性質が異なり、戦闘特化型のスキルと言って良いだろう。
一方の俺、相変わらずの戦闘不向きスキル。ありがたいことと言えば、寝坊しないことだろうか。朝起きる時間を書いておけば、その時間ぴったりに目が覚める。ちなみに他人が直接的に関係しないことであれば、思い通りになることもある。時と場合によるが、レアアイテムを手に入れると書いていれば、思わぬかたちで入手できたりもする。その代償としてのデメリットがあることも…しばしばだが。
―――この前なんか…。
薬草を入手すると書いたところ、なんとびっくり薬草が入手できた。いや、話を省略しすぎた。モンスターに襲われ、石に躓きケガをしたところで…助てくれた冒険者一行から薬草をもらえた。まったくバランスがとれていない。
―――スキルがあるだけましか…。
ちなみに俺は、サキに気持ちを伝えている。返答は「半年たったら考えるよ。あと、スキル使わせて。」だった。俺はそれを受け入れた。
サキは俺のスキルを使い、いろいろと予定を書き込んだ。当然ながら、それは俺を制御するものである。普通であれば危険極まりない気もするが、サキ相手で安心していた俺は、それを受け入れてしまった。
―――なんて書かれたかも…わかんないし…。
予定は魔法のペンを使い、どこにでも書くことができる。書き終えるとスキルに認証され、文字は消える。確認する方法はあるのだが、怖すぎて呼び出せない。「サキを嫌いになる」と書かれていれば、俺はサキを嫌いになってしまう。
そんなある種の恐怖感に支配された日々だったが、なんとか半年を迎えようとしている。明日で丁度半年なのだ。
■
それから数時間後、薬草採取を終えた俺は、ギルドに帰ってきた。
―――なんだかあわただしいな…。
ギルドのなかが騒がしい。冒険者がせわしなく走り回っているし、事務員も資料を抱えて右へ左への大騒動。
「何か…あったのか?」
「あぁ、ヨウタか。サキが帰ってこないんだよ。」
「…は?」
「だから、サキがダンジョンから帰ってこないんだよ。」
頭が真っ白になった。
ダンジョンから帰ってこない。それは最悪の事態とほぼ同義だ。ダンジョンには侵入制限時間が存在する。その時間内に攻略できなければ、強制的にスタート位置へと転移させられてしまう。制限時間を経過しても帰って来ない…ということは、敗北を意味している。ダンジョンボスに捕らえられているか、あるいは…。
―――そんな…。
俺は何も考えられなくなった。それでも、強引に思考を動かす。俺にはダンジョンを攻略できるような力はない。防具はもちろん、サキが振るうようなクラスの武器など…持ったことすらない。あるのは…スキルのみ。
―――スキル…。
俺は夢中で予定を書きなぐった。
『サキをダンジョンから救出する』
次の瞬間、いつもの光が文字を包み、予定が認証された。
■
あれからどれほどの時間が経っただろうか。意識は朦朧として、どちらが前かも良くわからない。サキが入ったダンジョンの最奥部…生きているのが不思議な状況でたどり着いた。
「ヨ…ウタ…。」
力なく響いた声。俺の耳が聞こえていないのだろうか。どちらかはわからない。全体を把握することすら難しいほどのボスモンスター、その背後にある牢屋のようなエリア…そこにサキの姿はあった。
「サキ…。」
俺はボスを無視し、ヨタヨタと前に進む。いや、倒れては起き上がっての繰り返しだ。進んでいるのかもわからない。その様子を冷酷なまなざしで見つめているボスモンスター。
―――なんで…攻撃されないんだ…。
理由はわからない。ただ、ボスモンスターはピクリとも動かない。俺は思考をやめて、這う。
「ヨウタ…。ごめん…なさい…私…。」
「サキ…帰ろ…う。」
それからふたり、ボロボロになりながらダンジョンをさまよった。俺の侵入制限時間が到来したことにより、ふたりは転移の光につつまれた。
■
あれから数週間。
俺は病院のベッドにいる。包帯でぐるぐる巻きの状況だが、なんとか生きている。隣にはサキ。かなり危険な状態だったが、なんとか乗り切った。
「サキ…大丈夫か?」
意味のない質問だった。大丈夫ではないことは、見ればわかる。サキも包帯ぐるぐる巻きだし。
「大丈夫じゃない。」
「だよな。」
「でも、大丈夫。生きてる。」
「そうだな。」
少し明るさが戻ってきた気がする。
「そういえばさ…もう、半年たったけど…。」
こんな時にする話じゃないでしょ的なツッコミを期待しての言葉だった。サキに笑って欲しくて呟いたのだが、答えは意外なものだった。
「…。」
まさかの無言。無視なのだろうか。わからない。
「あの…?」
「…。」
困った。
「そういえば、俺のスキルに書き込んだよね。見ても良い?」
「…!?だ、だめ!」
急に慌てだしたサキ。余計に気になる。
「じゃあ、答えを教えてよ。…あ、悪い。今のは良くないな。前言撤回。」
「ヨウタ…。うん…見ても良いよ。それが…答えだから。」
またしてもまさかの返答。余計に怖くなってきた。
「…。」
そこには。
『毎日ギルドに通い、サキに会う』
『サキのピンチに駆けつけて、ふたりは結ばれる』
想定外すぎる文言だった。同時にいろいろなことが頭を駆け巡り、声を上げそうになる。
「サ…?」
もう一つの文言に気がついた。
『生きる』
たった3文字。その意味は、すぐに理解できた。あの時、まるで俺を救出に向かわせまいとするように足が重たくなったのは…。あの時、俺がボスモンスターに襲われなかったのは…。
「私の大切なヒーローには、生きててもらわないと…困るじゃん。」
予定通りに行動する俺、ダンジョンに挑む想い人。 くるとん @crouton0903
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