メティス1987―イタいがうれしい、マイヒーロー

gaction9969

♰●■△

 途轍もなくヒマなのであった。


 1987年8月4日。言うまでも無く、たのしいたのしい夏休みではある。しかしてファミコンを持っていない小学二年生の久我少年にとって、涼しいうちに宿題を申し訳程度にやって昼ご飯を食べた後の、うだる昼下がりをうまいこと潰す手立てはあまり無いのであった。


 親友のツカチーは家族で北海道に旅行中……じゃあもしかしたらその間ファミコンを借りれるんじゃと思ってその前日にわざわざ家まで出向いて頼んでみたら、何言ってんだよ持ってくに決まってんじゃんとすげなく言われた。そ、そうだよなぁ……と妙に納得しながら、わざわざお宝を入れるために中にプチプチまで詰めてきた紫色のデイパックを無駄に背負い直したりしながら、やかましいはずの蝉の声も聴こえなくなるほどの失意の静寂の中を無言で帰宅するのであった。


 図書館……昨日調子に乗ってぶ厚い奴を十冊も借りてしまった……読書は本当に何も無いどうしようも無い時にする最後の手段であって、それ以外の選択肢を模索したい……


 駄菓子屋……外に置かれた筐体はちょっと昔の奴でこの炎天下でも暗幕みたいなのを頭から被ってやらないと反射して敵弾がまったく見えないけど二十円で出来る激安設定ではある。が、大抵は違う小学校のイキった面々が占拠しているので、そこに近づくことも避けている……


 何より暑いのである。クーラーも体に悪いからと言ってつけてくれないのである。寝るにも寝れずに真顔の直立姿勢で冷たい板敷きの床に横たわり、天井の染みの数を数えている不気味な久我少年なのであった。


 読んだ奴でもいいからマンガでも読破しようかと思うものの、マンガも学習まんが以外はまたバカになるとの理由であまり買ってもらえない家庭であるため、家にあるのは父親の「コブラ」全巻とCOM版「火の鳥」の「鳳凰編」「復活編」、それと「キン肉マン」の九巻だけが何故か二冊ダブっているだけなのであった。小二にはキツいラインナップである。


 いや、「アレ」があった。


 唐突にそこで思い出すのであった。ランドセルに隠していたジャポニカのじゆうちょうを引き出す。その冒頭には、


<ガククン★クエストⅡ>


 の文字が騙し絵のような立体感をもってして、大書されているのであった。そう、


 得られなければ、与えられなければ、作るのであった。創るの精神なのであった。


 (パクリ)元となった作品は、言うまでもなく言うのも憚られる、この年の初めに鳴り物入りで二作目が発売された、あの、あれである。「Ⅱ」という文字と響きだけで妄想が何杯でも捗ってしまう久我少年は、初めての自作にもそれを冠してしまうのであったが。


 まずは地図である。取りあえず描きたいものと言えばそれなのである。そして色々詰め込み過ぎるものだから、大抵が陸地と海の比率が地球のそれと逆転しているものなのである。


 そしてキャラクター。主人公ヒーローには剣と盾は鉄板。作者を多分に意識した名前を持つことが多い。そして仲間1は上半身裸のパワータイプか華奢な知的長髪タイプの二択にほぼ分かれると思うが、実はその辺りは適当に済ます。大事なのは仲間2……美少女魔道士の描写にほぼ割かれるためである。ここには力が否応入る。気になるコの名前をアナグラム化して付けようと思って「イミズ」や「カドマ」など苗字っぽくなってしまって茫然としたり、目の間隔がどうしても気に食わず、何回も消しては描いていくため、その顔の辺りだけ紙がけば立ってうす黒くなっていくのに愕然とするのに忙しいが、ここ辺りがいちばんハマり込む時間帯なのである。


 モンスター。これは完全にパクるのが常道である。この辺りで完全に思考力は枯れているものだからである。「おおさそり」とか「よろいのきし」など一般名詞で通して商標には引っかからなさそうなのは勿論、「スーパースライム」など、ベタなアレンジをしてオリジナリティを出せたと悦に入るまでが様式美と言っても過言ではない。


 モンスターのパラメータをとんでもなくインフレ化させた挙句、大魔王は「HP100000000000」とか倒せなくね? となってさて次はどうしようか町のマップでも描くかとか思って方眼を引いたところで確実に飽きるのは詮無きことである。そうこうしてるうちに二時間は経っている。


 ……やっぱ自分でつくるのは無理だ。ファミコン……早く北海道から帰ってこないかな……


 心の空虚さのあまり、親友に対しての扱いまでひどくなる久我少年なのだった。


 だが彼はまだ知らない。


 数十年後の自分が、無から何かを生み出す作業に三連休のほとんどを注ぎ込むことの出来るメンタルへと醸成してしまうことを……


 明日は図書館に行ってコロコロの最新号が空くまで遠くの席で見張っていよう、とやることも本当に無くなり、八時くらいにはベッドに入る久我少年なのであった。


 開け放した窓からは澄んだ夜空が滲むように暗い和室に入ってくるように見える。


 そこに確かに光る、ひとつの光点。


(了)

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