【KAC20228】あと5分でバイバイって時にちょうどいい話題って何?

姫川翡翠

東藤と村瀬と幼い頃の夢

「村瀬はさぁ、子どもの頃何になりたかった?」

「え、今聞く? この5分間ずっと無言やったくせに、何で今そんな長引きそうな話題なん? もう電車くんねやけど」

『まもなく電車が到着します。ご注意ください』

「ほら。アナウンスも言うてはるやん」

「いやぁ、なんとなく」

「うーん。そやなぁ。僕は新幹線やったかな。速くてかっこいいし」

「人間やめてるやんけ」

「でもあるあるじゃない? 男子は飛行機とかロケットみたいな速くてかっこいい乗り物に一度は憧れるもんやろ? あとはダンプカーとかショベルカーみたいな重機もデカくてかっこいいから好きやったなぁ。ああ、それこそ電車もそうやん」

「確かに俺もめっちゃ好きやったけど。未だにデカい乗り物見れば大興奮やけど」

「なんならソフトクリームになりたかった時期もある。美味しいし」

「それはさすがにお前おかしいわ」

「そういう東藤は?」

「仮面ライダーやな。戦隊ヒーローでもよかったけど」

「プリキュアちゃうん?」

「何? お前、プリキュア馬鹿にしてるん? あの子ら俺らより全然年下やのに命かけて頑張ってはるんやで? それやのに馬鹿にするん?」

「いや、なんかごめん。てか東藤が世界を救うヒーローとか全然似合わへんな」

「そんなこと言われんくてもわかってるわ。子供の頃や言うてるやろ」

「東藤にも『正義』とか志してた時期があったんやな」

「ええやろ別に」

「うん。ええと思うで」

「それじゃ。また」

「おう。お前電車間違えんなよ」

「さすがに大丈夫。……次に向かいに来た電車乗ればええんよな?」

「めっちゃビビってるやん。……って、あ!」

「急にどした? え、村瀬? どこ行くん?」

「少年! ああ、やっぱりスマホ落としちゃったね」

「……」

「ああ、泣かんといて。大丈夫やから。とりあえず電車が行くまで待たなな……危ないしいったん黄色い線の内側入ろか。それで、少年は時間とか大丈夫?」

「……(コクリ)」

「村瀬?」

「いや、さっきパッと横見たときこの子が手を滑らせて電車とホームの隙間にスマホ落としちゃったのが見えてんか」

「それでわざわざ電車から降りたんか」

「うん。僕駅員呼んでくるわ。東藤は……いやでもそろそろ電車来るな……」

「ええよ。別に急いでないし。この子とここで待ってるわ」

「ありがとう。すぐ戻ってくるから」

「あいよ、って相変わらずはっや。……えーと……お名前はなんというのでしょうか」

「……つばさ」

「つばさ君ですね。……その、おいくつですか?」

「……10歳」

「そうですか。えーっと、ん……制服ってことは下校中でしたか」

「……(コクリ)」

「いやー、偉いですね。俺らはもう春休みなんで遊んでたんですけど、つばさ君は勉強してたんですよね……どっちの方が大人なんだか……」

「……」

「あ、反応に困りますよね。すみません……、あ、そうだ。電車行きましたし、落としたスマホを見てみましょうか」

「……(コクリ)」

「落ちないようにだけ気を付けて」

「……(コクリ)」

「うーん? どこかな」

「……」

「……」

「あ」

「ありましたか?」

「あそこ」

「えーっと……ああ、ありますね。とりあえず粉々にはなっていないようでよかったです」

「……」

「…………」

「………………」

「いやはや、それにしても災難でしたね」

「……別に」

「……………………」

「…………………………」

「俺もね、よくスマホ落としちゃうんですよね! ははは!」

「………………………………」

「あは、あはは、はは……」

「……………………………………」

「…………………………………………(村瀬! はよ帰ってこい!)」

「おーい! 少年! 東藤!」

「さすができる男やで! 村瀬!」

「ああ? なんかようわからんけど。駅員さん呼んできたで」

「ああどうも。お疲れ様です」

「はい、ありがとうございます。それで、スマホはどこに落とされましたか?」

「あそこなんですけど、見えますか?」

「ああ、ありますね。じゃあこれで取ります」

「え、そんな虫取り網みたいなやつで取るんですか。てっきり線路に降りるものだと」

「それな。僕も思った」

「線路に降りると危ないので……よいしょっと。はい取れました」

「ありがとうございます!」

「いえいえ。今後はお気を付けください。それでは失礼します」

「少年、はいスマホ。あ、ちょっと待ってな、汚れてるから……このアルコールシートをあげよう。これで拭きな」

「……」

「壊れてなさそう?」

「……(コクリ)」

「そりゃよかった。それじゃ、気を付けてな」

「……(トテトテ、フキフキ)」

「……なんやあのガキ」

「東藤」

「村瀬にありがとうの一言くらい言えへんのか?」

「まあまあ。僕は感謝されるためにしたわけじゃないからなぁ。勝手に体が動いたって感じやし。正直別に僕がおらんくてもどうにかなったことやん? だから余計なお世話とか鬱陶しいとか思われなかっただけで僕は嬉しいよ」

「お前頭おかしいんちゃうか?」

「はは、まあ僕もそう思うで。だから一応の下心的なものを付け加えておくと、もしいつかあの少年がこのことを思い出して他の誰かに親切をしようと思う日が来ればいいな、って期待してる」

「えぐすぎやろ。お前が聖人過ぎて俺浄化されそうや」

「よかったやん」

「馬鹿言え。こんな悪の塊みたいな人間を浄化したら、存在そのものが消滅するっちゅうねん」

「大袈裟やわ。というかこんなん今更やろ?」

「まあなぁ。だってもう何回目や?」

「知らん。東藤と学外で遊ぶ時、毎回何かしらある気がする」

「今日はないと思ってたのに。てかそろそろ次のお前電車来るで」

「いや、東藤を付き合わせてしまったから、お前見送ってから自分の電車乗るわ」

「あっそ。あと5分か……話戻るけど、お前こそヒーローになりたいみたいな夢はなかったん?」

「そうやな……ちょうど一年くらい前やったかな、その時にも言ったような気がするけど、世界は平和であってほしいと思うし、みんな幸せであってほしいとも思う。だからそのために自分に出来ることを頑張りたいとも思ってる。けどなんやろな、ヒーローって——それこそ戦隊ヒーローとか仮面ライダーとかウルトラマンの所為かもしれんけど——『悪』を倒すイメージなんよな。別に僕は『悪』を倒したいわけじゃないし……なによりこの現実では『悪』ってはっきりしてるものじゃないやん? 『悪』とされるものにも、大切にしているものがあって、尊重されるべきものがある。『正義の反対は別の正義』って言われるくらいやし。特撮の世界みたいに『悪』の全てが『純粋な悪』やったら簡単でいいのにとは思うけど、現実はやっぱりそんなに単純じゃない。それに必ずしも『悪』が原因で人が不幸になるわけでもないやん。さっきの少年も困ってたけど、それは『悪』の所為ではなかったやろ? もしかしたら、そういうことを子供のころから潜在的に感じ取ってたんかもなぁ」

「その辺は『悪』の定義にも依るやろうな。けどさ、単純に人を助けるみたいなのもヒーローって呼んでもいいんちゃう?」

「そうなんかな? それやったら——昔の僕は無機物になろうとしてたから論外として——今の僕こそ、そういうヒーローになりたいと思ってるってことになるな。『悪』を挫くんじゃなくて、弱い人に寄り添えるようなヒーローになりたい」

「はあ。さいですか。俺にはそういう立派な気持ちは全くわからんなぁ」

「そんなことないんちゃう? 東藤も結構そういう気質あると思うけど」

「いやいや! ないないない! 自分のことばーっかり考えてる、自分の身だけが可愛い自己中自己愛自意識過剰のクソゴミ人間やから。自分以外全員不幸になればいいと思ってる、相対的に幸福感を覚えたいだけのカスやから。正直今すぐ死んだ方がいいと自分でも思うもん。まあ死なへんけど。死ぬんが怖いからな!」

「自分のことばっかりっていうけどさ、さっきの東藤は違ったやん。僕のために自分の電車を見送ってくれて、僕の自己満足に付き合ってくれて、僕のために怒ってくれた。それってつまり、なんじゃない?」

「やめてくれよ。恥ずか死ぬで」

「実際さ、僕は人に頼られることは多いんやけど、頼ることはあんまり多くないんよな。自分が助けてもらった記憶もあんまりない。だから、少年への下心は要するに情けは人の為ならず的な感じでさ。僕の方こそ、結局自分のことしか考えてないってことなんかもしれへんって、今なんとなく自覚した。恥ずかしい話やで。でも東藤は——」

「やめろ! いい加減にしな線路に飛び降りんで?」

「照れ隠しが過激すぎるやろ。どうしてん」

「まあ、なんや、その、な、あれ、うん。なんかあれやな。今生の別れでもないのに、なんか変な気分になってる」

「あー、それは確かに僕もそうかも。なんやろな。別にお互い実家から出るわけでもないし、大学が違うってだけなんやけどな」

「……俺友達出来るかな」

「できるやろ。僕のお墨付きや」

「それなら心配いらんか」

「うん」

「……」

「……東藤はさぁ」

「ん?」

「大学が別々になっても、友達がたくさんできても、僕が困ったときはいつでも助けてくれるよな?」

「当たり前やん。他の人間関係がいくら変わろうと、お前との関係はこれからも変わらん。一生俺の友達や。残念やったな」

「……ああ、ホンマに残念やわ。こんな性格終わってるやつと友達とか」

「言ってくれるな。照れるやんけ」

「線路飛び込んだら?」

「え?」

「……あ、電車来たで」

「まあええわ。よし。そんじゃ今度こそ」

「うん」

「ゴールデンウイークにどっか遠出でもしよか」

「うん。それじゃあまた」

「あい」

「……はぁ。東藤はさ、優しいよ。やっぱり。僕なんかよりもずっと。そうか。そうよなぁ。いつまでもってわけにはいかへんよなぁ……なんか一段と疲れた。うん。僕も帰ろ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【KAC20228】あと5分でバイバイって時にちょうどいい話題って何? 姫川翡翠 @wataru-0919

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ