第2話
翌朝、俺は何事もなかったかのように登校する。如月のほうも何事もなかったように友人と会話し、授業を受けていた。
放課後、俺が校門の前を通りかかると、
「ねえ」
突然声をかけられ俺は立ち止まる。そこには如月が腕組みをして立っていた。
「佐藤くんこの後は時間空いてる?」
少し緊張した声で俺に問いかけてくる如月。
「まあ……少しはな」
俺も緊張のせいか上擦った声で返事をしまう。
「この後暇だったらちょっとついてきてくれない?」
そう言って彼女が俺を連れてきた場所は彼女の実家だった。
(家でかっ! 親が資産家って話は本当だったのか)
彼女の家は大きな屋敷だった。如月は屋敷の門を開けて悠々と中に入っていくが、こんな家に来たことがない俺は門の前で立ち止まってしまう。
「どうしたの? そんなところで立ち止まって」
怪訝そうな顔で俺に尋ねてくる如月。
「ああ……こんな家に来るのは始めてでな……ちょっとびっくりしただけだよ」
「そんなにびっくりするものかしら?」
「いや、するだろ。普通の人間はこんな家一生縁がないぞ」
如月のお嬢様全開の発言につっこみをいれつつも、俺は彼女を追いかけて家に入る。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
玄関の前にはメイドが控えており、如月は彼女に鞄を預ける。家に仕えているメイドなんて初めて見た。
「いつもありがとう、後で私の部屋にお菓子と飲み物を二人分持って来て頂戴」
「かしこまりました」
そう言ってメイドは下がり、如月は俺を連れて自分の部屋へと向かった。
*
彼女の部屋は綺麗に片付いていた。本人が掃除しているのかメイド達がしているのかはわからなかったが。
そして部屋には大きなディスプレイがあり、そこにゲーム用のデスクトップパソコンがつながれている。そのデスクトップパソコンの周りには配信用なのかマイクやヘッドホンが置いてある、どうやらこのパソコンを使って配信を行っているようだ。
それ以外にも最新のゲーム機と一緒に大きなテレビが置いてあったりとゲーム好きにとってはなかなか充実している部屋となっていた。
「すげえ……いろいろ揃ってるなあ」
俺は部屋に置いてあるものを見て思わず呟いていた。
「ああ、まあ好きだからいろいろ買っちゃったのよ。配信のためのものもあるけどね」
笑いながらそういって彼女は部屋にあるソファに腰掛ける。ちょうどテレビの前にあるものだ。人が何人か座れそうなソファーである。
「どうぞ、座って」
ぽんぽんとソファを叩く如月。それに甘えて俺もソファーに座る。
「それでこれからここで俺はなにをすればいいんだ?」
俺が質問すると如月は少し赤面しながら
「わ、私とゲームで遊んでくれないかしら」
と恥ずかしそうにお願いをしてきた。
「それはいいけどなんでまた」
「その……単純に遊び相手が欲しいからよ。佐藤くん、昨日の感じだとゲームを自分でもやりそうだったし……だから私がゲームして遊ぼうって言っても引かないかなって」
ああ、成る程。そういうことか。
昨日の如月の話を聞くに同じ趣味を持った人間がいなくて寂しかったのだろう。
この完璧お嬢様も人並みに寂しいとか感じたりするんだなあ。
「な、なに? 笑ったりして。私なにか変なこと言った?」
如月が戸惑うように尋ねてくる。どうやら俺は笑っていたらしい。
「いや、ただ如月さんみたいななんでもできる人間でもそんなふうに思うんだなと思ってさ」
「なにそれ、誰だってそう思うわよ……自分の趣味が他人に話せないのってやっぱりとても寂しいもの」
少し悲しげに目をふせていう彼女に思わず、どきりとしてしまう。美人はこんな物憂げな表情でも絵になってしまう。
「そういうことなんで……対戦よろしくね?」
彼女は俺にゲーム機のコントローラーを渡しながら天使の笑顔で微笑むのだった。
「うう~……また、負けたぁ!!」
そう叫びながら俺の横で頭を抱えているのは如月だ。
「佐藤くん、強くない!?」
「まあ普段からやりこんでるしな、このゲーム」
今、俺達がやっていたゲームは人気シリーズのゲームから参戦したいろいろなキャラクターを操作して戦う格ゲーだった、この前アズ、つまり如月が配信でプレイしていたゲームである。結果は俺の全勝。
「はっはっは。どうだ、参ったか」
これでもこのゲームではオンラインで開かれた大会で優勝したこともあるんだ。実力は折り紙付きだぞ。
俺が得意げな表情で如月のほうを見ると、彼女は涙目になって俺を睨み付けていた。
「悔しい……私も結構やりこんでるのに……」
「いや、でも実際如月は強かったぞ。ここまで強いプレイヤーはそうそういないって」
俺が褒めると彼女の表情が少し明るくなる。
「本当?」
上目遣いでこちらを見てくる如月。なんともあざとい仕草になってしまっているのに本人は気付いているだろうか。
「本当だって、実際俺もかなり苦戦したしな」
「あ、あまりそんなふうには見えなかったけど。でもそう言って貰えるのは嬉しいわ」
彼女はそういって手に持っていたコントローラーを置いてメイドが持ってきたお菓子に手を伸ばす。袋にかかれているメーカーの名前は高級お菓子メーカーのものである。
「ちょっと休憩にしましょう。佐藤くんもお菓子食べて」
「じゃあいただきます」
如月に進められるままに俺もお菓子を食べる。甘すぎない上品な味が口の中に広がっていく。
「お、おいしい……」
「気に入ってくれたみたいでよかったわ」
俺の反応を見た如月はほっとしたように呟く。
「不味いって言われたらどうしようかと思った」
「そんなことねえよ、あの……もう少しもらっても大丈夫か?」
「ええ、大丈夫よ。まだあるから遠慮なく食べて頂戴」
俺の言葉に気をよくしたのか如月は上機嫌で追加のお菓子を俺に渡してくる。
「ああ、本当今日は楽しかったわ」
心底満足したといった表情でその言葉を口にした如月は、俺のほうに向き直り、
「ねえ、今度から定期的に家に遊びにきてよ」
などと言い出した。
「いや、それは……」
「……もしかして嫌?」
俺の反応を見て不安そうに問いかけてくる如月。そんな表情されたら断れるものも断れなくなってしまう、まあ断る気は元々なかったが。
「いいよ。また今度、こんなふうに二人でゲームして遊ぼう」
俺のその返答を聞いた如月はとても嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
*
それから俺は時間があるときは如月とゲームをして遊ぶようになっていった。完璧超人の彼女と自分がこんなふうに遊ぶことになるとは思ってもいなかったが、だんだんと自分も彼女と遊ぶことが楽しくなっていった。
そんなふうに最初の偶然から時間が過ぎていったある日のこと。
この日も授業が終わって俺と如月は彼女の家に遊びに来ていた。いつも通りメイドさんが出してくれるお菓子を食べながらゲームをしようとする。
しかし横にいる如月は下を向いてなにやら顔を赤くしている。
「如月、どうしたんだ?」
彼女に対する呼び方も他人行儀なさん付けが抜けている、彼女からいらないと言われたからだ
彼女の様子を不審に思った俺は彼女に尋ねる。彼女は俺が声をかけたあともしばらく俯いていたがやがて意を決したように顔を上げて俺のほうに向き直る。
「あのね、私、佐藤くんのことが……」
言葉を一旦区切り、息を大きく吸い込んで彼女は切り出した。
「好きです」
如月のその言葉を聞いた俺は何を言われたのか分からず、一瞬固まってしまった。だがしばらくして言葉の意味を理解してくると
「えええええええええええ!?」
現実感がなくて思わず声を上げてしまった。そりゃ最近は一緒に過ごすことが多かったけど……こっちは趣味の合う友人みたいな距離感で接してたからいきなり告白なんてされてびっくりした。
「い、嫌だった!?」
俺の驚いた反応が自分の告白の拒否と思ったのか、如月は慌てたように聞いてきた。
「いや、そんなことはない。びっくりしたんだよ、如月が俺にそんなこと言ってくるなんて思ってなくて」
「ご、ごめん! でも気持ちは本当だよ」
「なんで俺が好きなんだ?」
俺の質問に如月は恥ずかしがりながらも真剣に答えていく。
「佐藤くんが私のやっていることや好きなことを否定しないでちゃんと聞いてくれたからよ。最初に言ったでしょう、私のゲーム好きに友人達は理解を示さないって。でもあなたは偏見を持たず、接してくれた。後は……私を完璧お嬢様として壁を作らず、遊んでくれたところよ」
ああ、成る程。如月は学校じゃ知らない人はいない完璧お嬢様だ。なかなか素の自分を出すことはなかったということだろう。そこで俺が単純にゲーム好きの一人の人間として相手をしたことが彼女にとって大事なことだったらしい。
……いや俺も大分緊張してたが……。
「その……やっぱり迷惑だったかしら?」
「そんなことはない。……ただ俺みたいななんの取り柄もない人間が如月みたいな人間と付き合うなんて現実感が湧かなかっただけだよ」
「どうして?」
「そりゃ如月は誰からも好かれて人気者で他人にも優しいし、こんな関係になる前は俺みたいな凡人が関われるような人間と思ってなかったしな。配信のことがなかったら正直積極的に話すこともなかったと思う、住む世界が違う人間と思ってたから」
俺はそこで一呼吸置いて言葉を紡ぐ。
「でもこうして接しているうちに如月にも普通に好きなことがあって楽しんでる普通の人間なんだなって思うようになった。だから……さっきの告白に対する返事はよろしくお願いしますだな」
俺の返事を聞いた如月は照れくさそうに笑いながら
「ありがとう」
と嬉しそうにお礼を言った。
そして俺にいつも通りゲーム機のコントローラーを手渡すと
「さて、それじゃゲームしましょうか。これからもよろしくね、佐藤君」
最高の笑顔で俺に微笑みかけてくるのだった。
地味ゲーマーの俺が学年一の天才美少女と付き合うことになった件 司馬波 風太郎 @ousyo
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