悩んでるヒーローを水族館に誘おう
秋空 脱兎
大切なお隣さんへ
ベッド側の窓から差し込む光を浴びて、十六歳の少年・
「明る……」
目を細めつつアナログ時計を見る。時計の針は午前十時十五分を指していた。
今日は月曜日だが、通っている高校が日曜日に球技大会を催したため、振替休日となっている。篝は、振替休日を丸一日睡眠に使うという予定を立てていた。
「ああ、そんな時間か。どうりで……」
篝はそう言いつつ、布団を頭まで引き上げようとして、
ピコピピンコピピコピココピンコン。
「うるっさ!?」
床に落ちているスマートフォンの通知音に叩き起こされた。
「んだよ……?」
布団から手だけを出してスマートフォンを手繰り寄せ、電源を入れながら顔の前まで持っていく。
通知はラインからのもの。送り主は全て、篝の家の隣に住む幼馴染で同い年の少女である
『おはよう』
『起きてる?』
『寝てる前提で通知が連発されるようにするね!』
『という事で起きたら返事をください』
『ちょっと相談があって』
『じゃあ送るね』
『エイ』
「いや、えぇ……?」
篝は困惑し、返信するか一瞬迷って、
『今起きたけど』
『OK、窓を開けて』
『また窓から入ってくる気?』
『Yes, I can.』
『マジか』
篝が上体を起こして窓の外を見ると、隣の家の二階──陽凪歌の部屋の窓から、ニコニコと笑う陽凪歌と目が合った。陽凪歌は篝に小さく手を振った。
「マジか」
そう言いつつ、篝は窓を開けた。
「おはよーう!」
それとほぼ同時に、陽凪歌が元気よく挨拶してきた。
「あ、おう。おはよう。どうした?」
「ちょっと話したいからさ。そっち行っても大丈夫?」
「や、大丈夫だけど──」
「よし行くよ!」
「えっちょっ!?」
篝が止める間もなく、陽凪歌は窓から身を乗り出し、這うようにして篝の部屋の窓から篝の部屋の中へ侵入してきた。
「ふう」
「……あのさ、もう十何年の付き合いだけどさ、玄関から来いよ……」
「もう十何年も同じ答えだけど、こっちのが速いんだもん」
「そんな変わんないだろ」
「変わらなくても、なのです」
「あ、そう。それで、相談って?」
「うん。カイジュウを見に行かない? って話」
「怪獣!? でも、こないだの
怪獣。
一年前三ヶ月前に突如として出現し、毎週のように篝と陽凪歌の住む街を中心に大暴れした。
それらにたった一人で立ち向かったのが、紅い光を放つ巨人・ルフスノヴァに変化する能力を開花させた陽凪歌であった。
壮絶な死闘を繰り広げ、何度も死に目に遭いながら、怪獣出現の預言を描いた古文書の最初と最後に書かれていた怪獣、コードネーム・最終怪獣ラスタゼロンを苦心の末に撃破し、平穏な日常を取り戻して三ヶ月。
「あ、いや、ごめん違う。海の獣の方の海獣」
「え」
篝は何度か瞬きをし、
「えっと……セイウチとかトドみたいなの?」
「そう、そっち」
「……水族館デートのお誘い?」
「そう」
「…………」
「あの、勘違いさせて、ごめんね?」
「…………。あのなあ!?」
「ひゃあ、ごめんて! 冗談だったんだよぅ!」
「やっていい冗談と悪い冗談があるだろうがよ!」
「仰る通りです!」
「まったくもう……。それで? どこで、いつ?」
「え?」
キョトンとした陽凪歌に、篝が言葉を付け足す。
「水族館。どこの水族館で、いつ行くの?」
「行って、くれるの? 一緒に?」
「予定が空いてればだけど」
「じゃあ……今日、空いてる?」
「あー、一日寝てようと思ってたんだけど──行きたいなら、予定を変える」
その言葉に陽凪歌は表情をパッと輝かせて、
「本当!?」
「本当」
「じゃ、じゃあさ、
「ああ、
「そうそれ。いい?」
「いいよ」
「やった!」
「……あ、着替えるから、一回戻ってもらっていい?」
「あ、はーい」
§
陽凪歌が自分の部屋に戻り、窓とカーテンを閉めてから、
「……変わんないな、アイツは」
篝は、
「何十回も怪獣と戦って、戦闘機に敵と勘違いされて攻撃されて、何回も死にかけて、世界中の人間から応援されて。でも、驕る事も卑屈になる事もなくて。凄いな……」
パジャマを脱ぎ、余所行き用の私服に着替えながらボソボソと呟く。
「でも……何か、凄く遠い人になっちゃったような、そんな感じが……」
§
「…………良かったぁ~!」
自分の部屋に戻り、窓を閉め鍵をかけカーテンを閉め、陽凪歌は、開口一番に安堵を出力した。
「断られるかと、思った……私も着替えよ」
陽凪歌は箪笥の前まで移動し、取っ手を掴み、そこで動きを止めた。
「変わらないな、あいつは」
安心と嬉しさとが綯い交ぜになった表情と言葉を紡ぐ。
陽凪歌がルフスノヴァの正体と知った者は、大小善し悪しの差異はあれ、何かしら対応の変化があった。
それは陽凪歌にとって、とても気疲れするもので。
「ほんと、篝様々だよ……」
箪笥からとっておきの春の装いを選び出す。
「今日こそは、ちゃんと言わないと、だね」
告白ではなく、別に遠くに行った訳じゃないよと、伝えるために。
図らずも小耳に挟んでしまったのだから。何が起きても変わらず接してくれる唯一人の
「歪んで伝わりませんように……ちゃんと、伝わりますように……」
戦いを終えた少女が今願うのは、ただそれだけ。
悩んでるヒーローを水族館に誘おう 秋空 脱兎 @ameh
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