光って消えていったおじさん

柳生潤兵衛

八年前の出来事。

瑞穂みずほっちょ、じゃあねー、おっつ~」

「うん。おつ~、また明日ね~」


 私は友達と別れて、家に帰る。

 家に帰る時は、絶対に決まった場所に寄ってから帰る。

 

 小学校の通学路だ。


 逆方向に遊びに行っていて、そこに寄ると遠回りになるとしても絶対にそこへ寄る。

 何の変哲へんてつもない道路。今は他に新しい道路が出来て、車通りも少なくなった道路。


 でも、私にとっては大事な道路。



***八年前


「この度は娘が本当にお世話になりました。ありがとうございました」

「娘さんが無事でなによりでした。傷痕きずあとも残らないでしょうから、ご安心ください」

「本当にありがとうございました。さっ! 瑞穂も、ちゃんとお礼を言いなさい?」

「先生、ありがとうございました」

「は~い。瑞穂ちゃんも小学三年生なんだから、今度から道路を渡る時は気をつけるんだよ?」


 私は病院でお医者さんに、おでこと膝のり傷を治療してもらった。

 お医者さんと看護師さん、そしてお巡りさんに見送られて、ママと一緒に病院を出る。


「もうっ! ママ、あれほど気をつけなさいって言ったでしょ? 心配したんだからっ! 瑞穂がいなくなったらママすっごく悲しいんだからね!」


 ママは、そう言って私をギュッと抱きしめてくれた。


「ありがとう。ママ」


 ――でも、私はここにいるけど、いなくなった人がいるの。



 今日、私は一人で学校から帰っている途中に、道路に飛び出した三毛の猫ちゃんを助けようとして、私も道路に飛び出しちゃった。

 猫ちゃんばかり気になっていて、車が来ているか見ていなかった。


 猫ちゃんを抱き上げたら、目の前におっきいトラックが来ていた。

(あっ! 逃げられない。死んじゃう)って思った時、誰かが私のランドセルを思いっきり押した。


 ビックリして後ろを見たら、よれよれのスーツを着たおじさんが――目の下にクマができているおじさんが、一生懸命な顔で私を押してくれたのが分かった。

 あっという間なはずなのに、時間がとってもゆっくり流れている気がした。

 私とおじさんの目があった時、少し笑ってくれた気がする。

 その後おじさんは目をギュッとつむった。たぶんトラックとぶつかると思ったんだと思う。


 でも、その時に、おじさんの下らへんがパァーって光って、ニュルニュルってごちゃごちゃした模様の光る輪っかになったの。

 おじさんも、なかなかトラックにぶつからないなって思ったのか、目を開けてその輪っかにビックリしていた。

 それから光る輪っかは、おじさんを連れて消えちゃった……


 輪っかが消えたら時間が元通りになって、私は猫ちゃんを抱いたまま、歩道に転がった。

 トラックのブレーキのキキィーッ! っていう音、クラクションの音、タイヤがスリップする音、とにかく色々混ざった凄い音がした。

 猫ちゃんは……私が転がった拍子にどこかに行っちゃったみたい。



 それからは、近くにいた人達が私を助けてくれて、ちょっとしてからお巡りさんとか救急車が来た。

 みんなおじさんの事を見てなかったみたいだし、私が「おじさんに助けてもらいました」って言っても、分からないみたい。


「瑞穂ちゃんを助けてから、どこかに行ったんだろうね? お仕事とかお家に帰ったとか」


 おじさんがいないし、見た人もいないから、そういう事になったみたい。

 トラックの運転手さんも、目を瞑っちゃったみたいで、私しか見ていなかったって。


 でも、私はおじさんを見たし、助けてもらったの! 本当なの! 

 おじさん大丈夫だったかなぁ? 元気かなぁ?



「……おじさん、ありがとう」

「ん~? 何か言った?」

「ママ……ん~ん。何でもない」



***現在


 私は、あれから学校帰りは毎日ここに寄っている。中学生になってからも、高二になった今でも。

 おじさんが帰って来るかもしれないから……

 帰ってきた時に、戸惑わないようにしてあげたいから……



 しばらく歩道に立っていると、足元から猫の鳴き声がした。


「どうしたの~?」


 しゃがんで猫ちゃんを見ると、三毛の猫だった。

 人懐っこい猫なのか、私が抱き上げても逃げようとしない。


「あの時の三毛ちゃん? ――まさかね」


 そうつぶやいた瞬間だった。

 八年前、おじさんが私を助けてくれた後に消えてしまった所が光った!


 あの日以来、私は色々勉強した。本もいっぱい読んだ。

 今ならなんとなく解かる。――あれは魔法陣だ。

 あの日とそっくり!


 魔法陣が見ていられないくらい眩しく光って、私も目を瞑ってしまった。



 恐る恐る目を開けると、そこには一人のおじさんが立っていた。


 おじさんは、なんか古い服にさびのついたよろいみたいなのを着けていて、周りの景色に驚いたようにキョロキョロしていた。

 背中には剣みたいなものを背負っていて、左手には鍋のふたよりちょっと大きいくらいの盾を持っている。

 私を助けてくれた時よりも元気そうだ。


「こここ、ここは?」

「おじさん……」


                                 (了)

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光って消えていったおじさん 柳生潤兵衛 @yagyuujunbee

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