ヒーローインタビュー KAC20228【私だけのヒーロー】

霧野

静香と烈の場合


 🎤

 きっかけは、書道教室の帰りに近道しようとして不審者に襲われかけたことでした。公園を突っ切ったところ、出口に停まっていた車に引き摺り込まれそうになって。

 防犯ブザーは持っていたんで、引き抜いて音を鳴らしたらいきなり顔を殴られて、意識が飛んだんです。

 その瞬間でした。


「僕、烈という人格が生まれたんです。とても気性が荒くて、痛みを感じない17歳の人格でした。僕が犯人に応戦しようとしたんですが、やっぱり体は小学生ですから敵わなくて。あれは悔しかったな」



 ……ごめんなさい。急に烈が出てきちゃって。えっと…登場の瞬間だから自分で喋りたかったそうです。すみません、普段はこういうことってあんまり無いんですが。

 それで話の続きですけど、そこに現れたのがだったんです。

 このムキムキの大男がいきなり現れて犯人の腕を取ってこう、後ろに回してね。それで道の向こうに突き飛ばしたの。その隙に来ていたパーカーを脱いだんですけど、被ってたフード取ったら、髪がね、ぶわぁって、マントみたいに広がって。ぶわぁ! って。

 わかります? この腰まであるツヤツヤのゆるふわウェーブがですよ、ちょっと離れたところにあった街灯の光を受けて輝いて、たなびいてて。本当に、ヒーローに見えたんです。


 でね、どうしたと思います? 彼、脱いだパーカーを丁寧に畳んで、公園の手すりにかけたんです。そう、自分で畳んだの。このムキムキマッチョ大男が。

 そのあと、よろよろしていた不審者をまた捕まえて、何かのついでみたいにあっけなくボコって通報して。

 それで、恐怖と怒りに震えている烈に、持ってた習字道具で『天誅』って書かせたんです。犯人のに。あははは、おかしいでしょ?


 烈自身はね、その時のことあんまり覚えていないんですって。怒りのあまりか極度の興奮のせいか、すごく視界が狭くなってて、こう……両手で作った円の中ぐらいしか見えてなかったそうです。

 しかも、天誅って書き終えた後すぐに眠ってしまって。私と自動的に交代したわけです。ええ、私は中から全て見てました。


 そうこうするうちに警察が来たんですが、その直前にね、畳んでおいたパーカーを着直して言ったんです。

 「これ、気に入ってるのよぉ。汚れなくてよかったぁ♡」って。


 うふふ、そうなんですよ。当時からあの口調で。で、警察とやり取りして、もちろんうちの親も呼ばれたんで、そっちともわちゃわちゃして。私はその間、パトカーの中で座らせられてたんですけど、ぜんぶのわちゃわちゃが終わった頃には彼とうちの母親がやたらと意気投合していて。

 そうそう、その時母がバッグに着けていた食玩のキーホルダーに一目惚れしたとかで、すっかりその趣味にハマってメキメキ腕を上げて。あっという間にミニチュア製作界では有名人だもん。びっくりしちゃう。


 あ、ごめんなさい。私たちの話でしたね。

 その後私は護身のために格闘技を始めたんですが、ええ、キックボクシングとレスリングを。その過程で、トレーニングのためにやっていたボルダリングが楽しくなって、クライマーの道に進みました。

 一方で烈は、精神統一と怒りをコントロールするのには書道が良いと言われて、それまで私が惰性でやっていた書道に本気で取り組んで、いつの間にやら書道家に。

 ええ、逆はなかったな。烈が格闘技で私が書道、って話ですよね? 男も女も関係ない。向き不向きより、自分の好きなことをやればいいって。それもあのオカマッチョの勧めなんです。



「ちょ〜っとぉ、オカマッチョはやめなさいってばぁ」


 だって岡田真だもん、オカマッチョでしょ。


「たしかに小学校の頃からマッチョだったし、ずっとあだ名はそれだったけどぉ」


 だから、この人は私たち二人にとって、2重の意味でヒーローなんです。不審者から守ってくれたことと、その後の人生を救ってくれた────




「……じゃあこれで、3重にヒーローかな?」

「え、ということは……」

「うん。面接インタビューは終わり。正式に入会を認めます。まぁ、お二人の活躍ぶりとからの紹介って時点で、ほぼ決まりだったんだけどね。静香さん、烈くん。二刀流倶楽部へようこそ」


「やったあ! ありがとうございます! でも、いいんですか? 私たち、二人で一人っていうか、二重人格なんですけど」

「そうね。初めてのケースだけど、屈指のプロクライマーと有名書道家の二刀流だもん。別に問題ないわよ」



 二刀流倶楽部主催者である「お嬢」ことうららが手を差し出し、ショートカットのボーイッシュな女性と握手を交わす。


「じゃあ、これでオカマッチョンと仲間だ!」

「なぁ〜によぉ、いまさら。アタシタチ3人、歳は離れててもずっと親友だったじゃないの」


「うぅぅ……まっちょ〜〜〜ん」

 泣きながら静香が、いや烈だろうか、岡田に抱きつく。


「やだ、泣くことないでしょ。泣いてんのどっちよ」

「烈だよ〜〜〜」

「静香だってぇ〜〜〜」

「んもう、相変わらずややこしいわね、アンタたち」


「まっちょんのおかげだよ。まっちょんに追いつきたくて、私たちここまで頑張れたの」

「僕も言いたい! まっちょんは今でも僕らのヒーローだよ」

「二人とも、ヒーローなんてやめてよぉ。所詮アタシなんて裏社会の…」


「裏格闘界も、今や立派な市場よ」

 うららが岡田の逞しい肩を掴み、微笑んだ。


「それに、もし裏が嫌なら表に出てみる?」

「え?」

「うちがスポンサーやってる大会があるんだけど」

「え、出なよ! まっちょん! 私たち、応援する」

「僕、横断幕書くよ」

「じゃあ私、その横断幕、壁に登って取り付けるわ!」


「え〜、めんどくさ…」

「コスチューム、すっごい可愛いのデザインしてあげる」

「んっ、出ちゃおっかな♡」



 💪




 これが、私たちの二刀流倶楽部入会の経緯と、リングネーム『愛の戦士・らぶ♡ まっちょん』の誕生秘話。


 まっちょんはこの後、ふりふりラブリー♡コスチュームと実力でガンガン勝ち上がって表の世界でも人気者になるんだけれど……


 それでもまっちょんは、やっぱり「私/僕」だけのヒーロです!





 以上、「私だけのヒーロー」インタビューでした🎤

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ヒーローインタビュー KAC20228【私だけのヒーロー】 霧野 @kirino

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ