第2話 正義のヒーローじゃないんだからねっ

「ひろむ‼ ねえ聞いてるの……!」


「は、はい……お客様のご要望の品は俺です」


「ひろむ! あなた本当に…………本当なの⁉」


 これがどういう状況なのか。1話を見ていない人に説明しよう。実は俺もよく理解できていないし、本当は1話を見ていない人に2話を見てほしくないが、一応だ。


 今、猫しか眼中にない陰キャの俺がスウェーデンから来た外国人の金髪美少女に名指しでお呼び出しを受けている。俺とは無縁の有名人が俺をご指名という、目立ちたくない俺にとっては最悪な状況である。はい完璧。


「ひろむ‼ ほんとの本当よね……!」


「どうされましたか。スウェーデン人さん」


「ぬぅ! 間違ってはないけどなんかムカつく!」


 妙に抑揚のある声でぷんすか怒る金髪美少女。


 ごめんなさいね……ていうかさっきから「本当なの」とか「本当よね」とか、何のことか言ってくれないとイライラするからやめてくれ。


 てか、さっきからクラスの奴らが固まってしまっている。無言の視線が冷たい。


「それで……本当なのよね?」



「何が」



「何がって……そんなショックな出来事を……はっ! まさか、莉扛楽りあらが嘘をついたのねっ!」


「あのぅ……何のことだかわからないのですが、お客様」


「そのお客様ってのやめて! あとお嬢様のわがままを聞く執事みたいな口調やめて……!」


 急に怒り出すお嬢……スウェーデン女。執事がお嬢様にお客様なんて言うわけないだろう。だが有名人の彼女が言うのだから仕方ない。全力で乗ってやろうじゃないか。


「このような口調になったのは全部あなたのせいなんですよ、お嬢様」


「だ、だからやめろっていってるでしょっ! む~!」


 金髪スウェーデンは顔をむくれて見せた。やはり怒った表情も可愛い、そして美しい。さすが有名人。


 ……さて。スウェーデン女やら金髪スウェーデンやら言っているが、俺は彼女の名前を知らない。いや、莉扛楽が言っていたかもしれないが、あいつの言う事なんぞまともな聞いた試しがないのだ。


「な、なんて意地悪な執事なのかしら……って間違えた! あんたは執事じゃないの! ひ・ろ・む! ひろむなの!」


「はい私がひろむです、お嬢様」


「むぅ〰〰!!」


 顔をさらにむっとさせて怒る金髪お嬢様。怒っているというか、ただかわいい。さすが。柳眉を逆立てたって美人のまま。素晴らしい!


「ひろむ、何にやにやしてんのよ、ぐすん」


「い、いや……」


 スウェーデン美人は泣きそうな顔にまで至っていた。それでもかわいいことには変わりないが……やりすぎたかもしれない。


「ねえ……」「あいつ、泣かせてないか……?」「そうだよな……」


 クラスメイト達が顔を見合わせてざわめき始めた。お嬢様――じゃなくてこのスウェーデン金髪美少女の大事な会話に邪魔が入ってはいけないと思って黙っていたのかもしれないが、俺にとっては『陰キャの分際で何ぺちゃくちゃとしゃべってんだよ! お前の汚ねぇ唾が彼女に当たったらどうするんだコラァッ!!』くらい言われて、邪魔された方がうれしい。


 なぜなら陰キャで人見知りな俺は、視線が滅茶苦茶怖いのだ! いわゆる視線恐怖症……それに無言ってのはさらに怖い!


「あ、あの……」


「ひろむ……何よ……ぐすん」


 視線が冷たい……! 俺は頭が真っ白になり次の言葉が出てこない。言葉が喉に突っかかるどころか、視線による壁のせいで全く出てきそうにない! どうすればいい……。


 助けて……正義のヒーロー……!


「ひろむ…………ぐすん」


「え、ええと……」


 ――ダッダッダッダッ。なんだろうこの音は……? 誰かが廊下を走っているのか?


「あ……」


 …………。何を話せばいいのかわからない。何の話をしていたんだっけ? 記憶も、薄れていく…………。


――ダッダッダッダッダッ。


「ひろむ……私許さない」


「は……許さない? 何が…………」


 ……やばい。頭が回らない。どうしよう。


「……チッ。おい神崎! 何お前リリー様泣かせてんだ!」「そ、そうだそうだ! なんでお前なんかがっ」


 クラスの奴らが痺れを切らして俺を罵るようになった。


 ――ダッダッダッダッダンッ!。


 彼らの視線は憎悪と羨望の混じっていてとても痛い。ガラスの破片が刺さっているみたいだ。俺は睨まれながら、必死に力をふり絞るが……


「あ、あの、スウェーデン美少女っ……さん。なんで俺に……俺に…………」


「ねえひろむ――」


「俺だってまだ喋ったことないんだぞ!」「なんで!」「なんでお前が」「陰キャの癖に」「クソォッッ!」


 彼女の言葉も、他の奴らの声に掻き消されて聞こえない。


「私は――」


 ……聞こえない。


「私の名前は――」


 …………聞こえない。


 彼女の目から涙は消えていた。


 ……が、必死そうなその表情はとても顔色がいいとは言えなかった。仕草も、表情も、かすかに聞こえるその声も、何もかも可愛らしいのだが……よく聞こえなかった。


 俺にはどうしていいのかわからない。こういうときこそ、救世主――正義のヒーローでも現れたのなら。


「いいのになあ……」


 ――バンッッッ!!!


 ぼそっと呟いただけだけれど、俺のその一言がすべてを変えた気がした。


「ヒロくん! 大丈夫なの! ……ハアハア」


 ドアを勢いよく開いた正義のヒーロー――もとい、幼馴染の莉扛楽は息を切らしてやってきた。


 そして――


「バカッ! 我慢するな!」


 ――バチンッッッ! と、俺を思いっきりビンタした。


「は、はぁ……? 何して――」


「ヒロくんは陰キャじゃない。元は陰キャだったとしても、私がいる限りは陰キャじゃないんだよ」


「お、お前何言って」


 俺が言うとほぼ同時、怒りをぶつける先を莉扛楽に変えたクラスの男連中共が、莉扛楽を睨みつけた。


「何言ってんだよ! 勝手に別のクラスのやつが入ってくんじゃねえ!」「陰キャは陰キャなんだから陰キャだろ」


「違うよ」


「だからお前勝手に何を言ってる――」


「ヒロくんは黙ってて!」


「は、はい……」


 俺にはどういう状況かさっぱりわからない。莉扛楽はなぜ、この教室にやってきて俺にビンタしたのだろうか。救世主ではないのか? 暗い表情をした美少女がいるのに、何を……。


「ねぇリリー」


「何よ、莉扛楽」


 莉扛楽は男連中ではなく美少女――リリーに話しかけた。


「リリーは何のためにヒロくんのとこへ行ったのかもう忘れたの?」


「いや、猫の……」


「猫っ⁉」


「黙っててって言ったでしょ!」


 俺は思わず叫んでしまった。いやでも、リリーは今、『猫』って言ったよな? 言ったよね?


「猫の話をしに来たのに、なんで泣いてるの?」


「ひろむが意地悪するから」


「ふーん」


 俺の方に視線を移す莉扛楽。


「い、いや別に俺は意地悪なんか」


「わかってるよ。ヒロくんが無意識に美少女に意地悪をする男だってことがね」


「全然わかってない⁉」


 おいおい今日の莉扛楽は冷たすぎないか?


「待ってくれ。俺はただ普通にお嬢様の話を聞こうとしてただけだ。だがうまく意図をつかめなくてだな」


「あのさぁヒロくん」


 なんだね莉扛楽くん。


「なんでお嬢様って呼んでるのよ? 名前で呼んであげたら?」


「え? べつにお嬢様なんだからお嬢様でいいでしょ」


「はぁ?」


 莉扛楽は俺を鋭く睨み、そのまま俺の制服の襟をつかんだ。


「馬鹿なの? 名前は自分だけのものなんだからそっちで呼ばれた方がうれしいにきまってるでしょ。……これだから童貞は」


「いやそんなこと言われても――ってお前今さらっと変なこと言わなかったか?」


「言ってない。まあいいわ。呼び方に関してはこれから直せばいいから。……で、リリー。あなたはヒロくんになんて言ったの?」


「り、莉扛楽。ちょっといつもより怖い……」


 リリーがそう言うと、莉扛楽はにこりと笑って見せた。……目以外は。


「わ、わかった。ええとね……確か…………あれ? 『猫アレルギーで猫が触れないのはかわいそう』だったっけ?」


「おい盛大に嘘つくな」


「ほうほう。では本当は何て言っていたと?」


 謎を解く探偵のようなそぶりで頷く莉扛楽に対し、俺は精一杯に息を吸い――


「『あぁ~ん。ねえひろむぅ〰〰💖 本当なの⁉ ね~え~ひ・ろ・むぅ〰〰聞いてるの~も〰〰お〰〰💖』みたいな感じでした」


 ――リリーの物まねをした。


「ちょ、ちょっとひろむ! さすがにそれは盛っているんじゃないの?」


「そう盛っているっ!!」


 俺は高らかに笑い、リリーを指さした。


「リリーは『盛っている』と言った。つまり俺に対して『猫』」の話をしていないことを認めることになる。『猫』という重要ワードがないにもかかわらず『あぁ~んうふ~ん本当なの?』とか何のことだかわかるわけがないだろう。そう! リリーは俺の罠に引っかかった。そして、自分から白状したのだ!」


 俺はふっと鼻で笑い横目でリリーを見つめた。周りの奴らはちょっと引いている気がするが、どうだ俺の完璧な――


「あのちょっとヒロくん。べつにリリーはわざとやったわけじゃないのよ?」


「え?」


「リリーは普通に『猫』の話をするのを忘れただけ。そういうとこあるのよリリーには。だからヒロくんに伝わらなかったのも納得だけど、その推理は的外れ。ただリリーが馬鹿なだけだから」


「ちょっと莉扛楽!」


「ごめんねリリー。私このモードの時は冷静になれないの。だんだんマシにはなってきたけどね……」


 モード……? 起こると暴言吐くみたいな? 感情は制御しといてもらいたいんですが……。


「それで? リリーの言葉足らずでヒロくんが混乱したってところまではわかるんだけど……どうしてリリーは泣いてたの?」


「リリーはお嬢様なので力の限りを尽くして敬っていたらこんなことに」


「ああ……何となく想像ついてきたわ。じゃあええと、ほとんど悪いのはヒロくんってことで」


「おいちょっと待てって。言葉足らずだった向こうも悪いだろ」


「それはそうだけど、ヒロくんべつに敬ってはいないじゃん。ただお嬢様扱いして適当にあしらってただけで」


 ぐっ……その場にいたかのような正論だ。


「お、おまえらさっきから何を……」「神崎……!」「神崎宏夢……!」


 緊張した空気が緩んできて主に俺に対して怒りの言葉を吐く者が現れ始めた。それを颯爽と無視スルーして莉扛楽は――


「だから悪いのはほとんどヒロくん。あとさ、これはヒロくん以外の人も聞いててほしいんだけど」


 周りの空気が再び凍り付く。全員が莉扛楽を怖がっているようだ。


 莉扛楽は教室中を見回して、笑った ^_^。


「お嬢様だからって、お嬢様扱いされたいとは限らないからね」


 くるっ――と片方のつま先で180度回転し、髪とスカートをひらりと靡かせ、一歩、また一歩と歩みを進め—―


「覚えといて、私はこれから『』からさ」


 ――ガラガラガラガラ…………。丁寧にドアを閉め、彼女は出ていった。


「莉扛楽……」


 リリーと俺はその後ろ姿を眺めていた。


「よしリリー」


「ど、どうしたのよひろむ!」


「ね、猫の話をしようか」


「そ、そうなの! そのために私は――」


「でも場所を変えようか」


「? なんで?」


「そりゃあ……」


「――神崎!」「お前何いろんな女の子とイチャイチャと!」「それにリリー様とも!」「神崎……!」


「――ほらこうやって俺のアンチはいっぱいいるわけだ。まあ大体お前――リリーのせいだけどな」


「あ、ごめんなさい……。私のせいなのよね?」


「い、いやごめんごめん。そういうつもりじゃなくて……リリーもお嬢様に生まれたくてお嬢様になったわけじゃないんだし。それに、莉扛楽がさっき言ってた……まあいいやそれは。えっと……」


 出ちまった、コミュ障特有の話し始めると、緊張して何言おうとしてたか忘れちゃうやつ。


 それでも俺は、なんとか言葉をひねり出す。発掘する。


「じ、じゃあさ、月里公園わかるか? このあとそこへ来てくれ。わかんなくても調べてきてくれ。そこで話をしよう。俺は先に行くから。じゃっっ!」


 俺は走って逃げた。……ツラい。今までよく耐えたな俺。莉扛楽のおかげか。クラスメイトの視線から逃げるなんて嫌だなあ。明日学校行きたくねえぇ……。


「ひ、ひろむ! ちょっと待って!」







「ほんとごめん! またあとで!!」


「ま、また…………」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

別に猫になりたいわけじゃないけど、猫が好きすぎてヤバいから。べ、別に猫になりたいわけじゃないんだからねっ。 星色輝吏っ💤 @yuumupt

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ