第1章 実は猫。猫又……って言ったら、殴られるかもしれないけど。

第1話 金髪の美少女じゃないんだからねっ

 俺の名前は――神崎宏夢かんざきひろむ


 猫が大好きな、普通の高校2年生だ。


 猫が好きだけど、猫アレルギーで猫に触ることのできない、残念な高校2年生ともいえるかもしれない。


 小学生の時までは、普通に猫が触れたんだ。


 飼っていたわけじゃないけれど、近所の幼馴染の家で飼っていたから、触ることができた。


 飼いたい気持ちはあったけど、俺の家はペット禁止のマンションだった。


 引っ越すなら飼ってもいい、と言われたが、幼馴染の家の猫と別れるのが嫌で、引っ越すのは渋っていた。


 その幼馴染の名前は――真神莉扛楽まがみりあら


 彼女も猫が大好きな、高校2年生。


 彼女はもちろん飼っている猫が好きなのだが――


 ――彼女はよく俺に、密着してくる。


 その理由はわからない。


 俺が猫を撫でれば、彼女は俺に抱き着いてくるのだ。


 本当に無防備である。


 猫を撫でているときは猫に夢中だからまだいいのだが、彼女は俺と二人きりになるとすぐに密着してくる。


 本当に意味が分からない。


 俺が「胸が当たってるぞ」と言ったって、恥ずかしがるだけで全然気にしない。


 ほんと、何考えてるんだか。


 健全な男子高校生には耐えがたいものなんだよ。


「はぁ…………」


 今日も今日とて俺は、猫のいない退屈ライフを過ごしている。


 教室の窓側の一番端の一番後ろの席に座った俺は、誰にも聞こえない声で呟く。


「勉強ってする意味あんのか? 猫に触れないってのに」


 俺は中学生の時にアレルギー検査をして、猫陽性⁉ ってなった後しばらく狼狽えて動かなくなっていたそうだ。


……まあ、今はその現実を受け入れてきてはいるけど、毎日、これが夢だったらなあって思ってる。


「はぁ……」


 毎日重い荷物を背負って学校へ行き、何度もため息をつく毎日。


 かといって高校生活が早く終わってほしいわけではない。


 特にやりたいことなんて決まってないし、その先の進路が定まる気が全くしない。


「はぁ……」


 未来のことを考えても、自然とため息が出るばかり。


 よし。


 今日からはもう、今のことだけを考えよう。


「………………」


 今のことってなんだ?


 今どうして俺は息を吸ってるのか……とか?


 ほんと、人生何でも難しい。


 言葉を話すことだって、簡単なようで、意外と難しい。


 そりゃコミュ障もいるわな。


 まあ俺はコミュ障じゃないがな。


 敢えて喋ってないだけだがな。


「……あはは」


「なんか神崎が笑ってるぞ」

「きっも」


 なんかクラスの奴らに悪口を言われてる気がするが、気にしない。


 俺には友達がいない。


 というより俺は、友達を作らない。


 ま、まあ……友達がいたらネガティブなこと考えずに楽しく過ごせるかなあとも思うけど、そんなことしたら勉強もおろそかになりそうだ。


 勉強をするのは不本意だが、この先の幸福な未来のためには必須条件。


 俺は勉強が非常に苦手なので、学力の高い大学に行く! とかは絶対に不可能なのだ。


 だから俺は、最低限の未来を保証するために、高校で勉強を頑張らなくてはいけない。



 ――長ったらしい授業がすべて終わった。


「ああ、今日もつまらない日々だった」


 俺は今日もそんなことを口にする。


「もうお前らは2年になったんだ。予習してから授業を受けるんだな」


 先生が意味の分からないことを言っている。


 何だよ予習って。学校にいないわずかな時間でさえも奪う気か?


 ふざけるなよ。


「はぁ…………」


 俺がイライラして、大きくため息をついた、その時だった。


 ――バンッ!


 教室のドアが勢いよく開け放たれて、中へ入ってきたのは綺麗なブロンドヘアの美少女。それも、他人とあまり関わりを持たない俺でさえ知っている有名人。


 瞳の大きな、スウェーデンから来た外国人だ。


 日本語は独学で覚えたそうだが完璧で、誰でも親しみやすいような感じの女子。彼女のことは、クラスは違えど誰でも知っているであろう。


 そんな彼女がうちのクラスのドアを勢い良く開けたとなれば、誰もが彼女に注目すること間違いなし。


 さて誰を呼ぶのか。その場の全員が目を見開いた。


 ……まあ俺には関係ないがな。


 俺は少し彼女に見惚れてしまったが、慌てて目をそらす。


 そして、一応、彼女の方に耳を傾ける。そして――


「ひろむ! 神崎宏夢! ほんとなの! 大変! こっちへ来て!」

「「「「「……………………」」」」」


 ――彼女は、学校中を響き渡るような大声で言った。


 クラスの全員が、沈黙する。もちろん俺も。


「…………………」


 ………………今、俺の名前呼ばなかったか?



 ――――ジロリ。


 全員の視線が、一気に俺に集まった。


 こんなにも俺が注目されたことは、今まであっただろうか。


「えぇ…………」


 俺は戸惑い過ぎて、頭が真っ白になった。……いやいや、あんな美少女外国人が俺のこと呼ぶわけないだろ。全く関わりないんだし。


「…………あ」


 一つの可能性が思い立った。……そういえば、莉扛楽が同じクラスなんだったっけ。


 莉扛楽が俺のことを話した可能性は無きにしも非ずだが……あんなに慌てて俺を呼び出すなんて…………あり得ない。さすがに聞き間違いだって…………


「ひろむ! ねえ聞いてるのひろむ! あなた大変ね! 本当に可哀想だわ! ねえ! なんでこっち向かないの! ねえ! 聞いてるの!」


 間違いなく彼女は俺を呼んでいた。


「なんで俺なんだよ……」


 ――俺の高校生活は……波乱万丈になりそうだ。

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