愛しの英雄
今福シノ
母娘の会話
「ママって、パパのどこを好きになったの?」
夕食の準備をしていると、
「どうしたのいきなり」
「だってさあ、ママはモデルやってて、子どもの私から見ても美人でしょ?」
「あら、うれしいこと言ってくれるじゃない」
「でもパパは市役所の公務員じゃん? なんていうか……アンバランスだなーと思って」
訊きにくいことであることは自覚しているのだろう、唯花は目線を斜め下へと向けたままだ。
「なにかあった?」
「いや、別に大したことじゃないんだけど……」
唯花は若干口ごもって、
「学校でさ、友だちと話してるときなんだけど……ママがモデルだってことはみんな知ってて。それで『お父さんはなにしてる人なの~』みたいな話になって。普通の公務員って言ったら、すごい意外そうな反応されたから……」
なるほどね。まあそういうのが気になる年ごろってやつか。まあ、私もわからなくはない。
私はちょいちょいと手招きして唯花を呼び寄せる。そして「はい、殻むいて」とゆでたまごを渡して手伝いをお願いした。
ぺりぺりとゆでたまごの方を見ながら、私はお鍋をかきまぜながら。お互いに顔を合わせることはない。
「まあたしかにアンバランスかもねー」
笑いながら言うと、唯花は「え」と戸惑いの声を上げる。
「ママも結婚するときはいろいろ言われたなー。もっとふさわしい人がいるとかなんとか」
「じゃあ」
「パパはね、ママのヒーローなの」
「ヒーロー?」
唯花がこっちを向く。ちょうど、ゆでたまごが1つ殻をむき終わったところだった。
「自慢じゃないけどママ、昔からかわいかったのよ。あ、ほんとに自慢じゃないからね?」
言うと、わが娘は口を真一文字に引き結ぶ。あ、これは自慢だと思われてるな。
「だけど学校で友だちはぜーんぜんできなくて」
「え、うそでしょ?」
「ほんとほんと。今の唯花がうらやましいくらい」
モデルの仕事があったせいで学校を休みがちだったことも原因だったんだろうなあ、と私は昔を振り返る。
「クラスの女の子からはずーっと敵視されてて、そのうち男の子からも無視されるーみたいになっちゃって」
「それ、つらくはなかったの?」
「そりゃーつらかったわよ。なんで私がー、とか。いっそのこと学校やめちゃおっかー、とか思ったし」
「イジメとかは、なかった?」
「ええ。だって、パパがいてくれたから」
「パパが?」
唯花の手はすっかり止まっていた。お鍋もちょうどいいかんじになってきたので私は火を止めて味見をする。うん、いいかんじ。
「パパとママ、幼なじみなのよ。小中高と同じ学校で、昔からなんとなく一緒に登下校してたんだけど……私がそんな風になってからは、ずーっと一緒にいてくれたの。登下校だけじゃなくて、学校でもずっと」
それこそ家や仕事以外はほぼ一緒にいたんじゃないだろうか。
でもそのおかげで、私は安心して毎日を過ごすことができた。
「つまり、私を守ってくれてたってわけ」
「そう、だったんだ……」
「ね? かっこいいでしょ? そういうところを好きになったの」
私が同意を求めると、いまいち合点がいかないようで腕組みをしながら「ううん……」と首をかしげる。
「想像できないなあ。だってパパ、無口だし」
「それは昔からよー。ぶっきらぼうで、ちょっと不器用で。でもそこがいいのよ」
「ううん? そう、なのかなあ」
「ふふ、パパのよさがわからないなんて、まだまだ子どもね」
「な、なによそれー」
ほかの人の目にどう映っていたかは知らない。でも、私にとっては紛れもなく、あの人はヒーローだったのだ。
そしてそれは今も変わらない。
「ところで唯花。急にそんなこと訊いてくるなんて……もしかして気になる男の子でもいるのかしら?」
「えっ?」
「正直に言っちゃっていいのよ? ママでよければ恋愛相談の相手になるから」
「な、なに言ってるのママ! い、い、いないよ! そんなの!」
ははーん? これはアヤシイなあ?
あわてふためく娘の様子がおもしろくて追撃をかけようとすると、玄関のドアが開く音が聞こえてくる。
「あ、ウワサをすれば。帰ってきたみたいね」
今日は私の仕事が休みだから、早めに帰ってきてくれたのだろう。黙ってそうするあたりが、たまらなく愛おしい。
「ママ、パパを迎えにいってくるから。ちゃんと残りのゆでたまご、殻むいておいてね?」
追撃を逃れてほっとしている唯花に言い残して、私は玄関に向かう。「ただいま」という小さな声が耳をなで、ほんのりと熱を持つのがわかる。
照れ隠しの意味も込めて、私はいつもより大きめの、少し弾んだ声で応えた。
「おかえりなさい」
私のヒーローさん。
愛しの英雄 今福シノ @Shinoimafuku
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