2.物語は少女を救う……のか? ―『神作家 紫式部のありえない日々』―

 かつてブログが流行した頃、誰が言い出したか巷間まことしやかに囁かれていた説がありました。

 曰く「ブログの女王数あれど、誰あろう清少納言こそは元祖女王に他ならぬ」

 はい、『枕草子』ですね。

 確かにのっけから「ウチ、春って曙が最高って思ってて~、ちょいちょい白くなってく生え際とか(中略)めっちゃよくね?」(意訳)とか「それってYouの感想ですよね?」的なのをぶちかまして来るので、さもありなん。ただ、内容を見るとそういう感想的なモノが全てではなく、彼女の主人である中宮ちゅうぐう定子ていし(当時の皇后陛下)についての記録的な部分も大きな部分を占めている事が判り、非公式な後宮の記録という側面も持っているのです。てか寧ろ本題はこっちで、古典の授業とかで習うブログ的なアレは前振り的な感じすらしますが――『枕草子』の主人公ヒロインとも言える中宮定子のその後の悲劇を思えば、尚更。

 即ちそれは亡き主君に捧げられた哀悼の碑でもあり、彼女たちの最も輝かしい時を封じ込めたタイムカプセルでもあったのかもしれません。

 このあたり、小説的に読むならば田辺聖子『むかし・あけぼの―小説枕草子』あたりが鉄板ですが、最近の冲方うぶかたとう『はなとゆめ』が新解釈も含めて泣ける話になっておりますのでお勧め。


 ちょっと前振りが長くなり過ぎた(^^;


 では、清少納言が"元祖ブログの女王"なら、同時代のライバル(ジャンル的にも雇用主的にも)として対比されがちな紫式部は?

 公式には"世界最古の長編作家"でしょうか。ただ、これには但し書きが付き、"現存する"長編小説の、"一応作者が確定している"作品で且つ"女性の"ということになるようです。古いだけならホメロス等を擁する古代ギリシアなんて紀元前なのでもっと古いですし、『源氏』ほどの大長編では無いにしろ"日本最古の"長編小説には『竹取物語』という知名度では比肩する作品がありますからね。まぁこちらは現在でも作者不詳というか諸説あって未確定のようですが。


 時代は令和になり、その紫式部に新たな称号が加わりました。


 "神作家"


 神作家とは、現代的に言うと"神ってる作家様"、つまりカリスマ作家。どちらかというと主に同人誌界隈で用いられる称号ですな。

 紫式部を言うに事欠いて"同人作家"呼ばわりとは何たる無礼な――と私も読み始めた時は唖然としたものですが、読み進めるうちに、なんというか、まぁ、妙に説得力がありすぎて色々と納得してしまったというか(^^;


 D・キッサン『神作家 紫式部のありえない日々』――これが"神作家"の言い出しっぺです。漫画。これ書いてる時点で紙本3巻以下続巻。


 内容としては、ぶっちゃけ『紫式部日記』をに再解釈したコメディ調漫画――といったところ。

 ポイントはという点で、どこがどうなのかと言うと、開始当初の時点で主人公の紫式部は年の差婚の旦那に先立たれたシンママさん(間違ってはいない)、幼少時から父親(学者)が「男なら出世したのになぁ」と惜しむ程の頭脳明晰・記憶抜群な超秀才、でも陰キャ(ま、まぁ、大体合ってる?)、生涯最推しの旦那に先立たれてメンタル死んだので気晴らしも兼ねて好き勝手に小説書き始めました(諸説あるものの有力説のひとつ)、出来た作品を知り合いとかに見せてるうちに都でも評判になり、やがて時の関白、藤原道長より娘(当時の皇后・中宮ちゅうぐう彰子しょうし)のカテキョにスカウト(概ね正解)――といったところから物語は始まります。


 この漫画、確かにキャラ解釈が余りにも過ぎて色々とアレなのはアレなんですけども、"解釈"の部分を措いとけばお話そのものはほぼ原典(『紫式部日記』)に忠実なんですよね。マジか。マジっす。なので案外、『紫式部日記』のとっかかりとしても悪く無いような気もします……多分。少なくとも今期大河の設定ほどはトンデモ解釈入ってない分、原典に沿ってるかと。――流石に道長と式部が恋仲だったとかは、ねぇ。前期の家康×お市といい、最近のN○Kは月9要素をぶち込まんと死んでしまう病にでも罹ってるのかしら?


 話が逸れました。

 兎にも角にもこういった極めて"現代ヲタク的"な解釈で語られるキャラの面々。

 主人兼生徒の中宮彰子はいじらしい系控えめ女子。このお方のエピは毎回毎回背中がムズムズしてたまらんw 尚、帝×中宮が式部さんの最推しカプ。

 歴史にも出て来る時の関白・藤原道長は表面的にはドジっ子系お父さんという調子で、妻の栓子せんしの尻に敷かれ気味。その栓子、実はこの人が式部をスカウトした張本人です。お多福顔な肝っ玉母さん。ちなみに"お多福顔"は当時では最上級の美女なのだとか。

 家族の方に目を移すと、高学歴だけど世渡り下手な父・為時ためとき、学問苦手な弟の惟規のぶのり、後に大弐三位だいにのさんみと呼ばれ歴史に名を残すしっかり者の娘賢子ケンちゃん、なんか時々異能力を発揮する娘の乳母の百草もぐさ

 出仕してからの宮中の人々、特に女房(女官)キャラの解釈が絶妙で、例えば隣室で友人になる小少将こしょうしょうの君はガチ勢の『源氏』ヲタで最推しカプが頭中将とうのちゅうじょう×光源氏という、今で言う腐女子ちゃんですな。「はわわ~」とか言っちゃうおっとり癒やし系で個人的には最推し。

 2巻から登場の左衛門さいも内侍ないしはツンデレ系夢女子(おぃおぃ)。当初は敵か!?と思わせてからの、『源氏』について激論を交わす場面で同類ガチヲタの式部さんと小少将ちゃんに同担拒否であることを指摘されて以降はこちら側おともだちにw この二人が新刊の感想を話し合って最後に「神……」と拝むのは最早ルーティン化している感じwww 他に特筆すべきは"デキる先輩"赤染衛門あかぞめえもん。元々は栓子に仕えた人ですが、彼女は後々強力な味方となります。ただ今はまだそこまで話が進んでおらず、式部さんが彼女をスカウトするところまで。当時から歌人としても評価も高く、小倉百人一首にも入っています。

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