読書の海、趣味の沼(^^;

ひとえあきら

世に「ざまぁ」のネタは尽きまじ ―ラノベ視点で読む横溝正史『雪割草』―

 ※これはネタバレを含むため表題作品を未読の方はご注意下さい。


 先週、母が手術のため入院しました。

 病状自体は大きな問題は無く、手術も予防措置的なものであったので、そこはまぁ良かったのですが。


 手術当日、ほぼ丸一日病院内で待機することとなり、待つ以外にすることも無いため、待機室で以前より読みかけの小説を読了してしまいました。


 横溝正史『雪割草』


 京極夏彦レベルにぶ厚い文庫本で、なんと600頁超(!)。私が持っている横溝作品では単巻だとぶっちぎりでトップの厚さ(=長さ)。単一作品というカウントなら著者晩年の代表作『悪霊島』『病院坂の首縊りの家』(共に上下2巻)に次ぐと言えばその凄さが想像出来るでしょうか。初出が新聞連載小説ということなのでこの長さというのも頷けるところですが。


 実はこの作品、以前より存在は知られていたものの原稿も詳細も長らく不明の所謂「幻の作品」という奴で、実際に当時の掲載紙などが発見され全貌が詳らかになったのが連載当時から77年後の2017年という曰く付きの代物です。単行本は翌2018年に出版されましたが、迂闊にも私はこの情報を完全に見逃しており、それを知ったのは何と三上延『ビブリア古書堂の事件手帖Ⅱ ~扉子と空白の時~』の作中でという始末(^^;

 タイミング良く、暫く後に角川文庫の通称"黒背本"で文庫化され(しかも表紙は杉本一文画伯の新作!)、念願叶いました。


 一読した最初の感想。「これ、"ざまぁ"やん?」

 はい、その通り。


 何せ物語冒頭でヒロインが婚約破棄されるわ父親がそのショックで倒れるわ亡くなるわ、挙げ句に地元では有数の旅館だった実家から追い出され、とどめに「お前の実の父は別にいる」と亡父の衝撃の告白(遺書)……(( ;゚Д゚)))

 もうね、これそのまま舞台を現代とか異世界に持ってくれば令和っ子にも違和感無く読めちゃいますよ、えぇ。

 戦時中の日本がリアルタイムで舞台になっているため、特に後半では戦況が物語にどんどん絡んで来て現在の視点ではそこだけどうしても違和感があるものの、当時の国民感情的には感動的だったんだろうなぁと想像はできますし。むしろ現在なら敵を魔族とかに設定してしまえば違和感は払拭されるかも知れません(おぃ)。


 で、ヒロイン有為子(ういこ)は上京してまだ見ぬ瞼の父を尋ねて三千里……もとい艱難辛苦に耐える訳ですが、最初に訪ねた亡父の知人には有り金巻き上げられるわ、婚約破棄したくせに未練たらたらな典型的クズ男の元婚約者には付き纏われるわ挙げ句に妾になれとか迫られるわ……ここら辺でまだ全体の3割くらいですが、あまりの胸糞悪さに暫く読むのを止めてました。兎に角、ヒロインが次から次へと酷い目に遭う(偶に良い人に出会って助けられたりしますが)ので、そこをこっちもひたすら耐えて最後まで読めるかどうかがポイント。私は上記の件が無ければまだ放置してたかも。

 後半戦に突入した辺りで結婚して(これも微妙に略奪婚的な流れですが)漸く落ち着くかと思いきや今度は旦那が……ってもう止めて差し上げて。・゚・(ノД`)・゚・。


 結論から言いますと、有り金巻き上げた胸糞夫婦は見事にざまぁされ、そこまで酷くない他の小悪党はほぼ全員悔悛します。旦那も含めて。

 ざまぁは兎も角、他が大体悔悛したのは偏にヒロインの人の良さの故。つまりヒロインは追放聖女タイプですな。

 しかし流石は横溝御大、これが書かれた時局的に殺人事件こそ起こらないものの、ヒロインの父親の謎だったり、二転三転する物語だったり、これもある種の探偵小説と言えなくも無いですね。敢えて言えばサスペンスもの。もっと言えばお昼にやってるソープオペラな連ドラのテイストが濃厚です。しかもこれ、横溝の戦前作品ではほぼ唯一の大長編なのです。他にも薄めの文庫本レベルの長編は数作ありますが、こと長さと言う点では他を圧倒しています。


 読了して感じたのは、戦後の金田一もの長編に通じる部分が多いこと。

 書評ではヒロインの旦那が金田一の原型ではとか言われてますが、当時の他の作品にも類型の人物が出ているため、それらが戦後に金田一に統合・昇華されたとするのが自然かと思います。そもそも金田一と並ぶ名探偵・明智小五郎も登場当初は吃音癖を除けば見た目は金田一と似たり寄ったりですから、当時の「イケてない感じの若者」の典型的な描写だったのでしょう。


 てか言いたいのはそこでは無く、物語の展開だったり話のテイストが、後々の金田一長編に手を替え品を替え援用されていると言うことです。この長編で培った様々なノウハウが戦後の長編に存分に活かされたという事でしょうか。

 不幸なヒロインが運命に翻弄されるという話はそれこそヒロイン視点で話が進む『三つ首塔』がそのまんまですし、語り手を男にすれば名作『八つ墓村』に、と本作を起点にすると横溝長編の様々なことが見えてくるように思います。

 ミステリーに於ける"ざまぁ"は、謎が論理的に解決する知的な爽快感と犯人が捕まったり罰を受けたりする情緒的な爽快感がありますが、家庭小説に分類される当作をミステリーと言う勿れ、されどミステリーに通ずる愉しさを備えた物語であるのは、骨の髄まで"探偵小説家"だった横溝正史の作品である、そこに尽きると思われてなりません。

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