素直なヒーローとツンデレ異世界人【エピソード7】

双瀬桔梗

わたし(だけ)の、小さなヒーローと……

「ルーチェお姉さん、また会える?」

 悲しそうな顔で白いリボンを握りしめる少女…… しえりに、ルーチェ・シュヴァンは優しく微笑みかける。

「はい。また絶対、会いにきます」

 ルーチェはしえりの頭を撫でると、開いたばかりの、異世界へと続くゲートをくぐる。


 さようなら、の小さな恩人ヒーロー……また会う日まで。

 穏やかな気持ちで異世界『アトリ・ビュート』へと帰るルーチェ。彼女は短いながらも、楽しかったしえりとの日々を思い出す。


 異空間の調査中、時空の歪みが起き、気がつくとルーチェは自分が生まれ育った『アトリ・ビュート』とは別の世界へ飛ばされていた。

 意識を失っていたルーチェに声をかけ、助けてくれた幼いしえり。綺麗な黒髪の、可憐で少し不思議な雰囲気を纏う少女しえりを、ルーチェは気に入り、妹のように可愛がった。

 それからルーチェはしばらくの間、で、お世話になっていた。

 しえりはルーチェに特別な感情を抱いているが、それが“恋”であるということは理解していない。だからルーチェはしえりが自覚しないよう、“妹ができたみたいで楽しい”の、“妹”部分を強調して、言い続けた。

 そんなある日、異世界の研究をしている、しえりの父親の友人のおかげで、試作段階の異世界ゲートでルーチェは『アトリ・ビュート』に帰れるようになった。

 短い時間しか開けない上に、向こうからこっちの世界に戻ってこれる保証のないゲート。それゆえ、ルーチェとしえりは離れ離れになる。しかし、ルーチェは『アトリ・ビュート』でも異世界ゲートを完成させると、しえりに約束した。その誓いとして、自身が使っていた白いリボンをしえりに預けた。


 あの時、しえりが自分を見つけてくれなかったら、今でも知らない世界をさ迷っていたかもしれない。それゆえ、持ち前の勘を発揮して、自分を救ってくれたしえりは、ルーチェにとってヒーローだった。




 無事、生まれ故郷である『ストレーガ大国』に帰ったルーチェは、異世界での出来事を家族に話した。それをきっかけに『ストレーガ大国』は大々的に、異世界に関する研究を進める方針を固め、ルーチェはそのプロジェクトの責任者となった。


 そこから約一年後。

 ルーチェは敵国に研究成果を売ったという無実の罪をに着せられ、国から追放されてしまう。

 ルーチェに罪を着せたことに怒った鳥の精霊は、禁忌の魔法に手を出した。鳥の精霊はルーチェを陥れたの達と彼女を信じなかった人間を葬ったあと、彼女に己の力全てを与え、消えていく。羽も服も漆黒に染まったルーチェは絶望の中、『アトリ・ビュート』をさ迷うこととなる。


 家族と精霊を失い、『ストレーガ大国』の刺客からは命を狙われ、逃げ続けていたある日。ルーチェはエベレスト皇帝と出会う。

 エベレストは刺客からルーチェを守り、ツン・デーレいちぞくに迎え入れた。

 それでも最初は心を閉ざしていたルーチェだったが、不器用でツンデレなエベレストやレジーナ姫達、そして明るく素直な皇帝の妻・れいに救われ、少しずつ笑顔を取り戻していった。


 ツン・デーレいちぞくの皆と、いちから人生をやり直したい。

 そう思ったルーチェは自ら名を捨て、『フォンセ=ツン・デーレ』及び、『フォンセ魔術師』と名乗るようになった。




 そこから更に月日が流れ、数年前に完成していた異世界ゲートを使って、この世界にやってきたフォンセ達。そこでフォンセ彼女は、本当にヒーローになった、しえりと再会する。

 成長したしえりを見て、フォンセは感動し、声をかけようとした。けれども、変わってしまった自身を見たしえりに失望されるのが恐くて、鳥の仮面をつけ、正体を隠すことを選んだ。

 自分の変装は完璧だと思い、堂々としえりの前に現れていたフォンセ。だが、「ぼくの勘は99%当たるよ〜」が口癖で、第六感のあるしえりにはとうにバレていた。


「フォンセ魔術師って、ルーチェお姉さんだよね?」

 何の前触れもなく、唐突にそんなことを言われ、フォンセは動揺した。誤魔化そうとしたが、嘘のつけない彼女はあっという間に、ボロを出してしまう。

「どうして……分かったのですか?」

 フォンセは観念したように仮面を取り、しえりに問いかける。

「何となくだよ〜ぼくの勘は99%当たるからね〜」

 返ってきたしえりの言葉に、フォンセは納得するしかなかった。

「いつからが……あのルーチェだと、気がついていたのですか?」

「最初からだよ〜」

「では……なぜ、今になって確認したのですか?」

「うーんとねぇ、今までは“自分から聞いてみる”って発想がなかったんだぁ。でもごーくんが、『思い切って初恋の人かどうか確かめてみろよ』ってアドバイスをくれて、『それだぁ』と思ったの」

 相変わらずのマイペースで、マイワールドな感じで話すしえりに、フォンセは「しえりらしいですね」と笑う。

「あとね、ぼく、ルーチェお姉さん……フォンセお姉さんに、伝えたいことがあるんだぁ」

「……なん、ですか?」

 その言葉にフォンセは少し身構える。

「ぼくね、フォンセお姉さんが大好き。だからぼくと付き合って下さい」

 予想していたとは言え、返答に困る申し出にフォンセは戸惑いを隠せない。

「わたしはもう……きみが好きだった“ルーチェ”ではないのです。たくさん変わってしまった。例え、変わっていなかったとしても、わたしとしえりは生まれた世界が違う……きみは、この世界の人と一緒になるべきです」

 フォンセの言葉に、しえりはきょとんと、首を傾げる。

「ぼくは姿や名前が変わったくらいで、お姉さんをきらったりしないよ。フォンセお姉さんのこと、大好きだもん。生まれた世界が違うと何が問題なの? ぼくの気持ちは時空も越える。だからね、そんなこと心配しなくていいんだよ?」

「それでも、わたしは」

「ぼくのこと、キライ?」

「嫌い、では、ない、ですが、そんな問題じゃ」

「てことは好き?」

「べ、別に好きとかでは」

「じゃあ、キライ?」

 フォンセの言葉を遮って、しえりはどんどん質問していく。“キライ?”はショボンと、“好き?”は目をキラキラさせて問いかけてくるものだから、フォンセは慌てたり赤面したりと忙しい。

「うっ……だから、きらいではないと……」

「も〜どっちなの?」

 しえりにズイズイ近寄られ、フォンセはタジタジになる。彼女は顔が熱くて、まともにしえりの顔が見れない。

「フォンセお姉さん、どっち?」

「……人としては、大好きです。しかし、恋愛となるとまだ分かりません……ヒーロー恩人だとは思っています、わたしを助けてくれたことも感謝しています。だけど、わたしはしえりが惚れたルーチェではない。だからしえりの気持ちは受け取れません」

「だから名前と見た目は関係ないってば〜」

「だって、異世界人ですよ?」

「うん、だからそれの何が問題なの?」

 本気でどこが問題なのか分からないしえりは、ポカンとした顔をしている。その反応にフォンセは戸惑う。

「歳も随分、離れてますよ?」

「そんなこと、承知の上だよ〜それにね、この世界には年の差婚って言葉があるんだよ?」

「トシノサコン?」

「年の離れた者同士が結婚することだよ」

「け、結婚!? 何を言っているのですか!? 結婚など、気が早いにも程があります!」

「ふふっ、フォンセお姉さん、かわいい」

「なっ……可愛くなんてありません!!」

 ほんわかした表情でさらりと“かわいい”なんて言うものだから、フォンセは赤い顔を更に赤くした。

 恥ずかし過ぎてうずくまるフォンセを、ツン・デーレ側の人々はあわあわと見つめることしかできない。

「しえり姉さん、あともう一押しッス!」

「いい感じだぞ! 頑張れしえり!」

「応援してないでしえりを止めてください!」

 スナオズ側はあかみね ごうかわ ミナの、高校生コンビが盛大に応援している。

 フォンセは勢いよく立ち上がり、しえりを止めるよう訴えかけるが、二人は止める気などさらさらない。

「いや〜若いってええなぁ。青春やね」

碧志くんきみの方が年下ですよね!?」

 スナオズ最年長のあお こうろうは、フォンセの方が遥かに年上なのを知った上で、呑気にそんなことを言う。それに対してフォンセは、丁寧にツッコミを入れる。

「ははっ……しえちゃんがそうなると、誰が何を言っても聞かないので諦めてください」

「そんな生暖かい目で見ないでください……」

 幼い頃からしえりを知る、ゆきしろ はやはフォンセに若干同情しつつも、諦めて結論を出すよう促す。

「それで、フォンセお姉さんのお返事は?」

 しえりに上目遣いで顔を覗き込まれ、内心『あ〜やはりしえりは可愛い』と思うフォンセ。しかし、それを口に出すと、倍で“かわいい”を返されそうで、言葉を飲み込む。そして、今できる最大限の返答を口にする。

「……まずは、お友達からで、お願いします」

「うん! 分かったよー」

 案外すんなり聞き入れてくれたことにフォンセは安堵しつつ、この先どうするかを真剣に考える。自分がしえりをどう思っているのか、真剣に己の気持ちと向き合おうと、心に決めた。

「それじゃあ、よろしくね。フォンセお姉さん」

「はい、友だちとして、これからもよろしくお願いします」

「ぼく、フォンセお姉さんに惚れてもらえるように頑張るね」

「お手柔らかに、お願いしますね……」

 フォンセは微かに照れ笑いを浮かべながら、差し出されたしえりの手を握る。



 しえりがわたしフォンセだけの恋人ヒーローになる日が来るのは、案外、早いかもしれない。


【フォンセ魔術師 編 完】

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