彼方なるハッピーエンド
けんこや
彼方なるハッピーエンド
勇者ポポンは途方に暮れていた。
◇
たった今、世界を恐怖のどん底に陥れていた悪の大魔術師オババババンを倒したところである。
これで世界に平和が訪れるだろう。
魔法で操られていた魔獣たちもいなくなり、魔術によって混沌に陥っていた世界に再び秩序が戻るだろう。
思えば長い道のりだった。
王城を出立して3年間、野を越え山を越え、大樹海を抜け、広大な砂漠を渡り、地の果てから大海原を乗り越え、絶海の孤島の断崖絶壁をよじ登り、『最も深き迷宮』の最深部にある、この大魔術師オババババンの館にたどり着き、数時間に及ぶ大激闘の末、禁断の一撃をお見舞いし、大魔術師オババババンはその場に崩れ落ちた。
激しい闘いだった。
共に戦った仲間たちは皆、悪の大魔術師オババババンの凄まじい魔法球によって次々と息を引き取り、勇者ポポンもあっという間に叩きのめされ、あわや全滅…という際に、我が王宮魔導士・マママンが自らの命と引き換えに禁断魔法『ツハクバキテウトッア』を撃ち放ち、ようやく戦いに終止符を打ったのだった。
◇
勇者ポポンは剣を杖替わりにし、傷ついた体をがれきの上に起こし上げた。
闘いは終わった。
後は無事、王都に帰還するだけだ…。
帰還するだけ…。
帰還するだけ、か…。
勇者ポポンはふと、首をかしげた。
そういえば仲間で『帰還』の魔法を使えるのは、我が王宮魔導士・マママンだけだった。
しかし我が王宮魔導士・マママンは先程の禁断魔法『ツハクバキテウトッア』の発動とともに体が粉々に砕け散ってしまい、肉片一つ残っていない。
ということは、自分はこの傷ついた体をひきずって、単身、王都へと帰りつかなければならない。
ということは…。
勇者ポポンの背筋に、とてつもない戦慄が湧き上がって来た。
◇
ちょっとまてよ、ええと、まずこの『最も深き迷宮』をどうやって引き返せばいいんだっけ。
ここにたどり着くのも迷いにも迷った挙句、ほどんど「運」のようなもので偶然突破したようなもので順路は全く覚えていない。
いや、たとえ迷宮を突破したところで、そのすぐ先の断崖絶壁をどうやって降りればいいんだ。
登ってくるときも命がけだったし、要所要所で我が王宮魔導士・マママンの魔法の力で無理矢理引き上げてもらった所もある。
自力で一人で下山とか、狂気の沙汰だろ。
いや、たとえ何らかの方法で降りきったところでその先の大海原はどうする?え?その向こうの広大な砂漠は?大樹海は?
というかそもそも道中、水は?食料は?
◇
勇者ポポンは崩れ落ちた館の石材に腰を下ろし、ぼんやりと頬杖をついた。
いろいろ考えれば考える程、自分が無事に王都に戻ることが不可能としか思えなくなってきたのである。
せっかく冒険が終わったのに…。
こんなところで餓死するのは嫌だ。
勇者ポポンはぼうぜんと宙を見据えた。
王城で別れを告げた、愛しのナナナン姫の震えるまなざしが思い浮かばれる。
悪の大魔術師オババババンを倒したら結婚すると、お互い固く誓いあったのだった。
ナナナン姫のつぶらな瞳、美しい金色の髪、ほんのりと麗しい、まだ触れたことのない白い肌…。
愛にあふれた平和な日々、彩どりの花に囲まれた王城での新生活…。
一点のくもりもない、幸福な結末…。
幻のように浮かび上がる光景の数々に、勇者ポポンの目に自然と涙がにじんできた。
するとその時だった。
ふいに得体のしれないうめき声がして、勇者ポポンは我に返った。
涙を拭きながらその方をみると、がれきが少しずつ崩れ、その隙間から瀕死の形相でこちらを見据えているぼろぼろの黒衣の姿が見え隠れしている。
悪の大魔術師オババババンだ!
こいつ、まだ息が残っていたのだ!
勇者ポポンは剣を握りしめると渾身の力を込めて立ち上がり、悪の大魔術師オババババンに向かって突進した。
そのまま剣の切っ先を悪の大魔術師オババババンに突き付けると、鼻水をたらしながら無我夢中で泣き叫んだ。
「貴様!とどめを刺されたくなかったら今すぐ俺を王城に送り返せっ!!」
『彼方なるハッピーエンド』 終わり
彼方なるハッピーエンド けんこや @kencoya
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