Episode03 はじめまして、こんばんは。


  僕は、「ノイズ」こと、高町風音。

「ここが僕のAnother…?」

僕は、床と天井が遥か下にありそうな、鏡のような、地平線も水平線も何もない、永遠で無の空間で浮いていたのだった。

スーッと上に飛んでみる。空気を軽くけっただけなのに、上に浮かんだ。

「すごい……」

天井が遠ざかるようにさらに上に行った。

スーッと下に飛んでみる。

「……へぇ。」

床も遠ざかるように、さらに下に行った。

「ここが僕の妄想の世界なのか……?僕があまり妄想をしないからかな。」

唯一の妄想と言えば、平穏で「何もない」世界になったらどうなるか、である。

「それでこうなっちゃったのか。」

上にも下にも何もない。

でも、この世界はすごく綺麗だと思う。

「変なの。」

くるくると足を抱えて宙で回る。

地球じゃできないことができて、普通に面白い。

「これも夢なのかな……日向、どこいったんだろう。」

ここが僕の世界なら、日向も自分の世界に行ったんだろうけど、僕は何も知らない。

「あ~わからん~っ夢の中で暇ってどういう事だよ……」

果たしてこれが僕の寝不足解消になるのか。


ピロンッ


「ん?」

何か通知音のような音が聞こえた。

「、ってうわぁ!」

目の前に半透明のディスプレイが現れる。

「うわぁ、ゲームみたい。」

僕がつぶやくと、ディスプレイが言葉を発した。

『通知です。』

男性とも女性ともとれない、機械質な声。

『読み上げます。』

その瞬間、機械質な声が、日向の声になった。

『もしもーし、風音?あなたは何になったのかしら?今からそこに、遊びに行くわ。』

『以上です。』

ディスプレイが消える。

ツッコミを与えない速さに、僕は呆然としていた。

「え?……日向?遊びに来るって、どうやって、」

「やっほーっ!」

「うわぁぁぁぁっ!」

後ろから日向の声がして振り向く。

「え……蜜柑?」

おいしそうな小さな橙色の蜜柑が宙に浮いていた。

丁寧に、緑の葉っぱはとられている。

「私よ、私。たちばな日向ひなた。」

蜜柑が喋っている。

僕はちょっと引いてしまった。

「引かないでよ。というか、風音はあまり変わっていないね。」

「いや、あの、」

「流石というべきかな。」

蜜柑たぶんひなたが体を上下させている。うなずいているのだろうか?

「あ、そうだ。こっちの世界では、『みかん』っていう名前だから。」

「そのままじゃん。ネーミングセンス皆無……」

「なんか言った?」

「いや、何も言ってないよ。」

日向みかんには顔がついていない。こたつの上にいてもおかしくないレベルの蜜柑だ。

でも、いつものように日向女王の圧力を感じる。

「で、風音は?」

「何が?」

「名前。」

「ああ。」

僕は頬をかきながら言った。

「ノイズ。」

蜜柑が「ああ。」と発声する。

ミカンの声、どこから出しているんだろう。

「ゲームで使った奴ね?」

「そう。」

戦闘系RPGで僕が、魔導師ウィザードとしてプレイしていた時の名前だ。

ちなみに日向は勇者ヒーローで、名前は「solarソーラー」だった。

僕がつけたから、「みかん」よりはいい名前だと思う。

「来てからずっと思っていたんだけど……何もないわね、この世界。」

「いいじゃん。この世界、僕は嫌いじゃない。」

僕は満足げに微笑んだ。

何もないなんて、どんなに幸せだろうか。

周りの人と感覚が違うことはなんとなくわかる。

何もしなくていいなんて、つまらないってみんな言うんだ。それが「楽しい」のに。

新しい世界を創ったりしたいわけじゃない。

僕以外何もない世界、そんなものが現実にあったとしても、たぶん僕は何もしないし。

「ふ~ん、相変わらずだね、風音は。いや、ノイズ。」

「ノイズって呼ばれるの、違和感があるな……」

「ま、仕方ないじゃない?そのうち慣れるよ。」

蜜柑がくるくる回っている。何をしているのだろう。

「僕も日向のこと、ミカンって呼んだ方がいいの?」

「ここではそうして欲しいかも。」

「じゃ、改めてよろしく、ミカン。」

「こちらこそ、ノイズ。」

握手をしたいが、残念ながらミカンに手はない。

「で、いますぐ質問攻めしたいんだけど、いいかな?」

「おおう、落ち着くんだノイズ。」

「僕、いきなりよくわからない事沢山言われて怒っているんだよね。」

「ノイズ、ストップストップ。」

「もちろんいいよね?」

「ノイズ、落ち着きなよ。」

ミカンに詰め寄る。

ミカンはおろおろとした。ミカンの体に冷汗が流れているような気がする。

「いいよね?」

「とりあえず、一個一個答えるから!質問攻め、だめ、絶対!!」



私は橘日向こと、ミカン。

なぜミカンにしたのかというと、それは当たり前。

可愛いから!!

……え?それだけ?

うん。それだけ。

まあ、私の話は置いといて、私には幼馴染の親友がいることは知っているでしょう?

彼の名前はは高町風音。名前だけを聞くと、よく女子と間違われる。もちろん生粋の男子だ。可哀そうに。「ふうと」と読むならまだしも、「かざね」と読むと、女子っぽいらしいんだよね。私はそう思わないけど。

また話がずれちゃった。戻そうか。

彼の性格は真面目で結構お節介。あと、怒りっぽくない。頼み事は断れない。

だからかな……顎で使っちゃうんだよね、あはは。

そして私についたあだ名は「日向女王」。もちろん呼び始めたのは風音。

小・中学校の知り合いが少ない高校でも、そのあだ名は広まっている。

そういえば何故だろう。

…仕方がないじゃない!近くに優秀で親切な親友がいたら使っちゃうじゃない!

実は「女王」の称号を私は結構気に入っているんだけど……

風音はいつも穏やかだ。

私の古い記憶の時からずっと、風音は平和を好んでいたと思う。

「戦争をなくす」とかではなくて、「何もない世界が一番いい」という「平和」。

私にとっては「何もない」というのが「平和」とは思えないけど。

風音がいない世界に、「日向王女わたし」はいないから。

風音は「自分以外何もない」のも、「自分含めて、この概念を含めて、世界がない」というものも好きみたい。

もちろん、彼は「何も起きない平穏」も好きだっていってた。

つまり、「変わらない日常」ってことだよね。

ここまで聞いていると、頭が痛くなってくるんだよ。

考えを放棄……

チョットワカリマセン。

風音ですら言葉で説明できないという、彼の脳内の理解は無理。

だけれど、そういう考えが風音の「穏やかさ」の根源だと思う。


でも、そんな風音でも怒ることはある。

約束すっぽかされて拗ねたとかの比じゃない、怒りがある。

さっきの草むしりの時みたいに、拗ねてもすぐ収まるし。

風音の「怒り」。それは私の思い出にも数えるほどしかない。


『風音の日常から大事な何かを抜く。』

『風音の日常に大きな何かを加える。』


これが風音の怒りのスイッチ。

わかりやすいのは、誰かが引っ越すとか、家を買い替えるとかかな。でも、それはめったに起きない。事前に言われていたなら大丈夫だから。

でも、『予測不可能』なことはどうしようもない。

今回みたいに受験で不眠症になるとか……

というかなんで受験で不眠症になったんだろう。

謎。

……。

ま、いいか。

不眠症に怒りのロックオンはできないので、怒ってはいないようだったし…。


だけど、私はそのスイッチをオフにしようとして、オンにしてしまった。

そう、オンにしてしまった。

しかも、確実に怒りの矛先が私に向かう形で。

いつもは私が女王だけど……風音が怒るときは、正座になってしまう。

本能が言っているのだ、「正座しないと危険」って。

……。

私は風音の質問攻めに、視線を落とし、心の中で正座したまま答える。

口答えと言い訳はしないように……。

風音のためにしたのに、何で怒られているんだろう。

ちなみに足のしびれは感じられない。だってミカンだもん。

とにかく風音が、怖かった。



「……つまり、ミカンは僕のために、自分も使っている、このAnotherのシステムで寝不足を解消させようとして、見た方が早いから、何も言わずに何も知らない僕をここにエンターさせて、さらに勝手に個人情報を登録させて、放置し、ふと心配になったからたまたま見つけた招待機能の穴をついてここに遊びに来たと??そして混乱する僕に何も罪悪感を抱かずにいたんだ??」

「おっしゃる通りです。」

「ふ~ん、で、ミカンはここから出れる方法を知っているんだね?」

「もちろんでございます。」

 ミカンは正座(ノイズの足元に小さくなっているだけだが)して、風音の怒りが収まるのを待つ。

 風音は怒ると、声色はぐんと低くなり、滑舌は良くなり、頭がよく回る。ジメジメジメジメと相手ターゲットの罪悪感をはっきりさせ、苦しめつけていくのである。

 風音がため息をつく。

「で、これが何のためになるの?」

「Anotherのシステムを説明…」

「くどいことは嫌い。十五で答えて。」

風音は鋭い視線でミカンを見下ろす。

はたから見ると、地面に置いてある蜜柑に向かってガンを飛ばす二十代のイタい青年だが、突っ込む者はいない。というか、風音のAnotherだから誰も見ていない。

ミカンは青ざめたのか、幾分か橙の所を黄色くさせながら、震えた。

「無いなら今すぐ帰りたいけど。」

「……風音の寝不足を治すことができる。」

「本当に?」

風音の疑うような目の前に、ふよふよとミカンが浮かぶ。

「うん。Anotherで過ごしている間、私たちの本体は現世で寝てる。Anotherにいるのは私たちの精神。だからこの夢から覚めて、精神が元の世界に戻った時には、体が元気になっているの。」

「それだと、精神が疲れないの?」

「精神は自分の好みの妄想世界に浸ることで癒されて、目覚めもばっちり快適なのよ。ちなみに記憶は残ってる。」

「つまり、自分が見たい夢を見ることができるってことだよね?でも、僕は今、疲れてるんだけど……」

げんなりとした顔の風音。

「それは、本来ノイズのものである世界に例外わたしがいるからね。私はノイズの妄想とは別の存在だもん。さっきも言ったじゃん、システムの穴から侵入したんだって。」

「ふ~ん……。ミカンが僕の夢である説は?」

「起きたら私に聞いてみてよ。」

ミカンが偉そうに鼻息をフンっと出す。ノイズはため息をついた。

「わかった。もちろん、中毒者対策はあるんだよね。」

「うん、上限は一日八時間まで。それ以降は世界からはじき出されるの。はじき出された後も、体は普通に寝てるから、目が覚めるまで精神は起きないよ。」

「ややこしいな……とりあえず、今日やってみるか。」

ミカンが驚いたように大きくなる。

「ノイズが⁈」

「そうだけど。」

「何よりも普通の生活を願うノイズが……」

「不眠症を治すまでは普通じゃないし。不眠症が治るまでは訪れないよ」

ノイズがため息を吐く。

「でも、夜に寝つけるのかな?昼間は寝れるけど、夜はなぜか寝れないんだ。」

「それに関しては大丈夫!」

自信満々にミカンが言い切る。

「21時以降はイヤホンのスイッチを入れて、十秒たったら強制的に夢の中に入らされるから!」

「……寝坊しそう。」

「ここで経過時間が見れるよ。『ステータス!』」

ミカンの前に青いディスプレイステータスが現れた。ミカンが画面に触れる。画面はミカンより大きい。

「右上に、○○時間使用っていうのが書かれてて、これを押すと、自分がいつ使っていたのかとか、履歴が出るんだ。タイマー設定もある。え~~っと、左側のこれがログアウトで、ここから出ることができるよ。」

ノイズがつぶやく。

「ステータス。」

出てきたのは同じ半透明な青色のディスプレイだった。

「確かにこれなら、寝付けるかも。」

「でしょでしょ!やってみてよ!」

「……わかった。」

「そのイヤホンはあげるよ!親戚からもらったものだし、試作品だし。」

「ありがとう。」

ミカンのてっぺんから緑の葉がぴょこりと生えた。



ふぅーーーーーッ。

僕はベッドの上に正座していた。

両手に乗せられた無線のイヤホンを眺める。

ふぅー。

僕は不眠症を治さなければいけないんだ……!

現在10時。

こんなもので本当にそれが治るかどうかはわからないけれど、やってみるしかない。

宿題は帰ってきてから急いでやった。日記は適当に書いた。自由研究は先週に終わらせてある。

ふぅーーー…

ぎゅっと掌を握る。

硬い感触。

右手で右側を、左手で左側を持つ。

耳に当てて、落ちないように押し込む。

——スイッチはダブルタッチ――

トントン、

軽い音。何でもないはずの音が、低く、大きくなって脳に届く。


『妄想世界Anotherを起動します。』


『ロード中です。』


イヤホンから頭の中に、自然と流れていく日本語。

ぎゅっ、と目をつぶる。

ベッドに体を横たえた。


『読み込み完了。では、強制startをします。』


『お楽しみください。』


ピリリと頭に電流が走る。

ガチガチになっていた体の力が抜けていく。

人間って、寝るとき、こんな感じなのだろうか。

体が柔らかく沈むのがわかる。

——僕は今から、寝るんだ。

ふわり。

 月のない夜。かすかな光がそーっと部屋に忍び込む。風音の寝息と共に、それは静かに部屋に広がった。



「……ん。」

妙にまぶしさを感じて瞼を開く。

ぼーっとする頭。

ここは……?

頭をさする。


『妄想世界Another』


ふと顔を上げると、白い文字が視界に入った。

瞬間、ふわりと記憶が舞い戻った。

——僕、無事にここに来れたんだ。

掌を握る。耳にあてられたイヤホンの感覚は消えていない。

少し体を震わせる。

まさか、僕が夢を見なくちゃいけなくなるとは。

変なの。

せっかくだから楽しもう、どうせ、不眠症が治ったらやめるんだし。

「よいしょ。」

日向がやっていたように、ジャンプして大きな穴に飛び込んだ。

最初より落ち着いているせいか、周りが見れる。

薄い虹色の雲が円になっている中に、黒い影が、僕と同じように落ちていくのが見える。

そうか、別の利用者達か。

ここは「ロビー」というらしい。全くそのまんまだ。


『「ノイズ」認証。』


白い光がサーっとさしてきて、目をつぶる。


『ようこそ、Anotherへ。』


白い光がだんだん弱まる。

「ついた……」

僕のAnother。

何もない世界、最初の世界。

僕は、あと7時間はここにいれる。

つまり、7時間分、何にも影響されない夢を見る。

僕しかいない世界。したいことがしたいようにできる。

「よいしょ。」

ちょっと、遊んでみるかな。

——「Anotherの中で妄想しても、ここに反映されるんだよ。」

蘇る日向の声。

僕が今欲しいのは……

「水。」

もちろん無料。

ペットボトルではない。ゴミが出るし。

僕が欲しいのは。

「一口サイズの水の玉。」

目の前に湧き上がるように水の玉が浮く。

口を近づけた。

「……ぷはぁ。」

夢なのに生理現象は常にある。現実のように。

世界は現実離れしているけれど。

のどを潤した僕は、体育座りになった。

なんとなく計算がしたい。

計算ドリルとシャープペンシルと消しゴムがいきなり現れる。

計算ドリルは僕のレベルにちょうどいい。

さて、5時間待つか。

空中に浮かべえた計算ドリルに、僕は向かい合った。



「ねぇ、青年。」

「……」

シュシュシュッシュと、シャーペンがリズムを刻みながらよどみなく動く音。

落ち着く。やっぱり心地よい。

「ね!そこの青年ってば!」

「うわっ。」

誰かの手が顔の前に差し出されて、思わず跳びあがる。

シャーペンがするりと手から落ちたが、落ちた音は聞こえない。

シャーペンは宙に浮いていたからだ。

「青年は、何をしているの?」

声に引き戻される。

顔を上げる。誰だろう。ここは僕しか(日向は例外)入れないはずなのに。

そこには、

「はじめまして、こんばんは。ちょっと失礼してます。」

一人の少女が立っていた。

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妄想世界Anotherの僕ら。 鬼灯あヰず @Hozuki-Eyes

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