彼は私だけのヒーローだったはずなのに……

彼は私だけのヒーローだったはずなのに……

　私はあの日、彼に救われた。それはまだ彼が有名になる前。今、巷で知らぬ人はいない、今の彼じゃなく、ただの人だった頃の彼だ。

　それが、私を救ってくれた事件をきっかけに、彼は一躍時の人に。私も最初はそれが嬉しくて……。

「こんなはずじゃなかったのに……」

　あれは、いつもの学校から帰宅途中の事だった。突然、黒塗りのワゴン車に連れ去られ、どこか知らない場所に拉致された私。私はちょっと有名なお嬢様学校に通ってていたから、まぁわかりやすい、いわゆる身代金誘拐だった。そして私はこう言っては何だけど、優れた容姿をしていたので、あとはどうされそうになったかわかるわよね……？

　私は必死に抵抗した……。腕に噛みつき、たとえ叩かれようとも最後まで諦めなかった。だけど、最後にナイフを見た瞬間、私は終わったと思ったわ。舌を噛みきる覚悟を決めた、そう、その時だった。

　窓ガラスが割れる音と共に一人の男性が部屋の中に飛び込んできた。それが私と彼との出会い。そこからは私を人質に取る暇もない位にあっという間に犯人達を鎮圧。私はあと少しで犯される、そんな状況だったにも関わらず、何でこの状況を録画出来ないのよ！　なんて思ってたわ。

　まぁそんなこんなでそのまま救出された私はたまらず、彼に抱き着いてしまったわ。ほとんど裸だったけど、彼なら関係なかった。むしろ私をもっと見てほしいなんて思っちゃって……。我ながらこの頃からどこか頭がおかしかったのかもしれないわね。

　そして事件は無事解決され、元の生活に戻れたの。そしてまだこの時は私が未成年なのもあって、いや、それだけじゃないわね。父の力もあって大きく報道される事はなかった。更に嬉しかったのは事件後のメンタルケアに彼が何度も家に来て様子を見に来てくれたの。ホント優しいのよね、彼って。まぁそんなところも素敵なんだけど。

　っと話がずれちゃったわね。私は幸せだった。この時までは……。

　それから数年して、私はこの容姿もあって、芸能界に所属していたの。正直私、浮かれてたのよね。だから余計な一言を言ってしまったの。

　そう、私を救ってくれた彼の存在を……。

　実は彼、他の人も救ってたのよ。私がテレビで話した内容から（勿論個人名は言ってなかったわよ？）、他にも救われた人がネット上で騒ぎ出してしまって、そうなると自然に誰かわかってしまうのよね。

　そして彼の存在はみんなに知れ渡った……。

　彼ってかっこいいし、優しいし、誰からも頼りにされてる。それが今までとても誇らしかったんだけど、今回だけはそれを恨んだわ。かっこいいから露出が増え、優しいから頼られてしまった時に断り切れない。

　寄ってくるクソムシ共。彼が断われないのをいい事に、どんなに潰しても湧いてきたわ。湧いては潰して、湧いては潰して。それも全ては彼の為。

　けど、それも突然終わりを迎えてしまった。彼にバレてしまったの。けど、私はいつかこうなる日が来るのもわかってたのよ。だってそうでしょ？　彼は私のヒーローなのよ。気づかないはずないわ。それに後悔もないわ。彼は悲しい表情をしてたけど、そうなる事もわかってた事だしね。

　ただ一つ、後悔してる事があったとしたら、それは彼の事を広めてしまった事。それさえしなければ、彼は私だけのヒーローだったはずなのに……。