セオと私だけのヒーロー

加藤ゆたか

私だけのヒーロー

 西暦二千五百五十年。人類が不老不死になって五百年が経つらしいけど、そんな昔のこと私は知らない。だって、私は十七歳だし、まだ不老不死にもなってない。パパとママは不老不死だけど結婚して私を産んだ。パパは私みたいな女の子が生まれて嬉しかったと言っていた。家族はみんな不老不死。当然、家族は私にも不老不死になってもらいたいと思っているし、私もパパとママより先に死にたいとは思わない。だって私が死んだらきっとパパとママも悲しむから。私はパパもママも好き。だけど、この間ちょっとした意見の食い違いがあってケンカみたいになってしまった。もう顔も見たくないってくらいの大ゲンカ。だから、私は一人暮らしをすることにした。もう十七歳だし、学校の授業はオンラインだし、ロボットネットワークの援助があれば、人間はどこでだって充分な暮らしができる。ママは反対したけど、パパはその方がいいって言ってくれたの。それで私は一人でこの町で新生活を始めるってわけ。

 新しい部屋。新しい町。ワクワクする。部屋に閉じこもっていたら勿体ないと思って、私は町に飛び出した。今日はどこに行こう? 川の方には行ったから、今度は山の方に行ってみようか? 遠くから見えた山は近づくと案外小さくて、麓には神社があった。神社の裏の階段から山に登れるらしい。これって山じゃなくて古墳なのかな?

 うっすらとかいた汗に風が気持ちいい。この山の上からだったら、この町が見下ろせるかな? 私は頂上まで登ってみた。頂上は平らで何にもなかったけど、町は遠くまで見えた。うーん、思ったよりも広いね。町全部を探検するのは無理かな。あ、猫発見だ。にゃんにゃんにゃん!

 私は草むらから顔を覗かせていた猫を見つけて駆け寄った。


「おいで、おいで。」


 猫の高さまで体をかがめて手を伸ばす。うーん、惜しいな。もうちょっとなんだけど。小さな柵の向こう側。私は柵をくぐって猫に近づこうとした。

 それが失敗だった。


「あ、引っかかった……。体が……抜けない!」


 どこが引っかかってるの? 頭? 奥にもいけない。腕を抜こうとしても無理。下手をすると大怪我しそう。こんなところ、誰か来てくれるのかな? もしかしてこのまま干からびて死んじゃうの? こんなことなら、さっさと不老不死になっておけばよかった。パパとママとケンカしなければよかった。

 たぶん動けなくなって十分くらいだったと思うけれど、私には何時間も経った気がしていた。

 一匹、また一匹と猫が私のところに集まってくる。さっき見た小さな猫とは違う。威嚇するように私に向かってシャーと鳴く。よくよく見ると眼光が鋭くて結構恐い。私はあなたたちの邪魔をしたくてこうしてるんじゃないんだけど。動けないの。


「こら! 女の子を虐めるなー! しっし!」


 その時、背後で女の子の声がした。猫たちが散り散りになって逃げていく。助かった!


「あ、あの、私、動けなくって。助けてもらえませんか?」

「いいよ。待っててね!」


 背後の女の子はそう言うとどこかに行ってしまい、しばらくして、今度は私の横でガリガリガリガリと大きな音と、首にかかった柵に震動が伝わってきた。まさか……。


「え? 柵、切ってるの?」

「そうだよ。近くにいた工作ロボットの人、呼んできたの。」

「えええ。私のためにそこまで……。」

「いいんだよ。あなたは人間でしょ。私たちは人間の安全が優先だから。」


 やっと柵から首が外れて、助けてくれた女の子を見れた。女の子は青空みたいな青い髪でにこやかに微笑んでみせた。すごい。天使みたいだった。まるで誰かの理想の全てを詰め込んだみたい。


「私、セオ。あなたは……猫ちゃん?」

「……うん。私、猫ちゃんかも。」


 私は冗談を言って笑うセオに見惚れた。セオは人間ではありえない青い髪をしている。セオはロボットなんだ。


「どこにも怪我はない?」

「うん。大丈夫。ありがとう。」

「あなたはこの町の人? 見たことないね。」

「そうなの。引っ越してきたばっかりなの。」

「そうなんだ! この町はね、のんびりしてて良いところだよ。」

「私も今、すごい良いところだってわかった。だって、セオがいるんだもの。」

「私が?」


 セオは理解できないという風に首をかしげて微笑んだ。そういう動作も素敵だった。

 私はロボットの女の子が好きだ。人間はそんなに好きじゃない。人間と結婚してパパとママみたいに子供を作るなんて想像するだけで吐きそうになる。ママにそう言ったらケンカになった。なんでわからないのかな。今の時代ではパパとママみたいに子供を作る人間の方が珍しい。パパとママのことは好きだけど、一緒に暮らすのはもう無理になっていた。離れて暮らして、たまに声を聞くくらいで丁度いい。


「セオ、私ね、この町で一人なの。寂しいからセオと一緒にいられないかな?」

「ええ? それは無理だよ。私はお父さんのパートナーロボットだから。」

「パートナーロボット?」

「うん。」

「私のパートナーにはなれない?」

「なれないよ。パートナーロボットのパートナーは造られた時から一人だけが登録されるの。変えられないよ。」

「そんな……。」


 ガーン。ショックだ……。早くも失恋。

 でもセオは私を助けてくれた。私だけのヒーロー。私だけのセオにしたい。パートナーは無理でも、せめて友達だけでも……。


「だったら、友達になるのはいい?」

「友達だったらいいよ! 私は人間のこと好きだから。」

「私もセオのことが好きになった。」

「そう? 嬉しいな!」


 パートナーロボットか、素敵だ。セオほど理想に近い女の子が造れるなんて。もっとセオと仲良くなってセオを観察しよう。私の理想のパートナーを造るために。

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セオと私だけのヒーロー 加藤ゆたか @yutaka_kato

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