第25話 お菓子


 今日も午餐おひるは列車の中で。

 ポーリィさんが買い込んでくれていたのは、私のリクエストに応えてスイーツのフルコースだ。如何ほどの甘味好きかと呆れたろうが、ご飯を抜いてのスイーツがまさか自らに処す罰であるとは、彼女は夢にも知らぬ。


 揺れる座席にならべられたのはマレー、中華、インドと三民族の、バラエティ豊かなスイーツたちだ。

 揚げバナナピサンゴレン、ホットケーキ風のアパムバリッ、色とりどりのケッラピス、外郎ウイロウ風のクエラピス、バナナの葉にくるんだコチ餅。何れもマレーの菓子だがどこか中華風の面影を漂わせている。

 此の国では三民族の混淆は百年一日の如く進まない一方で、食は無軌道なまでに奔放に混じり合う。如何なる文化に於いても美食の追求は人のまざる欲求であって、その情熱を前にしては民族間に横たわる怨恨や敵愾心さえ無力なのだろう。人の欲は時に他人を蹴散らして戦のもとともなるが、時に人々の間を繋ぐ役も果たすらしい。


 インド系のお菓子と云えばムルック。一見レンコン風の揚げ菓子で、スパイス薫り、甘さ控えめ。この形、この味に接すると、インド系マレーシア人最大の祭礼、ディパバリを思い出す。


 マレーシアではイスラムを国教としてはいるが、他の宗教を禁じている訳ではない。それぞれの重要な祭日は尊重され、国の休日と定められている。マレーは断食明けアイディルフィトリ巡礼ハッジふたつの大いなる日ハリラヤ、華僑は旧暦正月、印僑にはディパバリ、それにキリスト教徒(一定数のインド人はキリスト教に帰依している)にも配慮して、クリスマス。民族間の宥和と調和が、国家の健全な発展のために必要だと、政治家も国民も知っていればこそだ。




 マレー半島最南端、ジョホールバルに到着した時にはもう日もれかけていた。殆ど陸続きと云っていほど狭い海に隔てられた対岸には、シンガポールの街が灯りを燈しはじめている。残照に淡く染まる海原、夕空に舞うのは無数の海鳥。

 国境を越えるのだから、出入国手続きは当然必須だ。まずはジョホールバル駅で出国手続きを行い、電車に乗りこむ。海を渡ったウッドランズ駅で降車し、今度はシンガポールの入国手続きを行う。毎日大量の越境者を見ている係官達は手慣れたものだ。


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