第24話 鉄道と果物


 今日は陸路シンガポールまで移動し、そこから夜行便で日本へ戻る計画だ。海峡と国境をまたぐとは云え強固な橋で結ばれた両国は殆ど陸続きと云ってよく、通勤で毎朝毎夕多くの人々が両国の間を往き来している。

 旅は半日がかりだ。仕事をえた以上はポーリィさんにアテンドする義務は最早ないのだが、鉄道で半島を南下し海峡を越える旅は彼女も経験がないとのことで、面白いからといてきて呉れることになった。勿論私にいなやはない。現地事情に通じた旅の伴侶みちづれが在るのは、心強いうえに心楽しい。


 KLセントラル駅から列車に揺られ、半島最南端へ向かう。弥々いよいよ赤道も近い。鉄道が切り拓いて進むのは数多の生命が繚乱と咲き誇る、剥き出しの自然の帝国だ。太陽に愛された楽園に生きる者たちの頭にあるのは持続可能サステナブルな生命の調和ではなく、カンブリア紀以来の弱肉強食の世に他を圧して千年王国を築かんとする陽気な野望だ。

 左右に迫る圧倒的な緑の合間に、赤や黄色の花が人々の目を愛撫する。ハイビスカスに蘭に、さまざまな果実。堅く巨大に熟したジャックフルーツは今にも落ちて、自身割れるか、そうでなければ樹下の人の頭を割りそうだ。線路脇の木に朱く色づいたランブータンの実が、今ぞ食べ頃と自ら売り込みをかけている。

「持ってきましたよ」

 自分でも気づかぬ間に私は物欲しそうな表情かおでもしていたのか、ポーリィさんが袋を膝のうえに開いた。中には真っ赤に熟れたランブータンがたっぷりだ。


 一見RPGのモンスターのモデルにもなり得そうな毛だらけのランブータン「毛の生えたもの」の実は、意外にもライチにも似た上品な味をしている。皮を剥くと弾力ある半透明の白色の果実が現れ、指に零れた果汁を舐めるとほんのり甘い。南国の果物は実に多種多様だ。マンゴーやパパイヤの如く舌を痺れさせるほど甘いものから、スターフルーツのように素朴な甘さのものまで、或いは唯一無二の香気と風味を以って果物の王様と畏れ敬われるドリアンも。

 因みにドリアンは餘りに強烈過ぎる香りのために、多くのホテルで持ち込み禁止とされている。偉大なる王は、敬して遠ざけられる宿命にあるのだろう。


 王様と云えば、あまり知られてはいないが、マレーシアには国王がいる。世にも珍しい、互選制で選出される任期五年の王だ。九つの州にスルタン(州に依っては違う名で称される)が在り、その中から一人が五年毎に国王アゴンに選ばれる。名目は互選制だが実態は輪番制で、権謀術策とも詭計奸計とも縁なく平和裡に代替わりは行われているらしい。


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