最終日 火曜日

第23話 雀の祭りとテータレッ


 頭の芯に刺さる疼痛とともに目が覚めた。仕事の次の朝はいつもこうだ。昨夜私が罪人の魂を一つ泉下へ送った代償だというなら、甘んじて受けるのが正当だろう。寧ろたいてい半日ほど町歩きするうち雲と散じ霧と消えるそのあまりにささやかな懲罰は、ささやか過ぎて私の良心の火を恐れ入らせてしまう。


 兎も角今は活動するときだ。着替えてホテルの庭へ出た。雀の囀りが聞こえるのに誘われ、中庭の扉を開けると、廂の下に二十羽ばかりの雀が群がっている。

 群がっていた雀たちは飛び散った。足下に残されていたのは無数の小さな虫のはね。よく見れば、翅を落とした蟻たちが床一面に蠢いている。羽アリの渡る季節だったのだ。雀が群がり、翼をなくした蟻たちに逃げる道はない。

 蟻の地獄は、雀の祭り。年に一度の大漁に、雀たちは沸きたっている。


 自然界は命のやりとりが明快で、憎しみも憐れみも、躊躇いも後悔もないからい。そこに正邪の判断や感傷の入りこむ余地はない。


 私も生をやしなうべき時だろう。如何に背に負う罪が重かろうとも、生きている限りは食べなければならない。

 向かった屋台で注文したのはナシゴレン。マレー風焼き飯だ。レストランやホテルで出てくるものとは違って、シンプルで素っ気ない見た目だが、味はしっかいてほどよく辛い。蝦に貝に野菜も種々いろいろ、卵がまぶされ十分以上の具沢山だ。

 卓子テーブルに置かれているのはチリソース。ケチャップ代わりに使われることも多い、マレーシアでは最もポピュラーな卓上調味料だ。


 食べ始めは食事に気が進まず、香辛料の馨る米飯を喉に通すのも苦行と思えた程だが、そこを我慢して二口、三口と抛りこむうち食欲が勝って、気づけば完食していた。この香辛料が曲者なのだ。舌の上では辛味と旨味を巧みに演出して、しかも喉奥へと吞み込んだ後は喪失感を掻き立てて、早く次をとすかさず煽る。

 食べ終えた時には、心の荷駄は随分軽くなっていた。食事が滋養で満たすのは臓腑の飢えよりも、寧ろ心のかつえなのかも知れない。


 飲料は敢えてテータレッを自らに課す。極甘のミルクティーはナシゴレンとの相性が好いとは云い難いが、罰を求める心には最も適した凶悪な飲料だ。「引っ張る茶」の意のテータレッは、茶に練乳を注いだ後、空気を含ませるため二つのコップの間を行ったり来たりさせる様子さまが、茶を引っ張るようだと云うのでついた名だ。曲芸のような技で作られたミルキーな茶はたっぷり泡を含んで、泡のひとつぶひとつぶがいちいち舌に、水気より先に甘味を届ける。


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