第21話 スチームボート


 仕事前の夕食はスチームボート。これも華僑の好む料理で、マレーシアだけでなく華人のるエリアに同様の料理が幅広く見られる。鍋に種々いろいろの食材を放りこむだけの、簡単と云えばうとも云える料理だが、日本の鍋と同様、外れのない鉄板メニューだ。


 仕切り板で二つに区切られたスープは、片方がっぱりすまし汁、他方が赤い激辛スープだ。色も違えば味も違うが、そのうちスープは互いに越境して混じりあう。終盤になれば結局ふたつの水域はほぼ同じ味に染まる。それはそれで美味しいので、ならば最初から一つでよいのでは、と思われる向きも在ろうがそれは考え違いだろう。最初二つの味だったものが混じり合って次第に味を変えていく、そのグラデーションもろとも愉しむのがこの店の流儀。刻々と変わりゆく味は一期一会で、どの一口もがいとおしい。

 鍋の具は様々だ。鶏肉、海老、貝、餃子、揚げ湯葉、青菜にもやしに雲吞、豆腐、魚のすり身。

 これでビールの進まぬ訳がない――と云いたいところだが、仕事が後に控えているのでここは我慢する。

 シメに麺を持ってくるのは日本と同じ。太麺と細麺(ビーフン)の二種を鍋でほぐして、卵を四つ割った。二種の麺がスープを絡めとる。そこに卵も加わり、スープの辛さをマイルドにしてくれる。喉の奥に流し込んだら直ぐ次が欲しくなってしまう、魔性の味だ。腹八分目で止めるためには、苦行僧にもたぐうべき精神力を要する。



 食事が済めば仕事だ。

 夜は更けたが街の灯りは衰えを知らず、夜空に月の在りは何処とも知れない。

 夕方に降ったスコールのお蔭で車道までが冠水して、タイヤの水を切る音が夜の静寂しじまに割って入る。水面みなもに映るライトは仄かで、見捨てられた魂の列のようだ。


 夜の景に見入っているうち我々の乗る車が刑務所の壁に横づけた。夜は更け周囲の森が真っくらな塊になっているなかに、警備の灯りを絶やさない刑務所の周辺だけが浮かび上がっている。

 睡眠薬の助けを借りて、私は眠りに落ちた。


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