第16話 クアラルンプール


 クアラルンプールに着いた時には雨はもう上がっていた。あれほどはげしかった雨も雷も、今は跡形もない。

 駅舎は英国統治時代を髣髴させる、白亜の欧風建築。……なのだが、そこは通過し、停車したのは隣に新たにできた「KLセントラル駅」。旅情を満喫するためならば断然、ふるい駅舎を利用したいところだが、新しいものが順次取って代わるのも世の定め。時代変化を嘆いても詮ない。

 もっとも、かつての発展途上国には旧弊なものを廃し、新時代に相応しいもの、新技術の粋をあつめたもので上書きしようとするきらいがあったのが、最近は故いものもその価値を認め保存する傾向が出ているようだ。歓迎すべきだと思う。



 今夜の食事はナシ・カンダル。インド風マレー料理と云えば近いだろうか。最初に皿に米飯ごはんを盛って、その後カウンターへ。其処には沢山の種類の御菜おかずが陳列されている。鶏肉、羊肉、魚、海老、卵、数種のカレー。れでも好きな丈どんどん載せていくのだ。載せ切ったら店員に見せる。店員は皿をひとわたり眺めて、啓示に従い値段をり給う。如何いかなる計算が彼女の頭の中で走ったのかは永遠の謎だ。いずれにせよ、彼女の託宣が三百円を超えることは、まずない。

 今宵の食事の伴はビール、はカールスバーグ。癖のない味は、日本人向きだろう。欧州ブランドながらマレーシアでは最もポピュラーで、シンガポール製のタイガーが恐らくそれに次ぐ。

 乾杯して旅の疲れを互いに労った。私は自分の趣味だから良いようなものの、ポーリィさんにとっては全く余計な鉄道の旅だった。せめてビールで心身の疲れをほぐして戴こう。


 食事をえ、店からホテルまで十五分ほどの距離をポーリィさんと歩いて戻った。夜普通に出歩けると云うのは、この街の治安の良さを証している。

 月の見えない熱帯の夜に、高層ビル群がぼやけたライトを街に振り撒く。ひときわ目を惹くのは双子の塔が特徴的なペトロナスツインタワーだ。機械文明の亡霊が幾つもたたずんでいるようなその光景を前にすると、サイバーパンクの世界に迷い込んだ心地になる。三民族が恩讐を胸の奥にかくしながらも共存する近代都市の、夜の幻。その夢がいつまでも破られないことをねがう。


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