第15話 テイクアウトと田園の天気


 午餐ひるは電車の中で戴く。

 食べ物は、私が外でのんびり朝食をとっていた間にポーリィさんが買いこんでくれていたものだ。外食率の高いマレーシアでは、当然テイクアウトも多い。麺も米飯ごはんもカレーもジュースも、頼めば何でもビニール袋に詰めて渡して呉れる。今日のメインは中華風の饅頭だ。白い饅頭からこぼれる餡の中には妙に大きい肉の塊。甘辛い匂いが鼻をくすぐる。

 かぶりついた歯は、だが頑丈な骨に行くを阻まれた。肉ごと饅頭を噛み切るつもりだった歯と顎は、思わぬ伏兵に痺れてしまっている。その正体を確かめようと、噛み切り損ねた肉をよく見れば、大きな骨のまわりに肉と軟骨がへばりついていた。豚足だ。

 恨めしい思いで隣を見ると、ポーリィさんは涼しい顔で豚足を取り出し、器用に肉と骨とを切り分けている。それなら態々わざわざ饅頭にする意味があるのか疑問が湧くが、例えば米国のハンバーガーなどにももはや分けて食べるしかないような構造のものがあるのだから、これはこれで有りなのかも知れない。


 電車の中は冷房が効き過ぎているほどで、常夏の国にいるのに寒さに顫えてしまう。冬を知らないマレーシア人は寒さを感じる器官が欠けているのか半袖一枚で平気な様子だが、四季のある国から来た旅行者ならば、何か羽織るものを用意するのが賢明かもしれない。


 外には長閑のどかな水田が広がる。狭い国土で細かく区切られた水田ばかりを見て育った私の目には、その際限ないかのように緑の広がるさまは草原かと見紛うほどだが、風に揺れる穂は慥かに稲に違いない。

 風はスコールの前触れだ。窓を雨粒が叩いた。音は疎らだが、一つ一つが大きい。直ぐに雨は勢威を増して天地を蔽い、青かった空は不吉に塗りつぶされた。次々と雷が落ち、稲妻が鮮烈に雨の水田を彩った。マレーシアで、雷は身近な脅威だ。頻繁に電気供給を止める上、電気製品の寿命を縮める原因ともなる。人身への被害も珍しくはない。

 と同時に、雷はおそらく農家にとっては恵みでもあるのだろう。日本では稲の妻との言葉の通り、水田への落雷と豊穣の稔りとが結び付けられている。研究者によればその直観は科学的にも裏付けられるそうだ。それがマレーシアでも適用できるかどうかは浅学にして知らないが、少なくとも多量の雨をしたがえた雷神は、熱帯の豊かな稔りに効験あらたかであるに違いない。


 ふと田園の先を見ると、空が真っ青に晴れている。此方こちらは天井に穴が開くかと思うほどの大雨なのに、僅かな距離でこの落差。楽園では時間経過よりも空間移動によって、容易に天気が雨から晴れへと移るものらしい。


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