4日目 日曜日

第13話 マレー鉄道


 今朝は誰に遠慮することもなく屋台飯を食べられそうだ。ホテルの朝食もけして悪くはないのだが、どうせならば此の地ならではの料理を食べたいと云ってもばちあたらないだろうと思う。

 例えば福建麺ホッケンミー。真っ赤なスープ、山海の幸を嫌というほど放りこんだ濃厚で複雑な味は、朝からとるには濃過ぎるほどに濃いメニューだが、一度食べると止まらないのが福建麵だ。

 屋台の小姐シャオチエは恐らく大学など出ていない、知的労働とは縁遠い、国際的活動など考えたこともない地域密着の華僑だろうが、さきに述べた通り英語での注文が全く問題なく通じる。これがマレーシアの実力だ。家では華語、町ではマレー語を話す彼ら華僑は、此の地に生まれ落ちた時から洩れなくバイリンガルだ。また、英語で授業を行う学校も多く、うでなくとも歴史的に英語が準公用語の位置づけにあるマレーシアでは英語は身近で、ネイティブ並みに話せる者も少なくない。インド人も華語がタミール語に変わるだけで、事情は同じだ。

 多くの言語が飛び交うなかで、マレー語は全国民が話すことが出来る。実はマレー語はインドネシア語とほぼひとしく、細かい用語に若干違いはあるが、会話のさわりになるほどではない。両国にシンガポールをも併せれば三か国に亙り凡そ三億もの人々が同系の言語で意思疎通できる計算だ。

 と云うことは、英語と華語とマレー語をネイティブレベルで話せる中華系マレーシア人は世界で最も多くの人間と会話する語学力を持つ集団なのかも知れない。


 その抜群の語学力を持つポーリィさんは、ホテルに帰ってきた私をロビーで見つけるなり荷造りを急かした。どうやら列車の出発時間を勘違いしていたらしい。だが文句はつけるまい。今日は半島縦断し、首都クアラルンプールへ陸路移動の決行日。飛行機を使えばすぐ着くものを、私の希望で長い列車旅だ。

 当局に私がマークされているとは考えられないものの、やはり世を憚る殺人者であり犯罪組織に属する身でもある。予定外の行動で余計なリスクを負うのは悧巧とは云えない。のみならず、自身が犯罪被害に遇うリスクまで負うのだ。私のねがいはエージェントに歓迎されざる気まぐれだろう。



 タイともシンガポールとも通じているマレー鉄道は複数の路線からなり、その一つがバタワースを起点としている。クアラルンプールまで約六時間、たしかに悠長な旅と云われても仕方ない。

 昼食は列車の中で食べることになりそうなので、ポーリィさんが屋台を廻って買ってきてくれた。何が出てくるかはひるのお楽しみだ。


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