第12話 インドカレーと海鮮料理


 その日午餐ひるにと立ち寄ったのは、戻って来た町の入口にあるインド料理店。

 し私一人だけだったならけして入ることはなかっただろう。う思わせるほどに構えの見窶みすぼらしい、レストランであることを疑わしくさえ思わせる様子さまだった。椰子の葉でいた屋根をくぐってなかに入る。昼食にはやや時間が遅い所為せいか、店内に客は疎らだ。不安な目をポーリィさんへ向けると彼女は、

「本格インドカレーよ」

 と自信ありげな笑みで返した。


 成る程本格的ではあるらしい。と云うのは、皿の代わりに卓子テーブルに並べられたのはバナナの葉。大きく、滑らかな光沢ある葉は慥かに皿の代用を成すに適しているだろう。何より、店の出す食器の清潔を信じず自ら洗う文化を持つ彼らだ。誰かが前に使った皿より、使い捨ての葉の皿の方がよほど信を置けるのかも知れない。

 葉の皿となれば当然のように、スプーンを使わず手で食べる。手で食べることに関してはインド人だけでなく、マレー人も同様だ。見ていると彼らは実に器用に指を使って食事する。スープ状の御菜おかずでさえも米にまぶして丸め、指の第二関節より先しか汚れていない。

 彼らに倣って指で食べてみたが、直ぐに無理だと諦めた。鬱金ターメリックの匂いを放つ手を水で洗って、気を取り直し、スプーンでカレーを掬う。米はサフラン入りのインディカ米。ナンはプレーンと香草入りとの二種。


 本格インドカレーとの評は正当だった。ただしマハラジャをもてなすカレーではない。市井のインド人たちが日々口にするような、だが如何いかな陋巷にも隠れた名人は育つと証すように、ありきたりな食材を使ったそのカレーは絶品の味を実現させていた。意外と辛さは理性的だ。にも拘らず、幾つもの香辛料が溶け合わさったカレーは大釜の中で魔女のまじないでも籠めらているのか不思議と食欲を誘う。誘われた以上は乗らねばなるまい。朝に続いて昼も満腹だ。


 飲み物はマンゴーラッシー。カレーに副えられてみると、激甘のラッシーとカレーの組合せは必然だと分かる。一口だとたいして辛さを感じないカレーも、辛さの波状攻撃に口腔が痺れてきている。中和するのに水では足りないのだ。

 香辛料の発汗作用は覿面てきめんで、毛穴と云う毛穴から汗が噴き出し店を出た。熱帯の太陽が町を灼き、汗は容赦なく蒸発したと思う先からまた滲み出る。これでは体内の塩分が不足しかねない。



 遅めの昼食を済ませた後はホテルに入り、暫くやすんだあとまた外へ。

 夕食は漁村の海鮮料理だ。

 生け簀には伊勢海老ほどもあるおおきな蝦蛄シャコ、重厚な鎧を持つ蟹、ウツボに雷魚風の魚。珍しいところではカブトガニ。試しに頼むと焼いて出てくる。身は殆どないが、抱かれた卵を摘まむと味はそれなりだ。

 茹でられた蟹は命を失ったあとでも堅い甲羅に守られ、むざむざ食用に供されてなるものかと抗う。そこで渡されたのが木槌だ。木槌で叩いて殻を割り、身を出すのである。薄く塩味が振ってあるが、醤油をつけるとより旨い。刻んだ青唐辛子を混ぜた醤油はピリ辛だ。

 靭は脂たっぷりの白身を蒸したもの。華人のコラーゲン好きは此処でも健在だ。うすい醤油の上品な味つけは、靭の脂たっぷりな白身を愉しむ至上の調理法と云ってよいだろう。

 巻貝は大蒜ニンニクとともに煮込まれ、皿に山と積まれている。一つ一つ出すのは手間だが、酒のつまみにちょうど好い。


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