第6話 夜の珍味、或いは肝試し


 円卓が五台並ぶ間に、痩せた犬が寝そべっている。カウンターの向こうの棚に鎮座する白猫は惰眠を貪り置物のようだ。オープンエアのレストランは犬も猫も出入り自由である。

 イスラムでは犬は不浄とされるが、私の周りには犬を可愛いと云うムスリムも多い。尤もそこには外国人と交流する開明的な人だからと云う事情があるのかも知れない。現に非ムスリムが犬を飼うときは周りのムスリムの目を気にすると聞く。

 いずれにせよノンハラルの、福建系華僑が経営する此の店ではもとより気にしない。番犬代わりに可愛がられているらしい。

 太陽光が強烈にアスファルトを灼いている。ひる下がりの街、薄汚い建物も緑濃い草木も、暴君のような太陽が皆悉く白く染める。首筋を伝う汗は暑さにるものか辛さに因るものか、今となっては判然としない。何方どっちであろうと、マレーシアの汗だ。




 猛暑の午後を部屋で涼んだ後、夕方になってまた別の屋台街ホーカーズへと向かった。

 昨夜は海岸沿いの大きな広場だったが、今夜は少し内陸側に入った通りにある、コンパクトなものだ。うは云っても道の両側にひしめく屋台が三四十軒ばかりも数えられようか。卓子テーブル席が置かれているのは、昼間は車が通るであろうアスファルトの道路。

 日のれた通りを山吹色の街灯が照らす。少しもの寂しいほどの心許こころもとない光だが、その下を蠢く人々の熱気はしずんだ太陽の不在を補うに十分だ。


 人々の間を縫って屋台を覗いていくと、さまざまな食材がならべられている。魚、ウツボエビ、蟹、貝、野菜の類に……蛙。両掌に収まらないほどの立派な蛙に目を奪われていると、ポーリィさんは、

「食べますか?」

 と来た。

 日本から来た殺し屋を試すようなだ。同様の眸を隣国タイでも見たことがある。タガメの素揚げを勧められた時のことで、やはり華僑だった。異人をもてなすに敢えて当地の珍味珍物を勧め相手の胆力を量るようなところが華人にはあるのかも知れないが、二例だけで判断するのは早計だろうから一先ひとまれはさて措く。

 兎も角、稚気じみた意地でそれに応える心算つもりは更にないのだが、こと食に関しては不退不転を以て家法と為す私だ。なんぞ食さず帰れよう。

 勢い、卓子の上には野趣溢れる珍味が山と盛られた。或いは、肝試しにも似た逸品たち。

 トカゲは歯応えがあって意外と美味しい。牡蛎の玉子とじは半生で、ロシアンルーレット並の危険度だが運を天に任せて次々口に放りこむ。

 問題の蛙は四肢を割かれて、白米と共に炊く土鍋料理になった。鶏肉に近いとよく聞く通り、見た目に反して上品な味わい。骨つき肉は元の姿を髣髴させるがそれも珍味の醍醐味というものだろう。


 ところがポーリィさんを見ると、自分用には至ってノーマルなチャークエチャオ(平麺の焼きそば)を頼んで、澄まして食べていた。

「私は精をつける必要ありませんから」

 とでも云いたげな顔だ。迷いない表情は路地の胡散臭い灯りの下にも凛とすがしい。


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