【KAC20228】私だけのヒーロー……私だけを幸せにして

宮野アキ

いつもの日常

 とある国に、エルデルと呼ばれている街があった。


 その街には、冒険者ギルドと呼ばれている組織の支店があり、冒険者ギルドは街の住人が依頼を出せば何でも、代わりに仕事を担ってくれた。


 家の掃除や街のゴミ拾いなどの清掃雑務から、他の街に行く時の護衛や危険生物の魔獣討伐などの荒っぽい仕事まで何でも受け付け、その仕事を冒険者ギルドに所属登録しているクラン、又はチームに依頼を出す。


 そんなギルドに所属しているクラン【六対の翼】の拠点で、ソファーに座って虚空を見つめている女性がいた。


 彼女は長い黒髪に海の様に深い青色の瞳、そして彼女の額にはもう一つ目が存在していた。


 名前はシオン・ルージェスト。


 シオンは魔眼族ランミュゲという種族で、額に第三の目がある。


 そして、シオンはその第三の目の力【第六感】を使って未来を見通す事が出来る。


 今もシオンは第六感の力を使ってこれから起きる様々な事を見通していた。


「はぁ……面倒くさいですけど……仕方ないですね」


 軽くため息をついたシオンは椅子から立ち上がり――


「今日もレルンに頑張って貰わないと……場所は冒険者ギルドね」


 そういうとシオンは外へと出て行った。



◇  ◆  ◇



「その精神修行ってなんですか!!大体――」


「レルン……また受付嬢のクララさんと楽しそうにしてる」


 シオンは今、冒険者ギルドに来ていた。


 そこで目的の人物をみつけた。


 その人物の名前はレルン・アイストロ。


 レルンは冒険者風の恰好をしており、黒髪、細目。


 腰には、長物の刀と短刀を腰のベルトに差していた。


 そんなレルンを早く連れて目的の場所【グスタフ商会】へと連れて行かないと……と考えていると――


「なんだシオン。クランの留守番をやめてこんな所に来てどうしたんだ?」


「…………」


 どうやってギルドから連れ出そうかと考えているとレルンがシオンに気が付きのんきに手を振っていた。


 そんなレルンの姿に、シオンは内心ため息をつきながらレルンの元へ向かい、レルンの腕を引っ張って立たせようとする。


「おいおいどうしたんだよシオン。なんか急ぎの依頼でも来たのか?」


「うんうん。これから来る」


「……なるほど。シオンの第六感の力か」


 レルンはシオンの言葉に何かを察したのか、真剣な表情へと変わった。


「了解。それで今回の依頼は誰からの依頼?」


「グスタフ商会のルドルフさんから」


「うちのクランのスポンサーからか……クララさん、そいう訳だから仕事に行って来るね」


「……まったく。せめてギルドにクランでの個人依頼を受注した事を報告してくださいね」


「わかってる、わかってる」


「…………」


 シオンは二人の分かりあっている様な掛け合いに胸が痛みを覚えたが、シオンは不安を振り払う様に軽く頭を振って、レルンの後に付いて行く。



◇  ◆  ◇


「今日も今日とで、慌ただしいね。この商会は……」


「それは、そう……事件が起きる時にしかここに来ないから」


 シオンとレルンはグスタフ商会の前に居た。


 だが、そのグスタフ商会には積み荷を乗せているであろう馬車を数人の男達が囲って何か言い合いをしていた。


 そんな集団に臆する事もなくレルンは話し掛けた。


「ここはいつも騒がしいね。何があったのルドルフさん」


「お前らには関係――……なんだレルンじゃねぇか。それにシオンちゃんも」


 レルンが話しかけた途端に怒鳴り付けようとした筋肉質の男性、ルドルフがレルンの顔を見るとため息を付く。


「お前らはいつもうちに何かがあると呼んでもねぇのに来るな」


「それがうちらの仕事だからね」


「まぁいい。話は店の中でしよう。……お前ら!積み荷を店の中に運べよ!!……来い」


 ルドルフは馬車を囲んでいた他の男達に向かって一言声を掛けると店の中に入って行く。


 それを追いかける様にレルンは店に入り、シオンは――


「……あの人か」


 店に入らずに馬車から積み荷を降ろしている一人の男性を観察していた。


 その男はブロンドの髪を短く切りそろえた体の細く、頼りない様に感じる。


 だがシオンにはその男からまた別の物を感じていた。


「あとでルドルフさんに言わないとな……」


 シオンはそう呟くと、レルンの後を追って店の中に入って行った。


……………


………


……



「――と言う事なんだ」


「なるほどな……かなり大変な目に会ったんだな」


 グスタフ商会の応接室。


 そこには商会の主であるルドルフがソファーに座り、その正面には机を挟んでシオンとレルンは今回の依頼と経緯を聞いていた。


 要約するとルドルフ達が他の街から買い付けに行った帰り、森を迂回する道を進んでいる時に魔獣に襲われてしまった。


 そして、何とか街に帰って来る事が出来たが、大事な商品の一つが紛失してしまったらしい。


 恐らく魔獣に襲われた時に馬車から落ちたと思われるが、それが何処に落ちたのか分からない。


 しかも、その落とした商品は手のひらサイズの宝石箱で貴族から依頼で運ぶ事になった物らしい。


 もしこの依頼が失敗すれば首が物理的に飛ぶことになる。とルドルフは語る。


「……お前らに依頼だ。宝石箱を探してくれ、報酬は言い値で構わない」


「了解だよ、ルドルフさん。……シオン――」


「分かってる……ちょっと待って」


 シオンはレルンに声を掛けられる前に机の上にエルデルの街とルドルフが買い付けに行った街までの道が書かれている地図を広げていた。


 そして、シオンは腰に付けているポーチから5個の魔石を取り出して地図に向かって一つずつ投げる。


 すると魔石は不自然な挙動で跳ねながら地図の上を転がっていく。


 そして、五つの魔石の内三つの魔石が道の近くの森の中の一か所に留まり、他の二つは、エルデルの街の中と森の奥に留まった。


「この森の中にある……そして、街に行った魔石は持ち主であるルドルフさんの事……そして森の奥に行った石は宝石箱を狙っている奴……」


「宝石箱を狙ってる奴が居るのか!?それは誰だ!!」


「それは分からない……でも、人じゃない」


「そっか……じゃあルドルフさん行って来るよ。シオンも行こう」


「ううん、私は行かない」


「……え?どうして?」


「分からない。私の第六感がまだここに仕事があるって言ってる。そうだよね、ルドルフさん」


 シオンがそう言うとルドルフの方を見るとルドルフは呆れた顔でため息を付く。


「……さすがだな。実はシオンにこれから投資する品の意見を聞こうと思っていたんだよ」


「……マジか。じゃあ、一人で行って来るか」


「すまねぇが、よろしく頼む」


「任せて……それじゃあ行って来るよ」


 そう言うとレルンは席を立ち上がり、部屋から出て行くのをシオンは見送った。


「……それじゃシオンちゃん。これから投資する品の――」


「ルドルフさん、その投資は失敗するから止めた方が良いよ」


「おいおい、俺はまだ何も言ってないぜ?」


「北の国の販路を確保して、その国の特産をこっちで売るんでしょ?止めた方がいいよ」


「……その理由は?」


「その投資、最初は上手くいくけど……その北の国が大国から戦争を仕掛けられて敗戦する。そして、ルドルフさんはその戦争に巻き込まれ戦死する……」


「なるほど……損しかないか」


「それと――」


「まだあるのかよ」


 ルドルフが呆れた顔で肩を竦めているとシオンは机に広げたままの地図を指差す。


「この石、持ち主を示してるって言ったけど……実はこれ、今回の事件の犯人を示してる」


「犯人だと……それは誰だ?」


「短いブロンドで、細身の男の人」


「ギリフタンが…………でもアイツは嫁の父からの紹介で来た奴だぞ!?」


「あの人はルドルフさんが言うギリフタンって人じゃない」


「…………」


「あの人は多分暗殺者の類の人……ルドルフさんの依頼を失敗させる為に潜入して来た」


「……俺の命が狙われてるのか?」


「それも違う……狙われているのはルドルフさんに依頼をした貴族。依頼を失敗させて、その貴族を追い詰めるのが目的」


「そうか…………納得出来るな。ちなみにギリフタンは――」


 ルドルフが言葉を続けようとした時シオンが頭を振る。


 それを見たルドルフは何かを察して押し黙り、天井を眺める。


「そうか……そうだよな。教えてくれてありがとう。後は、こっちで……対処する」


「わかりました……ルドルフさん」


「まだ何かあるのか?」


「はい、幌のない大きな馬車を三台借りてもいいですか?」


「……分かった。レルンを迎えに行くんだな。いいぜ、馬も御者も好きなのを連れて行きな」


「はい、ありがとうございます。それでは私はもう行きますね」


「ちょっと待って、シオンちゃん」


「…………」


「前に話したアレ、受ける気になったか?」


「……アレとはグスタフ商会に就職しないかって話しですか?」


「そうだ……受けてくれるか?」


 ルドルフがそう言うとシオンは首を横に振る。


 それを見たルドルフは深くため息をついてシオンを見る。


「何故だ?シオンちゃんにとって悪くない話のはずだ。冒険者何かよりも稼ぎはいいぞ?」


「そうですね。悪くはありません…………でも、この商会に入ると私のしたい事が出来なくなるんです」


「……それはなんだ?」


ルドルフがそう言うとシオンは微笑んでソファーから立ち上がる。


「それは私のヒーローであるレルンと一緒に幸せに暮らす事です」


「……ヒーロー?なんだそれは」


「ヒーローは、昔の言葉で英雄って意味の言葉です。レルンは私……いや、私だけのヒーローなんです。だから誰にも渡しませんし、譲りません」


「お、おう。そうか」


 ルドルフはシオンから異様な雰囲気を感じてたじろぐが、シオンはそんなルドルフの事は気にせずににこやかに笑う。


「それでは私行きますね」


 シオンはそう言うとルドルフの返事を聞かずに部屋へと出て行った。


 そして、シオンは今にもスキップをしだしそうな高揚した気持ちで廊下を歩き、レルンの事を思う。




 待ってて下さいね、レルン。今頃、熊系の魔獣と狼系の魔獣と戦って傷ついている。


 早くレルンの所に駆けつけて癒してあげないと……ふふふ、待っててね。




 私だけのヒーロー。




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