身代わり採用

KOH

第1話 菊池 和也

「こんな人生クソ喰らえだ。なんで俺がこんな目に・・・。」

 ついに限界を迎えた俺は絞る出すようにつぶやいた。こんな人生を送るはずじゃなかった。どん底だったはずの大逆転人生を歩むはずだった。

 なんでこんな目に・・・。なんでまたこんな思いをしなきゃならないんだ・・・。”身代わり採用”ってなんなんだよ!!!




 −時は1年前に遡る。




 俺、”菊池 和也”は北海道でも有数の進学校を卒業し、そのまま北海道大学へ進学。大学でも優秀な成績を収め、卒業後には大企業の”細田自動車”の就職も決まっている。ゆくゆくは幹部へ昇進。絵に描いたようなエリートコースへ進む予定だ。

「おう!和也!授業終わったら飲みに行こうぜ!」

 今話しかけてきたこの男の名前は”岡田 康太”。俺とは小学校からの仲でそのまま大学まで一緒の腐れ縁ってやつだ。と言っても俺よりは成績も良くはないし、就職先もなんでもないベンチャー企業だ。中学の時からこいつの勉強は俺が見てやっているし、暇な時は遊んでやっている。

 「いいよ。いつもの居酒屋でいいか?」

 いつものように誘いに応じると、あいつは、満面の笑みで

 「いいぜ!じゃあ楽しみにしてるわ!」

 と言ってくる。10年近く同じようなやりとりをしているせいか、たまに予定があっても癖で誘いに応じてしまう時がある。その時は大抵予定の時間ギリギリになって断りの連絡を入れる。そうすると次の日あいつは、

 「おい!なんで昨日断ったんだよ!まあいいや!次こそ遊ぼうぜ〜」

 といつもと変わらない満面の笑みで返してくる。

 こいつは俺にとっては全く害のない、一緒にいてもいなくても特に変わらない”モブキャラ”でしかない。それは、小学生の時からずっと。



 ーーーーー

「・・・・ってことがあってよ!マジであの教授ムカつくぜ!」

「ふーん。でもちゃんと授業聞いてないお前が悪いじゃん。いちいちそれでムカつかれる教授の身にもなれよ。」

「ぐっ・・・。確かにそれはそうだけどよ。それにしても、和也はいいよなあ。成績優秀で既に大企業の就職も決まってる。それに比べて俺は・・・。決まった就職先はなんでもないベンチャー企業だし・・・。親にも北大出ておいてなんだ!って怒られたもんなぁ・・・。4年間何してたんだろ俺・・・。北大に進学して、少しはエリートの道に進めると思ってたんだけどなぁ。」

「お前と俺とじゃ頭の出来が違うんだよ。お前みたいなのと一緒にすんな。」

「わははは、それもそうか!」


 本当は、こいつの相手をするのも時間の無駄だと思っている。早く帰って教授の評価を上げるために、明日の授業で提出するレポートの精度を高めたい。ただ、なぜかこいつといると時間を忘れて一緒にいてしまう。正直、腹立たしい。


 「あっそういえばこんな噂聞いたことあるか?」

 岡田が何か思い出したように俺にそんな話をしてきた。

「ゼミの先生から聞いた噂なんだけど、最近大企業で”身代わり採用”っていうのが裏で増えてきているらしいぜ。」

「身代わり採用?なんだそれ。」

「なんでも、明らかに劣ってるやつを採用してしばらく働かせた後、有能な社員や幹部らが起こした不祥事の全責任を全部その劣ってる社員に擦りつけて辞めさせるために採用をしているって話だぜ。怖えよな。」

「なんだその話?ただの都市伝説みたいなもんだろ?お前のゼミの先生そういう都市伝説大好きだもんな。」

「まあ確かに、都市伝説大好きな人だから俺も話半分で聞いてたけどさ、もし本当だとしたら相当やばいよな!」

 確かにそんな採用が大企業で増えているのだとしたら少し怖いっていうのもわかるが、だとしても俺は”そっち側”の人間ではない。俺には到底関係ない話だ。

「まあ、そんなくだらない話を信じるのも良いが、お前明日のレポートちゃんとやれよ。俺は手伝ってやらないからな。俺は帰る。」

「おい!いつも急に帰るんだから〜まあいっか。今から空いてるやついないか探そう。」


 何が、身代わり採用だ?馬鹿馬鹿しい。大企業に就職する予定の俺になんでわざわざそんな話をする必要がある?嫉妬か?あいつも心の中では俺に妬んでるってことか?だとしても腹立たしい話をしやがって。ふざけるな。

 俺はそんなモヤモヤした気持ちを抱えながら家路に着き、評価を上げるためのレポート作成に勤しんだ。正直この世の中は自分より上の人間の評価を上げることこそが全てだと思っている。その結果人より良い成績が付き、良い環境を与えてもらえる。会社に入ってもそうだ。上司の評価を上げるために全力を尽くせば昇進だって早くなる。エリートコースに進めるってわけだ。俺は10年以上ずっとそうしてきた。友達なんていらない。あんな岡田みたいなやつと同じ人生を自分が味わっていたら・・・。考えただけでもゾッとする。

 そう考えながらレポート作成を終えタバコを吸っていた。タバコも評価を上げるための一つの手段だ。タバコミュニケーションという言葉があるくらいだ。タバコの一つも吸えるようじゃないと就職してもこの先上司とうまくやっていけない。本当はこんなもの嫌いだが評価を上げるためにしょうがなく吸っている。


 ーーーーーーー

 ある日食堂で一人昼食を取っていた自分に対して一人の教授が歩み寄ってきた。

「菊池くん。君が今日提出してくれたレポートは分かりやすくてレベルが高く非常に素晴らしい。本当に優秀な学生だね。私も教授を始めて長いが、君みたいな優秀な学生は初めてだよ。」

「ありがとうございます。今後も先生の期待を裏切らぬよう精進いたします。」

 レポートが褒められたと言っても俺にとっては当たり前の話だ。正直、この大学の中では俺の評価が低いという教授はほぼいない。・・・。ただ一人を除いてては。


「僕は正直こんなレポート誰にでも書けると思ってますよ。」

 そう言って40代くらいの男性が一人こっちに近づいてきた。・・・こいつだ。この大学で唯一俺のことを評価しない教授だ。

「こんな優等生丸出しのレポートになんの面白みもない!こんなの東大の学生にでも書かせれば良い!もっと人間味のあるレポートを書いて欲しいんだけどなあ。君の友達の岡田くんみたいな!」

 そう言って迫ってくるやつの名は”木村”俺のことを唯一評価しない教授で俺に付き添ってくる”モブキャラ”のことを高く評価している。そしてそいつのゼミの担当の教授でもある。あの”胸糞悪い”話の発端もこいつだ。


「まあまあ落ち着いてください木村先生。少なくとも私は彼のことを評価していますし、私が提出をお願いしたレポートなのでね。あなたが評価していなくても私は評価していますよ。菊池くん、今の話は気にしないでこれからも頑張りなさい。」

 そう言って”教授A”は俺の元を離れていった。


「ま、良いけどさ。お前の人生だもんな。好きにやれや。」

 そう言い放ち木村も俺の元から離れた。


 何が言いたいんだあいつは、俺は俺の”美学”でエリートコースを進ませてもらう。あいつといい岡田といい凡人のコースに進むつもりは俺にはないと思っていたし、進むわけがないと思っていた。



 ・・・・あの事件が起きるまでは。

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身代わり採用 KOH @kmbadrad

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