私の隣にいる人は

御影イズミ

いつも見ているヒーローの姿

「た、す、け、てーーー!!!」


 王女アルムは走る。爽やかな草原、温かい日差しの中……ドラゴンの巣に間違えて入り込んでしまった故に、怒り狂った親ドラゴンに追いかけられて。


 行方不明となった父親を探し、いろんな国を回った彼女はようやく1人での外出を許可されるようになったのだが、よりによってドラゴンの巣に間違えて入るなどというドジをやらかしてしまっていた。

 ドラゴンは闇の種族同等の力を持つ存在のため、アルムが何度謝り倒しても言葉が通じない。どうにかこうにか広い草原に逃げて街の人々に見えるようにはしているが、ドラゴンという巨大な生物が相手となるため騎士団もてんやわんやの状態だった。


「うわぁーーん! あたしが悪かったですーー!! もう無闇に徘徊しないからぁーー!!」

「GAAAAAAAAAA!!!」


 ドラゴンの咆哮が辺りに響き渡る。相応の怒りがドラゴンに溜まっているようで、例えこの国の王女であっても許しはしないといった親の心境が表に出てきていた。


 今の時期のドラゴンというのは子育てのためにあらゆる集中力を子供たちに向けている。ドラゴンの子供というのは下手に人間の手が加わると成育に失敗し、それを『ドラゴン』と称することは出来なくなってしまう。

 そのため、親ドラゴンは人の手が入り込まないように必死で育てているのだが……アルムのように、間違えてドラゴンの巣に入り込んでしまう場合もよくあるわけで。


「誰かーーー!! 助けてぇーーー!!」


 泣き叫ぶアルム。追いかける親ドラゴン。間違えて入ったとはいえ、自分が悪いのはよく分かっている。分かっているけれど、ここで死にたくはない! というのがアルムの本音。

 騎士団の準備も遅れている。自分は今日は散歩をするだけだったので武器は手入れに出している。もう何もかも終わった……そう思いながら、アルムは必死に逃げて、逃げて、逃げて……。


「ぉ"!?」


 突然、転んだ。足元で複雑に転がっている石に躓き、足を取られて思いっきり大地に滑り込んで。

 ああ、もうこれダメだな。アルムの頭にその一言が浮かんだのと同時に、ドラゴンの咆哮が響き渡り――。


「…………?」


 何も起きない。

 アルムは伏せていた身体をゆっくりと起こして、何が起こったのかを見ていた。


 そこにいたのは、ヒーロー。……もとい、騎士のイズミ・キサラギ。

 両手に2つのレイピアを構え、アルムを守るように前に立ってドラゴンと対峙している黒衣の姿がそこにあった。

 彼はレイピアを振るうことはなく、ドラゴンと一言二言会話を続けている。彼がドラゴンの言葉を理解できている理由はアルムもよく知っているが、あんなに怒り狂っていたのに怒りが収まっていることには驚いていた。


 ぽんぽん、とドラゴンの腹を軽くなでたイズミ。そのまま彼はドラゴンが巣に戻ることを見守ると、アルムへと振り向いた。


「大丈夫か? 怪我は……転んだぐらいか」

「い、イズミ、イズミにいちゃーーん!! うわぁーーん!」

「うわっ!? ちょ、泥だらけでひっついてくるな!」

「こわかったぁーーー!!」


 恐怖が突き抜け、終わったと同時に泣き叫ぶアルム。ドラゴンに追われるのはよくあることだが、本当に死の瞬間を考えたのはあれが初めてだったために、堰を切ったように泣き出してしまった。

 手のかかる妹をあやすように、イズミは彼女を抱いて城下町へ。一連の出来事を見守っていた人々はアルムとイズミの帰還に湧き上がり、まるでお祭りのような状態へと発展させていった。


 城へ戻るまでに、やんややんやと祭り上げられたイズミ。この雰囲気は正直苦手なところがあったため、すぐさま城に入って街の人々から逃れていった。


「はぁ……まるでヒーロー扱いだ」

「だってイズミ兄ちゃん、本当に、あたしだけのヒーローに見えたもん……」

「まあ、お前のあの状況を見てしまったら誰よりも先に行かなきゃなとは思ったからな。それより、本当に怪我してないんだな?」

「うん。……すごく怖かったけど、イズミ兄ちゃんが来たら安心した」

「そうか」


 ぽんぽんと優しくアルムの頭を叩いたイズミ。次起こしたら二度と助けねぇからな、というわざとらしい口調で注意をすると、状況の説明のために騎士団宿舎へと出向く。


 そんな中アルムはというと、顔が赤くなっていた。

 自分だけのヒーローと思い込んでいる人物が、自分のために助けに来てくれたという真実をたった今受け入れてしまったせいで。


(い、いい、イズミ兄ちゃんは、その、騎士さんだから、あたしのためだけってわけじゃ、ない、んだよ、ね?)

(いや、うん、そう。騎士だから、助けに来たんだよ。そう、騎士だから……)


 幼い頃からずっと一緒にいるとはいえ、まだ婚約者としてのプロポーズも受けていないし、好きだという言葉は幼い頃に言ったきりだ。自分はイズミのことを好きだけれど、イズミが自分が好きだとはまだ分かっていない。

 だから、出来るだけ冷静を保とうと頭の中で色々と考えた。まだ自分達はそういう関係じゃないんだ! と。


 しかし、イズミが戻ってくるや否や、彼は一言。


「アルム、お前がどんな目に遭っていても、俺はお前を助けに行くからな?」


 ……その一言で、ドラゴンに追いかけられた恐怖が全部、吹き飛んでいった。

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