第24話 輝きが帰還する

 俺は学巳室に帰りしばらく仕事をしていた。本当にいつもの嫌がらせのようなどうでもいい書類は存在しなかった。残りは三分の一だが、少し残業が必要になりそうだ。

 翡翠は宝珠達の会議室を直しているらしい。ラドスは壊滅した街町の復興に手伝いをしに行った。パパラチアは仕事に耐えられなくなり、ラドスの後を追っていった。流石に水町の代表としてやるべきことは、しっかりやっていた。

 学巳室に残ったのはヘマタイトと千都子だけとなった。千都子も姉の仕事を手伝っているだけあり、とても頼りになる存在と言える。

 ヘマタイトはどんどん仕事を運んでくる。大切なことを紙に書き上げ、優先度の高い仕事に導いてくれている。更に似たような書類はまとめているおかげで仕事が捗る。

「学巳、急ぎの仕事は終わりました。一回手を休め休憩にしましょう。いつ緊急の物が入ってもいいように。千都子さんも同じように休んでください」

 ヘマタイトはお茶の入った湯吞み茶碗をデスクに置く。それには女性のアイドルが描かれていた。軍服を身につけ、頭にはウサギ耳が背には漆黒の翼が生えている。

 俺はこんなの知らないし、買った覚えもない。だが、ヘマタイトが買うような品物でもないのだ。

 興奮気味に千都子が感動して声を荒げた。

「芯欲ちゃんの限定の湯吞み茶碗じゃないですか!」

「千都子さんはご存知でしたか。どうやら、学巳は全く身に覚えがないようですね」

 しんよ……。初めて聞いた。限定っていうことは本当にアイドルなのだろうか。

「芯欲さんは娯楽街を築いた貴族です。様々な娯楽を創り出したプロフェッショナルというべきでしょうか。アイドル活動もしており、その勢いは止まる事を許さず拡大している最中です。ちなみにストアンの死体焼却者を集めたのは彼女です」

 そう言えば千都子の家で、これと同じようなタペストリーを見た。どうやら千都子は彼女のファンのようだ。

 俺の耳に届かなかったのは、ヘマタイトが情報を通さないようにしてたからだろう。あの頃の俺が知ってたら、仕事が滞っただろう。

「千都子さん、それは差し上げます。つまらないものですが、私はどうしても好きにはなれそうにありませんので」

「大丈夫です!持ってますから。これとても使いやすくて愛用してるんです」

 ファンというにはあまりにも熱狂的だ。どちらかというと、オタクだろう。もちろん、オタクの沼の入口を開けたら引き込まれることは常識だ。

「ヘマタイトさんは何処まで芯欲さんを知っていますか。もし、ライブ見ていないなら今度DVDやCDを貸すので学巳と一緒に見てみてください。オススメはこの前の『妹を迎える感謝ライブ』です。とても力が入っていて、感動して、彼女の妹に対する気持ちが私たちにも伝わってきました。それからーー」

「あのわかりましたから、せめてゆっくりお願いします」

 千都子は呪文を唱え始めてしまった。流石のヘマタイトもこれは予想外だったようで、ポーカーフェイスは苦い物を食べた時の表情に崩れていた。

 仕方ないので助け舟を出すことにした。話が進まないというか、深夜まで話しそうで怖い。

「ヘマタイトはなんで芯欲さんのグッズを持っているんだ」

「こほん。この休憩を終えてから話す予定でした。彼女が私の元にやってきて『学巳城の近くでライブをやりたいので許諾をお願いします。これ、学巳と一緒に使ってください』と手渡された物になります」

 面白そうだ、俺も一度見てみたい。

 それにストアンの焼却を手伝ってくれたと考えても、断る理由がないだろう。

「俺は開催したいと思う。もちろん私情を入れても開催する意味があると思ったからだ。民衆の気分を上げるためにも祝い事は必要だと考えてる。ヘマタイトはどう考えているんだ」

 千都子は空気を読んで黙ってくれている。だが、物欲しそうに目が輝いている、『やってやって』と。

 少しうるさいが、気持ちは理解できないわけではない。

「私も賛成です。千都子さん、抱きつかないでください」

「ありがとおおおおう」

 賛成と言った瞬間に千都子はヘマタイトに抱き着いた。

「学巳、これにサインしてください……。千都子さん苦しいです。信じられないと思いますが彼女が言うことが正しければ、サインするだけで理解できるそうです。詳しい書類は許諾後に送ると」

 彼女は抱き着かれたまま、懐から名刺を取り出した。手にしてみてみると、桜と彼女の顔が描かれた美しい名刺だった。

 俺は手慣れた動きで名刺の裏側に『ライブを許可します』名前と共にと書き上げた。

「うぉっ。すご」

 書き上げると名刺は重力に逆らうように空中に飛ぶ。そして名刺は砕け散った。散った名刺からは桜の花びらが現れた。

 その光景に見とれてしまった。名刺でこれなのだろうから、ライブはもっと凄いものになるだろう。

 知らない俺でも本格的に楽しみになってきた。

 ヘマタイトは見とれている千都子をその際に引っぺがした。

「これで名刺は芯欲さんに送られました。数日も経たない内に彼女からコンタクトがあるはずです。芯欲さんで思い出しましたが、お知らせすることが……一つから二つに増えたようです」

 何かの気配を感じ取ったのか、ヘマタイトは窓の方に顔を向けた。

 


「ようやく到着しましたわ。飲まず食わず二日間走り転移し続けましたわ」

 爆発して全てが無くなった電気街に少女は突如として現れた。そして地面に大の字を描いて倒れ込んだ。その様子は中身が空っぽになったペットボトルが少量の風に押されて倒れた時のよう。

 少女は紫色のドレスを着ていた。少女はそのドレスに似合うように創られた人形のような美形である。

「うわ、帰って来たのねユーディア。国に入ってくると時に何か報告してくれないと、敵だと思うって何回も言っているでしょ」

 倒れている少女に、パパラチアはパンとペットボトルを手に持ち近づく。

「人類最強、色々聞きたいことが有りますの。なぜ、学巳が戦っているんですか」

 ユーディアはパパラチアの声に反応して、勢い良く立ち上がる。

 憤慨して大股で彼女に向かっていく。

「なんでわかるのよ。私が敗けて、能力を封印されたから。あだ名の人類最強はやめて」

「暴走列車に勝利して、殺害しないなんて温情な敵ですわ。わたくしならば、一秒たりとも生存を許さず首を切り落としますのに。水とパン、感謝いたします」

 ユーディアはパパラチアから水とパンを奪い取り、無我夢中で喉に通す。

「あだ名……。どうやら国ごと乗っ取りたかったらしいわ。学巳が勝利して防げたけど」

「もっと良い世界あると思いますけど、意思疎通が可能でしたの」

「化物から人型になったの」 

 その言葉に驚かず、眉間にしわを寄せて熟考し始めた。

「ストアンはやはり……。だから、あの方は……。詳しく教えてくださる」

「それはいいけど、私にも教えてくれない」

「暴走列車にはわからない話よ」

 二人はその場に座り込み、パパラチアが今まであったことを話し始めた。パパラチアのざっくりとした説明でも彼女はしっかりと現状を把握する事ができた。



「まず一つ、結婚式が開かれますね」

 ヘマタイトの口から飛び出したのは予想外の言葉だった。

 彼女が言うのだから俺の近くにいる人、もしくは宝石か宝珠なのだろう。

 千都子が興味深々な顔で訪ねる。

「へぇ誰のですか」

「俺が祝いの言葉を言わなきゃいけないのか」

 正直言って何といえばいいのだろうか、見当もつかない。

 俺は落ち着いてお茶を口に含む。

早く教えてと千都子はそわそわして身体を揺らしている。

「学巳のです」

「ぺ」

「ごほっがっは」

 予想外の答えにお茶を肺に入れてしまいむせてしまう。

 千都子に関しては、驚きすぎて目を丸くして始めて聞く声色を出していた。

「えっはっあ!?」

 驚きすぎて話せない、そんな状況に至ってしまう。あまりにも急な話で相手さえもわからない。

 何故か千都子が怨霊のような顔をしている。正直、今の彼女はパパラチアの何倍も怖い。

 俺も身に覚えがないんだ。頼むからその顔をやめてくれ。

「遠征……いや追放した宝珠ユーディアライトに原因が有り、仕方なく彼女の婚姻を飲みました」

 ヘマタイトの話を聞いて思い出してきた。宝珠の中でも一番の問題児であり、問題児のパパラチアと仲が良い。

「毎日毎日、部屋に侵入してきた奴か。隙さえ有れば求婚してきたな、あまりにも業務を妨害するから、ヘマタイトに勧められて躊躇なく遠征隊に入れた」

 だけど彼女は最後の最後まで反対してきた。その時に出した条件……。

「その時に彼女と約束した内容は、『無事に遠征から帰って来たら婚姻を受ける』というものです」

「ええ……。そういえばお姉ちゃんに『学巳のストーカーがいる』って相談されてた」

 怨霊の顔から変わり引いた顔をしている。多分、俺も彼女と同じ様な顔をしているだろう。

 だが、あの頃の俺は性格も見た目も腐りきっていた。そんな人間を好きになる彼女に対しての恐怖が存在している。

「って、事はアレが帰って来たのか。いつ彼女が俺の目の前に現れてもおかしくないってのも怖いな」

 彼女は紫の魔法が得意で、どんなに結界を強くしても侵入してくる。だが欠点もあり、長距離のワープは不可能と聞いた。

「パパラチアから連絡が来ました。現在、彼女と現状を話し合っているようです。もうしばらくは来ないので、結婚式はさておき話し合いを続けましょう」

 俺からすれば、さて置けないお話なんだよ。約束を破るのは嫌だ。でも彼女のことが理解出来ないまま結婚するのも嫌だ。

 帰って来た事は嬉しいのだが、とても複雑な気持ちだ。

 これ以上に驚くことは無いであろう。取り敢えず、心を落ち着かせて。

「では、最後に学巳の言っていたピンクの霧および雨が来ます」

「もしかしてピンクの雨って、どこの世界でも存在するんですか」

「ないぞ。もう呼んでないんだよなぁ。いや混孔命乞いすれば何とかなったか」

 否定しないと、彼女が本気であらゆる世界にピンクの雨があると信じてしまいそうだった。

「もし行っていたら問答無用で首を切り落としていただろう」

 噂をすれば影とは良く言うものだ。俺達の眼の先には大きなペンギンがいた。

「なんでペンギン姿なんだ」

「この世で最も恐ろしい毒を喰らい退化した」

 声を張ろうとしているが、一言一言が震えており目は生きていなかった。

 その様子と言葉を聞いてから、大体何があったか察した。心底で『ざまぁみろ』と叫んだ。彼女を管理するのに最適な環境だろう。

ヘマタイトはそこまで考えていたのだろうか。彼女に質問しても、きっと答えは帰ってこないだろう。

「王よ、その雨を倒せ」

「何言ってるんだお前……」

「雨を倒す??」

 千都子も理解できなくて頭を傾げている。

 どうやらパパラチアの料理を食べたせいで、気が狂ってしまったようだ。現象をどうやって倒せばいいのだろうか。

「学巳、追い出しますか」

「追い出してほしい。そろそろ仕事も再開したいからな」

 彼女を追い出そうとすると、凄まじい足音が聞こえ始める。

「パパラチアか?ユーディアなのか」

「全然違う。この気配は」

 千都子が目を輝かせている、それは待ち焦がれたヒーローがやってくるときのように。

「いえ、どちらでも無いようです。今日、訪問してくるのですね」

 鈍い俺が気づいたのはヘマタイトが『訪問』という単語を使った時だった。

「おねー姉貴」

 この中で一番驚いていたのは混孔羽だった。彼女の顔色が真っ青になっている。

 混孔羽が初めて見せる顔色をしている。とても似合わない、そして彼女らしくない顔だ。

 周りの反応を見ている間にも足音はどんどん近づいてくる。

 部屋の前で足音はピタリと止まった。この狭い空間で様々な感情が渦を巻いている。そして全員が息を呑んだタイミングで、勢い良く扉が開いた。

「いない」

「となり」

 真横から聞きなれない声がする。俺は無意識に声の主の方向を見る。芯欲さんがいた。アイドルらしく可愛らしい顔をしていた。

 一秒に満たない顔合わせで、俺の脳内は危険信号が爆音で流れていた。

 それで気が付く彼女もストアンなのだと。それに気がついたのはただ一人俺だけだった。

だから誰も俺のことを護ろうとしない。彼女は俺の眼の中ではアイドルではなく悪魔に見えた。

気が付いた時には遅く、彼女に先手を取られる。後頭部に手を回されて、殺されたと確信した。最初から計画していたのか、動きに無駄がなく抵抗が出来なかった。そのまま俺の身体は彼女の口へと運ばれる。

だがしかし、激痛は走らなかった。唇には柔らかい感触があるだけ。

「――んぐぅっ」

 そして瞼を開くと、俺は彼女に唇を奪われていた。

 

 

 



 

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四転生目の正直と後悔詩 鉄井咲太 @Sakuta86

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