第23話 傲慢が崩れ落ちた国
目を覚ますと見慣れた天井が存在した。いつも自分が暮らしていた部屋だ。
身体を起こすと、最初に目に入ったものは勿論アレだった。
「……夢だな。寝よう」
目の前には、幾つもの資料の山が立ち並んでいた。指先でも触れば山は崩れ、窒息死してしまいそうなほどの量だ。最初からこうなることはわかっていたが、いざ目にすると別の覚悟が必要だ。
だから目を瞑り二度寝しようとした。心の準備をしたかったからだ。
「目を起こしましたか、学巳。では着替えてから、こちらの資料に目を通してサインなどをしてください」
それを赦してくれないのがヘマタイトだ。気が付けば身体は起き上がっており、目を開けていた。
数分は許してほしかった。すぐは荷が重い。
「どうして起きて数秒も経過しないうちに気がつくんだよ」
「私は貴方が目を覚ます時がわかりますから」
何年も側近やってても、それはわからないと思うぞ。
「少しはやってほしいかな。ほら緊急のもあるだろう」
この量を全てやることを意識してしまうのは仕事に支障をきたすと考えたからだ。
「学巳が意識を失ってから二日間で、貴族や宝珠達と話し合い緊急の案件は全て解決させました。それを含めて倍はありました。そういえば、戦い終わった時よりもパパラチアは疲労していましたね」
「優秀過ぎて言うことないな……」
二日間の間にこの量を処理したら、誰でもパパラチアのようになるだろう。ごめん、ありがとう。
窓から差し込む太陽の光で朝という事も理解した。
ヘマタイトはバインダーを差し出してきた。死者や負傷者などが記載されている
「死者が十二人!?負傷者が約六万人。大爆発によって一つの町が壊滅。被害の割には死者だけ異様に少なくないか。少ないことは良いことだけどさ」
町が一つ壊滅している割には死者が少なすぎるので驚いた。もう二桁高くても少ないぐらいだ。
「自身の財を守るために逃げ遅れ、建物の倒壊に巻き込まれた貴族だけになります。負傷者の半数以上は、パパラチアの特製ジュースによるものです。ですが、建物の被害は計り知れない物となっています」
彼女の雨が無ければ、勝てなかった。しかし味方にも大きな被害を出しているところを考えると、この作戦はこれ以降は使いようにならない。
今回は死者が出なかったが、これから出てしまうことになるだろう……。
「混孔羽は丸ごと国を乗っ取ろうとしてたんだな」
その徹底ぶりに関心まで抱く。彼女が何故そこまで、ここを重要視するのかだけがわからないが。
人を殺さないように彼女が命令してたとしか考えようがないのだ。
「混孔羽は現在、千都子さんの手元に奴隷として生きています。気になることがあれば聞くのがよろしいかと。私の差し上げた封印で行動を制限できていますので、このような大災害を起こす心配はないと思われます」
気になる事を聞く前に言ってくれるのは助かるが、心を読まれているようで少し気持ち悪かったりする。
聞いてから答えてくれると助かるんだが。
「みんなに『ありがとう』と『ごめんなさい』をしないとな」
そう心の声が口から洩れると、ヘマタイトが土下座をした。
「いくら学巳の身を守るためとはいえ、傷を付け精神的に追い込んみました。申し訳ございません。学巳が望むならば、どんな処罰でも受け入れます」
敵を騙すなら味方からとは言え、彼女は色々な事をしでかしていた。
「頭を下げるのは、こっちの方だから頭を上げてくれ。今度からは何かしら教えてくれ、それだけでいい」
「私も赦すというのですか」
頭を上げて、彼女は不思議そうに質問した。
「俺を守るためにしたことなんだろ。取り敢えず、巻き込んだ人達に謝罪だな」
「誠心誠意で既にしております。パパラチアの監視が付く事で決着致しました」
よく考えたら彼女が宝珠や貴族達と話し合っている時点で気が付くべきだった。
彼女だけで謝れたのかが、少し不安な要素だが。
「本当に俺じゃなくてヘマタイトが国を運営して欲しいわ」
「それはできません」
即答かよ。
「じゃあ、これからもよろしくヘマタイト」
俺は仲直りの証として手を差し出して握手を求める。
「私は貴方を護る為にいます。赦してくださり、ありがとうございます。これからもよろしくお願いいたします」
ヘマタイトは快く握手に応じてくれた。力強く俺の手を握ってくれた。
「はいはーい。二人とも早く特訓するわよ。待ちくたびれたわ」
扉を蹴り破り、パパラチアが侵入してきた。
扉を開けて入ってほしいが、彼女に言っても無駄だろう。
「やりたいことがーー」
「謝罪はいいから、特訓するわよ。私があんたを鍛えることで、みんな承諾してくれたから」
「……へ」
あまりの速い展開に変な声が出てしまう。いやそれだと……。
「パパラチア。学巳室で暴れないでください」
ヘマタイトが手を叩くと俺はパジャマから体操着へと変化していた。何かする時は本当に何かを言ってからしてほしいものだ。心臓に悪い。
「俺が理解できない内に色々するのを辞めてくれないかヘマタイト。ってかヘマタイトが特訓をよく許諾したな」
「今回の戦いで学巳に戦闘のセンスがあると思いましたから。自分が身を守れるようになれば、万が一の場合にも対応できます。学巳が強くなる事でジョヤ達の目標も上がりますからね。パパラチアだと目標が高過ぎるので」
相変わらず表情に出ないので、本気で言っているのか冗談なのかが見極められない。
新しい来客が来ていた。足音でわかる、千都子とラドスである。
「お、早い早い。楼逸ちゃんもう来てる」
「私達が出るまで家にいたのに」
二人とも走ってきたようで息がほんの少しだけ上がっている。
「パパラチアは宝珠クラスを魔法輝き縛りで倒したよーー」
「はぁ?」
まるで自分のことのようにラドスは胸を張って言い切った。
何言っている。猛獣を素手で倒すよりも難しいんだぞ。思わず変な声が出てしまう。
「はぁ、カルセドニー達と偽物のお陰よ。私だけなら勝ててなかったわ。でも、街一つが吹き飛んだけど」
「どこの街?」
俺がふと疑問に思い質問した。
「電気街。だから偽物も動いてなかったら死んでたわね。あれを無事に耐えられるのはラドスしかいないでしょうし」
「いやぁ、梟がうざくて助太刀にいけなかったんだよね。やっぱり彼を動かして良かった」
ラドスは笑いながら困った困ったという顔をしている。
次の瞬間、ラドスの顔から笑みが消え困惑の表情に変わった。
「翡翠から聞いたわよ。ラドスが私のフルーツジュース大好きだって。言ってくれれば沢山作ってあげるのに」
彼女の手にはフルーツジュースの入ったペットボトルがあった。自分の近くにいたヘマタイトと千都子の姿が一瞬にして消え去っていた。
ラドスは何かを試しているようだが、上手くいかないのか表情が焦りへ変化していた。
「混孔羽は泡を吹きながら喜んでくれたから、最高傑作よ」
それを喜んでいると言っていいのだろうか。良く俺は彼女の殺戮兵器……料理を口にして大丈夫だったのか、不思議だ。
心を読んでいるのか、鬼の形相で俺を睨めつけられた。
「私は大丈夫。ちょうど学巳の朝ご飯にピッタリじゃないかな」
俺を売りやがった。あの二人が逃げるのも納得できる。
「そう思って、一応二つ作ってきたのよ」
パパラチアは鞄の中から二つ目のペットボトルを取り出した。
ラドスが助け舟を求めるような顔でこちらを見ている。そして小動物のように小さくなっていたりもした。さながら猛獣に狙われた小動物のようだ。
「ありがとう。遠慮なく貰う」
感謝を言い彼女のペットボトルを受け取り飲み干した。味は普通に美味しいフルーツジュースだ。味などに問題点は存在しない、何度でも飲めるような少し薄めの味。
「美味しかった。じゃあ、ラドスも飲もう」
ラドスは笑顔だが、確実に俺を威嚇している。少し絶望も混じっているような顔をしている。
今気がついたが、結界が張られて逃げられないようになっている。
「私も飲むから!」
彼女はやけくそ気味にペットボトルを奪い取り、一気に飲みした。
飲み終わると、彼女は立ったまま気絶した。
なぜ俺はこれを飲めるのだろうか。ヘマタイトが止めないという事は体にも影響はないのだろう。
不思議だなぁ。
パパラチアとの特訓で休憩していると、ヘマタイトが耳元でささやいてきた。
「私からの償いです」
目の前の景色は変わり、水町の広場にいた。水町の住人が俺を囲っていた。そして目の前にいた人物は宅尾さんだった。鬼の形相でこちらを見ていた。
彼の手にはナイフがあり、いつでもこちらを襲える状態にいた。
俺は膝を地に付け、額も地に擦り付けた。
「ごめんなさい」
「本当に申し訳ないって思ってるなら、このナイフで自害してくれ」
頭を上げると、正面にナイフが突き刺さっていた。
それに対しての答えは出ている。
「命では償えません。俺のしたことは命一つでは償いきれません。だから、行動で償わせてください。皆さんを護る為に俺の命と身体を使わせてください」
「あくまで命は欲しいのか」
「俺の命は渡せません」
宅尾は大きくため息をついた。
「悔しいが、僕達はお前に二度も助けられている。だから命までは取らない。だが、しっかり命以外で償ったうえで赦す。もう一度同じ事を繰り返したら太陽が赦しても俺たちが赦さない。絶対にあの二人を泣かせるなよ」
「ありがとう」
俺は目から水が出ていた。
「泣くのは早いぞ、処罰を言う。僕たちからは、『水町に週一で遊びに来い。そして千都子ちゃんと楼逸ちゃんを絶対に悲しませるな』」
鼻や目から水が溢れ出して上手く話せない。(なんで赦してくれるんですか)が言葉にならない。
だが彼はそれを悟り、肩に優しく手を置いてくれた。真っ直ぐ俺の瞳を見て言ってくれた。
「生きて必死に償おうとしている人の命を奪うのは、あまりにも傲慢すぎるからだよ。自分は失敗しない完璧な人間と言ってるような物だからね。それに我を忘れるほど憎んでたら、きっと無害な人にも怒りの矛先を向けることになるだろう。僕たちは、そんな人にはなりたくないからね」
彼は一歩下がり手を差し伸べてくれた。
それは俺の新しい道に見えた。
「千都子ちゃんから色々聞いたけど、僕たちに様々な世界の事や君の物語を教えてくれないか」
世界を渡り歩いたが、結末はいつもバットエンドだった。永遠に一人でこの苦しみを抱えて生きてきた。だからこそ、寄り添って欲しかった。
俺は腕で鼻水と涙を拭った。
「もちろん、よろこんで」
俺はその手を掴まない理由は何一つもない。俺は離さないように、しっかりと掴んだ。
「もう!楼逸ちゃんの料理ってなんであんなに毒々しいの。しかも学巳は平気に食べるし」
壊れた宝珠達の集まる次元の狭間でラドスは一人愚痴をこぼしていた。
「遅い。今から、色々送るから調べてほしいの。『お前の世界に研究所あるだろ?』信用できないうえに、私じゃ侵入できないぐらいにセキュリティが硬いんだよ。なにやってるかも怪しいし、首を突っ込むとしても確証が欲しいから」
彼女はそう言うと、自分の眼に手を突っ込んで目玉を取り出した。 緑の液が入った容器に入れて蓋を閉じる。
彼女が再び目を開けると、何事もなかったかのように彼女には眼があった。
「模倣したけど、すぐにバレルから。バレないように奮闘するけどヘマタイトには数日でバレそうだから、なるべく早めにお願い。『飽きないなんて珍しいな』って。うーん私は基本、快楽ってのは無いから、すぐ飽きちゃうのはある。ほんの少しだけ大切なものができただけだよ」
彼女は楽しそうに独り言を話す。話している間に二つの容器は姿を消した。
「じゃあお願いね。お礼はこっちの酒を送るから楽しみに待っててね。やっぱりこの世界は崩壊し始めてるのね。心配してくれてありがとう。でも大切な人がいるから、それごと連れていきたいなぁ」
彼女は空を見上げて独り言を止めた。
「さて、整理整頓してパパっと翡翠に直してもらおう。帰ったら千都子ちゃんの料理が待ってるからね。楼逸ちゃんの料理はこれから混孔羽に食べてもらおう。学巳は駄目みたいだし」
歌を歌いながら、彼女は作業に入った。その歌には感情が全く籠っていなかった。
ルヌベイは水町へと送られた。彼の家族は反省の色がなく監獄に収容された。
そして宅尾矢域の養子として、引き取られていた。
「矢域さん。引き取ってくださりありがとうございます」
「まぁまぁ。これからは仲良くしていこう。アイドルとか」
「芯欲が大好きです」
「良かった趣味が合うようで。だったら一晩中語り合おう。コレクションは沢山あるからね」
ルヌベイと矢域は喜流明に怒られるまで、語り合った。
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