第22話 あの時のやり直し

「これで十一回殺したはずなんだけどなぁ。あと何回殺せば息をしなくなるのかな」

 梟は自分の血で、ラドスは返り血で深紅に染まっていた。

 ラドスはわかりやすく、梟の心臓を掌で転がしてから握り潰した。

「人間より不味い血だ。友人を助けて恩を売りたいからくたばって」

 だが、彼女の余裕は焦りと変わる。

「っん!?あー、もう。邪魔!」

 莫大な魔力が集まりだしたのだ。彼女は瞬きする間に気が付く、(彼ら三人ではアレを防げない)と。

紫の魔法で移動しようとするが、梟が邪魔しているのか全くできない。それどころか、梟自体も攻撃もしてくるので気が散って集中ができない。

そして彼方で大爆発が起きる。その爆発は街を丸ごと吹き飛ばし、かなり離れた所にいる彼女らにも爆風が多少ながら届いた。

彼女はその光景を見て、両膝を地面に付けた。梟は絶好の好機を狙い下降を始めると、くちばしを広げた。それは人よりも大きく、中には鋭い歯がびっしりと並んでいた。

大爆発と共に大きな口は落胆する彼女の頭を飲み込んだ。

「おぉおおお」

 だが最初に出た音は梟の情けない叫び声がだった。

「全力で不意打ちでこれ。頭すら落とせない雑魚に時間かけてたと思うと、自分が情けなくなるよ」

 梟の歯はボロボロと落下して、地面に刺さる。歯は決してラドスには刺さらずに、彼女の身体に的中すると粉へ姿を変化させもした。

「はい、終わり。流石に死んでくれるよね」

 ラドスの腕は梟の身体を貫いた。彼女の手には心臓が握られている。これで梟は十二回生命活動を止めた。

「ほぉっ!ほ」

 梟の断末魔はラドスによって中断された。梟の身体が膨れ上がり、内部から爆発した。

「さて、負傷者を運んで身体洗おうかな。ラドスちゃんに私も純粋な戦闘力で並びたいなぁ」

 彼女は腕を組みながら彼方の虹を見つめた。



「諦めないで!」

 その女性の声が脳裏に焼き付く。俺の体は間に合うはずのない混孔羽の攻撃を防いでいた。

諦めない心が限界を超えたわけではない。だが身体から力が漲る。身体は悲鳴を上げているが、まだ戦えそうだ。

「ありがとう、千都子」

 少し離れたところに千都子がいた。彼女が俺にバフをしてくれたのだ。

「あまりにも早い」

 混孔羽は驚き固まっているので、刀を押し返して距離を取る。

「戦意が無ければ対象外というわけか。いや、能力向上が条件に含まれていないのだな。彼女に牙をむけば獲物にメリットを与える可能性がある。どこまでも不平等な武器だな」

「これでお互いに最後の切り札を出し切った。はぁ…はぁ…さて」

「千都子よ。貴様、何故立てる。あの傷ならば、半日は目を覚まさないはずだ」

「おい、おーい無視か」

 俺を無視して彼女に質問をしていた。しばらく休みたいし話させておくか、一切の隙も無いし。

「仲間を想う力って言いたいですけど、偽物の王様が私に対して魔力を全部使ってくれて、立てています。私と話していて良いんですか?ナテカさんに攻撃されますよ」

「咎めずに向き合ったか。問題はない、隙を見せていないからな。それに貴様も休みたいだろう」

 ニヤリと彼女はこちらに嫌な笑みを見せつけてきた。今度はこちらに質問をしてくる。

「王よ。何故、地位だけを奪い獲物の命を奪わんと画策し国を滅ぼしかけた大罪人を赦した」

「俺が脅してるかもしれないぞ」

「それはないな。彼女を見れば理解できる」

 そこまで見抜いてるなら、自分で答えを見つけて欲しい。心の中でそう思ったが、思いとどまった。その理由を千都子も知りたいのか、興味深々な顔をしていた。

 どっちの味方だよ。恥ずかしいから、言いたくないんだが。

「俺がいえるのは、自分と重ね合わせたんだよ。だったら、俺みたいな奴でも変われたんだ。彼も変われるだろ」

 俺がそのまま思ったことを言葉にした。嘘や偽りは無い。

「貴様が赦しても、彼の罪は消えないはずだ」

「それは、きっちり罪は償ってもらう。少なからず、国を滅ぼしかけて迷惑をかけたからな。誰が何と言おうと俺はアイツを赦す。それだけだ」

 わかりやすく、混孔羽は首を傾げた。

「理解できん。唯一理解できたことは、聞けば聞くほど混乱して戦いに集中できなくなるという事だ。武器を握れ、行くぞ」

「だろうと思った。少なからず、お前じゃ理解出来ないから安心して戦いに集中してくれて。じゃあ再開するか」

 その時だった。俺の武器が粉々に崩れ落ちたのだ。

 お互いが驚愕して目を飛び出させている。敵の混孔羽も目を丸くしている。

 どうすんだこれ。一回、停戦……いやそんな事したら全て無駄になる。これ拳になるのか。いや、千都子のフライパン借りれば……。

「急いできたので持ってきてません」

 目で助けを求めるが、希望は無いようだ。視線を送るだけで求める答えが帰ってくるなんてな。

「ハハハハハ。まさか、こんな偶然が起きるとはな。お互いに引けない状況だ、これを貸してやろう」 

どうやら武器のデバフは継続してくれているようだ。不幸中の幸いといったところか。

逆に継続していなかったら詰みだった。(武器が壊れたから勝てませんでした)なんて口が裂けても言えない。

混乱している俺に混孔羽は見覚えのある指輪を投げつけてきた。質問するより先に混孔羽は煽ってきた。

「さて儂の頭を地面に付けさせるのだろう?」

俺は迷わず、その指輪を装着した。馴染みのある盾と剣が俺の手に出現する。練習用の翡翠から渡された武器だ。断言できる。

これを使う度に思っていた。俺を支えてきた歴史のある武器なんじゃないかと。

気のせいだろう。やっぱり気になるから後で翡翠を問い詰めよう。

「拳なら確実に勝てただろうに。その傲慢を後悔するなよ」

「弱者に対して傲慢になってこその強者だ。」

あの時の過去を清算するような剣戟が始まった。



「全滅だね。みんなお疲れ様」

 積み上げられたストアンの死体は家を凌駕する高さだ。ラドスはストアンの死体をそれに放り込む。

 近くの看板には『ストアン焼却場、火使い!集え!!』という可愛い文字と兎の耳が生えた少女の似顔絵イラストが描かれていた。

「食用になれば良いのに。栄養もないから、食べる価値すら無いのが残念」

 彼女の元に一人の男性が近寄る。

「そもそもパパラチアさんのジュースが染み込んでいますので……」

「あ゛すっかり忘れてた。そもそもこの作戦じゃ食べられなかったね。んで、何かな」

「ラドスさん。これから焼きますので離れてください」

「あ、ごめんごめん。どれぐらい離れればいい」

「五歩離れてください」

「了解っと」

 軽やかなステップでラドスは五歩離れる。一歩戻ってみようかなとも考えた。

 肉の山は息をするかのように燃え始めた。焼ける音に叫び声が混じっているように聞こえる。人々の苦しみが山の中から聞こえるようだった。

「ラドスさん。話を聞いてくれますか」

「暇だし、硬い話でも大丈夫だよ」

 ラドスは彼の強張った顔を見て、軽く受け止める。重めの話だという事は直ぐに理解できた。

「彼等は何のために生きて人を襲うんでしょう。食うわけでも居場所を奪うためでもないって考えると謎が深まるんです。生物的にも人工的としか言えない進化を遂げています」

「今回はあの喋るストアンの言う事を聞いてたけど。アレの話を聞くにストアンは学巳を狙っているようだね」

「じゃあ学巳を差し出せーー」

 それを口にした途端にラドスは彼の頬を叩いていた。

 あっという間に彼の頬は赤く染まる。

「その考えは少し甘いよ。目的を達成したら、彼等はどうする。それに学巳の命を狙っているなら、それすら逆手に取る事も可能だよ。目先の事を考えて後の事を考えないのは戦いにおいても危険だからね。もちろん他言無用だから、喋れば金を潰すよ」

 彼は自分の股間を抑える。

「言いません。そうですね……早とちりでした」

「わかってくれれば良し。さてと私は違う所を手伝いに行くよ。折角、守り切ったのに二次災害で命を落とすとか見たくないし」

 彼は最後にボソッと質問してきた。

「勝てますかね、学巳」

「勝ってくれなきゃ困る。負けたら私とパパラチアが地獄で殴り殺しに行くから」

「はは……」

 男性は苦笑いした。男性は少しだけ学巳に同情した。



 二人はいつ倒れてもおかしくない程に傷を背負いボロボロである。衣類は破け、肌には無数の傷がある。出血多量で倒れてもおかしくない。

身体的には彼らは立てないはずなのだ。だが『自分の命に対する傲慢』で身体を無理矢理にでも操っている。

「おりゃあああああああああ」

「はあああああああああああ」

 お互いに切れそうな意識を保つため、自分の大声で繋ぎ止める。

 刀と剣が衝突する。お互いが衝突した時の力を受け止めきれずに、身体すらも退く。

 千都子は助けたい気持ちを抑えながらも、学巳にバフを続けている。彼女の眼には光がしかなく絶望という暗闇一つすら無い。

 彼女は彼のことを信じ、渡したバトンが最高の物だったと考えているから。

 学巳も託されたバトンを落とせない。いつ倒れてもおかしくない彼の心の支えの一つである。

 だからこそ、学巳は彼女の強さにも気が付く。彼女は一人の命だけでここに立っていない事をこの戦いで確信したからだ。

「混孔羽……お前も少なからず、守りたいものがあるのか」

「……愚問」

今までとは違う反応だ。質問の一切を答えなかった。

混孔羽は質問に答えず刀を振り下ろした。その攻撃は彼の盾によって弾かれる。

 その隙を狙い学巳が剣を振るうも、彼女の尻尾が彼の手に命中する。それによって紙一重

で首を落とす攻撃は命中しなかった。

 混孔羽は尻尾で地面を蹴り一回転する。その勢いを載せて刀を振り下ろした。

 盾はあるが間に合わずに肩に刀がめり込んだ。千都子のバフが無ければ、肩を落とされて

いただろう。

「なに!?掴んだ!」

「今更傷一つぐらいくれてやりゃあああ」

 肩を落とせなかった事に驚く混孔羽。学巳はわざと声を荒らげ、痛みで意識が飛ばないよ

うにする。

  彼は刀を握り混孔羽ごと持ち上げ、地面に叩き落した。効いているいるのか、彼女は勢い良く吐血をした。

「うぐぅ……はぁ、はぁ」

 絶好の機会だったが、激痛で一動作遅れてしまい振り下ろした剣は避けられた。

「お喋りが好きなら、お前の守りたいもん教えてくれよ」

「……」

 彼女は赤く染まった口を閉ざす。そして二人は武器を構えたまま動かなくなる。

 最後の合図なのか、同時にお互いの顎から血が地面に落ちる。その合図と共に動き出した。

 凄まじい剣戟の金属音が響く、それは国全体に広がる程に大きい。それが一撃ごとに鳴り響く。

 両者の獲物を狩るかのような眼と眼が合う。すると今までよもり大きい音を出し、二つの武器が宙を舞っていた。

 彼らが意識するよりも先に身体が動いていた。

「……ッ」

「……グぅッ」

 腕と腕が交差し、両者の頬には拳が綺麗に入っていた。どちらも避ける気は無く、全力で倒しに行った結果である。

 二人はよろめき尻餅をつく。そのまま背も地面に吸い込まれた。長い戦いの終わりが訪れた。

「儂の敗北か」

 それだけ口にして混孔羽は目を閉じた。清々しく笑い、悔いがない顔をしている。

「勝ったん……」

 学巳は彼女が完全にしばらくの間は再起不能となったのを確認した。

 そして学巳は勝利に喜び叫ぼうとしたが、意識が完全に切れてしまった。

 彼女に勝った喜びは気絶しても顔に現れていた、満開の笑みで。



「勝ったんだ。やった……混孔羽を喰らったんだ」

 代わりに千都子が大声で勝利に喜んだ。それは国中の人間に響き伝わった。

「学巳、やってくれたわね。信じてたけど本当に勝つなんて」

 パパラチアはベットに横になりながら笑う。

「長――――い。ようやく終わったね。千都子ちゃんが負けたのは残念だけど、成長の兆しがあると思えば結界オーライかな。はぁ……死体処理やりたくない」

 ラドスはワームホールにストアンの死体を投げ入れている。

「あ、そうだ。ちゃんと紋章を付けないと」

 千都子は混孔羽の額に拳を付ける。拳を離すと共に紋章が彼女の額と千都子の手に刻まれた。

 それが終わると急いで学巳に近づいた、大粒の涙をながしながら。



「チュートリアルが終わりました。捕獲もできましたし上出来です。ですが、思った以上に被害が大きそうですね」

 封印の解かれたヘマタイトの独り言。

「私の仕事は学巳室の修復や様々な資料を作成……やるべきことは沢山ありそうですね。学巳が仕事をしやすいように環境を整えることから始めましょうか」

 自分の仕事を確認しながら、彼女は城へと歩き出した。

 


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