第21話 諦めないという輝きの先

「しつこい!」

 ラドスはストアンのしぶとさに声を荒らげた。

 彼女が何度も致命傷を与えようとも、梟の姿をしたストアンは何事もなかったかのように立ち上がってくるのだ。

「大きく見積もっても宝石クラス程度なのに……パパラチアちゃんの所に急いで行かないといけないのに」

 彼女もまた宝珠クラスの出現に気がついていた。パパラチアの下に早く向かいたいが、宝石クラスのストアンが彼女を足止めした。

「やっぱりワープはさせてくれないか」

 ワープしようとすれば、背後に回り込まれ攻撃をされる。そのままワープすれば、いくら彼女でも致命傷となる一撃になる。

 それでワープしても足手纏いでしかなくなってしまう。

 それにこのストアンは時間を稼ぐ為にいるような存在だ。そういう役割で作られているのだと、彼女は悟った。

「すぅ……。さて、本気を出しますか」

 彼女の眼が邪悪に光りだした。


 

 空中に浮かぶ大きな剣はカルセドニーの命を取るには至らなかった。

「カッコつけたばっかりで、これじゃあ頼られねぇな」

 大きな剣はパパラチアの引き抜いた刀に防がれたからだ。パパラチアは力んで剣を押し返す。それと同時に彼女の小指が水となって散った。それを見て目に止まらぬ速さで彼女は刀を鞘に戻した。

「冗談言ってないで、ビーム来るから瞬間移動」

「わかってますよ」

 ビームが来ると同時に彼女達は姿を消した。そして反対側のジャスパーへと二人は姿を現した。ビームは全てを喰らいつくすように行進する。

「縦に振るとビームになるわね」

「いくらラドスさんでも、あれは耐えられませんね」

「発動条件がわかっても、かなり厳しいな。ラドスさんが来ないってことは、戦闘中なんだろう。来てくれたら確実に勝てるっていうのに」

 ジャスパーは話しながらも、パパラチアの指を修復していく。カルセドニーはジャスパーと手を握り、いつでも避難できるように準備をしている。

 私にできることは、ただ一つ。

「私があの馬鹿でかい大剣をぶった斬るわ。本体は任せるわね」

「相変わらずパパラチアさんも変わりませんね。ジャスパー足止め頼む」

「もう仕込んでるから、二人とも行って」

二人が消えると同時に、猫の真下から植物が巨大な剣すらも取り込もうと生え育つ。

その生えるスピードは植物の時間だけを数百倍に早送りしているようだ。

「にゃっ」

 剣が動いたと思うと、植物たちは粉のように跡形無く散った。そして、真っ正面にカルセドニーが現れ猫は仕方なく爪で攻撃を防ぐ。

 猫の後ろにはパパラチアがいた。猫はそちらに大剣を向け、縦に振り下ろした。それは彼女に当たることはなかった。

「共有と集合の結界(セット・カルセドン)」

 大剣に近づいた矢はパパラチアと位置が入れ替わる。パパラチアは刀を引き抜き、大剣を斬った。だが、大剣に与えた傷は浅く数センチの傷が水となって散るだけだった。 

 空中にいたパパラチアは弓と入れ替わり、無事に着地を果たす。それと同時に片方の耳が水となって弾け散った。

「バフがほんの少し足りないわね。ほんの少しあれば、ぶった斬れる」

 彼女は刀に気合いを入れさせるように、睨めつける。

「にゃっあ!?」

「そりゃ驚くよな。あれで魔法と輝きを禁じられてるからな」

 爪と彼の鎌が金属音を放ちながら、高速でぶつかり合う。

 猫は再び吠えようと息を大きく吸う。

「おっと。うるさいから、それ辞めてくれ」

 いざ吠えようとすると、カルセドニーの姿は消えて矢に替わっていた。猫は何とか爪で矢の軌道を逸らすが、その矢は再びカルセドニーと入れ替わる。

「どうやら自慢の爪は、俺でも切り落とせるっぽいな」

 カルセドニーによって猫の爪は斬り落とされた。それは空高く飛んで行く。

 自分の思い通りにならず、猫の表情は焦りから怒りへと変化する。怒りによって猫の顔は獅子の風格へと変わっていく。

「ガァウッ!!」

 怒りの咆哮に従い大剣は、カルセドニーを標的に横に動く。大剣は空中で金属音が鳴るだけで、カルセドニーどころか地にすら届かなかった。

 空中にはパパラチアの姿があり、先ほどよりも大きく大剣を削った。

「やっぱり、ぶった斬れないのは気合いの問題じゃないわね。いった」

 彼女が地に着くと、靴の中から水が溢れ出した。

 猫は初めての強敵に可愛らしい顔は完全に獅子へと変化していた。己よりも強い存在を

許せない心は猫の鋭き刃となる。

 猫は怒り狂ったように剣を縦に振るう。だがカルセドニー達には当たらない方向であり、ビームは長時間にわたって存在を持続していた。

 それはパパラチア達から見れば愚かな行為である。無意味に莫大に魔力を浪費しているからだ。

「ついに気が狂ったか」

 カルセドニーはそう言いつつも、猫の行動の意味を探っていた。

猫はカルセドニーから逃げるように空中へと羽ばたいた。

「ペンギンの羽で飛ぶな」

 猫はペンギンの翼で羽ばたいた。そして大剣の先をこちらに向ける。そこへ魔力が集まっていく。その様子を見た三人はそれぞれ違う行動を取る。

「ジャスパー!カルセドニー!」

 パパラチアは彼らに声を掛ける。

「一応用意してましたけど、完全に防げるかはわかりません。カルセドニー、準備してあるから矢と入れ替わって!!」

 ジャスパーは数人が入れようドーム状に植物を育てる。

「この声が聞こえない範囲まで離れろ」

 カルセドニーが無差別に魔力を込めて伝達する。カルセドニーは入れ替わりながら、ジャスパーの作った植物ドームの中にパパラチアを引き連れ現れる。

「私は植物を担当するから、カルセドニーは地面をお願い。来る!しゃがんで二人とも」

 剣先から先ほどと比べられないほどの大きく威力の高いビームが放たれる。地面に接触すると、大きな爆発となり、地面を削り全ての建物を吹き飛ばしていく。

 ジャスパーは両手を伸ばして、植物のドームを支えるように掌を向ける姿勢になる。

 めきめきと植物が消えていく音がして、ドームは徐々に薄くなっていく。支えるようにしている手は徐々に茶色へと染まっていく。

 数秒耐えるだけだが、その一秒は彼女にとって一時間とも感じられるほどに長い。

「流石にだめかも」

「そりゃ仕方ない。キスでもしとけば良かったな」

「私も……妹に何も」

 三人は完全に諦めていた。

 大きな穴が空いたそう思った時、彼女の身体が光り輝く。すると、植物は嘘かのように穴を塞ぎ完全に爆破を耐え抜いていた。だが、彼女の手は使い物にならない程に焼けていた。それは彼女が戦えないことを意味していた。

 最初に諦めたジャスパーは最後に力を振り絞り、驚く二人に激励を入れた。

「今がチャンスです。偽物がーー」

 彼女の声よりも速く二人は動き出した。

 今がチャンスだ。あの爆発を引き起こして、再びビームを打つのに時間が掛かるはずだからだ。

 パパラチアは石を空中へと投げた。

「カルセドニー!」

「共有と集合の結界(セット・カルセドン)」

 石はパパラチアと入れ替わる。大剣はそれを知っていたかのように、一瞬にして彼女の首を刎ねる場所に到達する。

 彼女は口角を上げて、一言。

「綺麗にぶった斬れたわ。ありがとう偽物」

 そして大剣は大粒の雨と姿を変えていた。彼女は自由落下して、地面へ叩きつけられた。

「人の彼女に手を出して、生きれると思うなよ」

「にゃあああああああ」

 雨粒と入れ替わったカルセドニーが猫の目の前に現れる。既に鎌は振るわれており、猫は前脚の爪をクロスさせて守ろうとする。

 その鎌は爪を貫通して、猫の首が宙を舞う。カルセドニーが仕上げに鎌を数回振るうと、猫の首は肉片と化した。

 パパラチアは虹を掴むように、手を伸ばした。彼女は疲労による睡魔に襲われ、目を閉じた。



 混孔羽は多大なハンデが有る中でも、化物であり俺は押されていた。

 互角に戦っていると思っていたが、圧倒的に彼女の方が上だ。魔力をかなり消費して、底が見えているような状況だ。

「どうした獲物。それでは儂には勝れんぞ」

「あーやかましい。黙って戦え」

「黙々と戦うのも一興だが、儂は語るのが好きな故」

「あああ、もう」

 俺が重い一撃を繰り出す。すると、大きな金属音と共にお互いが距離を置いた。

 俺は混孔羽の後ろに回り込み武器を振るうが、刀で防がれる。そして高速でお互いの武器がぶつかり合う。

「喋りながら戦って、手加減してるつもりなのか」

「儂は人間とは違う存在だ。語りながら全力を出すのは朝飯前。獲物に対しても、現在出せる実力を引き出している」

 ふと、冗談を言ってみたくなった。

「やっぱり手加減してくれないか」

「ふん。ならば、儂に対して多大な縛りでもするんだな」

 要約すると『実力で何とかしてみろ』ということ。冗談は通じないようだ。

 冗談を言ったせいか刀が頬を掠った。ほんの少しの皮膚を斬られた。こちらからすれば、お喋りしながら彼女と戦うことは至難の業だ。

(こいつの心を揺さぶる話題はないか)

 色んな事が頭に回る中、俺が口にしたのはこの言葉だった。

「お前、仲間っているのか」

 その問いはクリティカルヒットだったのか、攻撃がほんの少しだけ緩む。

「手下はいるが、仲間か……。姉貴なら存在する」

 手下というのは、喋らないストアンだろう。彼女の言葉に嘘が無ければ、これと同じようなストアンが複数体いるという事になる。

 やっぱり聞かなきゃよかった。こんなのがまだいるのか。

「あの雑魚は手下なのか」

「あの力を使っている獲物達ならば、周知の事実だと考えていた。だが違うようだな。アレには偽りの身体に偽りの魂が宿っている。生き物としては最底辺のゴミだ。儂も獲物を喰らうまでは、そうだった」

 彼女が長く語っているが、攻撃の手を緩めてくれない。それどころか心が温まり、攻撃が激しくてなっている。受け流すのが精一杯だ。

 不幸中の幸いだが熱くなっているせいか、ほんの一瞬の隙を見つけ横腹に秤を叩きつけた。被弾してダメージは与えたものの、武器を掴まれ身体ごと勢い良く投げ飛ばされる。

 何とか城壁一つ分で勢いが収まったものの、ダメージは計り知れない。緑の魔法で応急処置だけを取り、立ち上がる。身体が悲鳴を上げるが、俺はそれをノイズとして無視する。

 流石というべきか、もう既に混孔羽は目の前にいた。

「これも獲物は知っていないだろうな。気を休ませろ、回復するまで不意打ちはせん。安堵して逝けるように、よいことを教授してやろう」

 殺意や戦意が全く感じられない。そこから騙し討ちは無いと考え、俺は回復を続けた。

 だが、回復する事を忘れるような驚愕な事実だった。

「ストアンの生成と貴様らのジョヤの瞳の宝玉は同じ技術で創られている。獲物、驚くのはいいが回復する手を休めるな」

 開いた口をすぐさま噛み締めた。この事実は俺という存在が、呪いのような存在だ。

 だが、それでも俺はここで負けるわけにはいかない。自分の為にも他人のためにもだ。

 今はこの大きな壁を超えるしか、俺に対しての選択肢は用意されていない。

「どうやら逆効果だったようだな」

「おかげさまで、今なら実力の百五十パーセンだせそうだ。お前の額を泥まみれにして、懺悔させてやる」

「さて終幕といこう。お互いに限界だろうからな」

 お互いの眼が鋭くなると、俺は剣を避けた。そして秤を横から顔面に目掛けて振るが、彼女は腕で防いだ。

 彼女の顔が強張った瞬間、彼女から凄まじい頭突きを喰らっていた。歯を食いしばって、気絶する意識を底から掴み取る。

 俺は紫の魔法で彼女の背後へと回り込む、彼女は再び顔面を腕で防ぐ。

 そのまま秤を顔にぶつけようとする。

「くっ。いき急いだか」

 それは藍の魔法で創り出した幻想、俺の本命は彼女の脚だ。本命は見事に当たり、脚の骨を粉々に砕いた感触が確かにあった。

 そして彼女のバランスが崩れて、最大の好機を手にした。

「いけええええ」

 渾身の一撃を彼女に目掛けて振り下ろす。

 だが、俺はある一点を除き全ての動きを注意していた。決して油断していたわけではない。彼女が生物としても化物だという事を忘れていたのだ。

 彼女の折れ曲がった脚が、真っ直ぐになった。その異変に気がついた時には、既に手遅れだった。一秒足らずで、脚を治したのだった。

 俺の攻撃は彼女には命中した。頭ではなく、肩にだった。

「やばはっつかばあ……はぁ、はあ」

「良く避けたな。褒めて遣わす」

腕の肉が斬り落とされていた。ごっそり斬られて骨が露出した所が見え、血液がそれを隠すように噴出した。

 言いようのない激痛に立つことすら、できない。脳も脳で混乱しているのか、視界が安定しない。混孔羽が複数人いるように見える。そんな俺が一番に優先した行動は、腕の応急処置だった。

そこで俺の魔力は底をついた。

「獲物。違うな、一国の王よ。貴様の覚悟、天晴れだった」

 俺の脳内に様々な映像が蘇る。走馬灯という奴だろう。俺は……それを叩き割った

「諦めるわけねぇだろ」

 血が出るほどに武器を握り、攻撃を防ごうとする。諦めたくないが脳内で計算しても、ほんの一コマだけ手が届かない。

 俺の全てを出し切っていないと願いたい。

(まだだ、あいつの頭を地に着けさせるんだ。俺も生きて罪を償うんだ。俺は強いはずだ、できるはずだ、負けないはずだ)

 だが現実は非常であり、どれだけ傲慢になっても尽きた物は手に入らない。

 俺の魔力は期待には応えてくれなかった。

 

 

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