第20話 子猫と三人

 人口の雨は一分に満たない時間で止んだ。だが、その雨は確実に王や歩たちを仕留める刃として機能を果たした。

 混孔羽の武器たちは輝きを失いながら地に落ちる。それは学巳の『輝き』が確実に発動したことを意味していた。

 学巳は少し距離を取り、いつ彼女が向かってきても対応出来るようにした。

 混孔羽は学巳の予想とは違う行動に出た。

「……ハハハ、ハッハハ。面白い面白いぞ」

 天を見て彼女は高らかに笑い出したのだ。

その様子を見て、学巳は臨戦態勢を少しだけ緩めた。

「俺は本当にお前のことがわからない。ここは怒って襲い掛かってくるところだろ。不意打ちされて自分の力を封じられたんだぞ」

「何故、怒なのか。儂に至ろうと努力した。それだけで遥かに実力が上という証拠でもある。そして、死んだと思った獲物が生きている。喜ぶ以外に何があるというのだ」

 彼女は俺を睨めつけた。それは威嚇であり、小動物なら殺せそうなほどに鋭い肉食動物の眼だった。

 もし、前の自分なら足が生まれての小鹿のように震えて、逃げ出す事も出来なくなっていただろう。

「さて貴様の実力を見せてもらおう。失望させてくれるなよ」

 混孔羽は地に落ちた刀を拾い上げて、空を斬る。空を斬っただけだというのに、暴風が学巳を襲う。傘がひっくり返るような嵐の風だった。

 学巳は(秤の『輝き』が発動していないのか)と疑う。だが、その問いは直ぐに自己完結する。

「そりゃそうか。あのパパラチアに勝ったんだもんな」

 目の前にいる化物は、以前と比べ物にならない領域にいる。

 学巳は固唾を飲む。改めて、こんな化物と戦った二人を尊敬する。

「さあ、いくぞ獲物」

「来ないで棒立ちしててくれ。素直に倒されてほしい」

「面白い冗談だ」

 そんな小さな願いは直ぐに崩れ去った。

 二人は一動作のずれもなく、同時に動き出した。鉄と鉄が共鳴するように鳴り響く。

 そして、二人は見つめ合い笑う。目に止まらぬ勢いで鉄がぶつかり合い火花を散らす。

 一秒にも満たないターン制バトルが繰り広げられている。お互いに隙を見つけては攻撃するも、避けるか武器で防ぐ。

 学巳の顔が少し歪みつつあるが、混孔羽は表情を崩さない。

「魔法無しは無理そうだ。悪いな、負けられないんだ」

 学巳の攻撃が少しだけ加速する。混孔羽の頬をかすり、初の被弾をさせることができた。

 学巳は畳みかけようとするが、混孔羽はそれをさせまいと彼の手首をつかみ後方へと投げ飛ばす。

 何とか空中で受け身を取り、地に両足を付けて着地に成功をする。

 混孔羽が向かって来ていた。学巳は炎弾を混孔羽に投げつけるが、混孔羽はそれを一刀両断にしてしまう。

 距離を詰められ、再び剣と秤が火花を散らしてぶつかり合う。

「おま、魔法使えないんだろ」

「技を磨けばこの程度の魔法ぐらいは、果実よりも簡易に切れるぞ」

 言っていることがおかしい。

混孔羽の剣さばきで、この武器が斬れない事が少し心配だ。斬るという行為に関係なく、武器が曲がってしまいそうなほどに一撃が重い。

翡翠の作った武器だ。いらぬ心配を抱く方が戦闘の邪魔になるだろう。それはすぐに仇となり、顔に飛んできた剣先が頬を掠った。

「儂が屈強で武器の耐久力が心配か?安心しろ、それは上物だ」

「心を読まないでほしいんだけどな」

 隙を見て、秤を頭上から叩き落す。

「隙だらけだ」

 混孔羽が斬った俺は霧のように消えていく。

「残念だったな」

 空ぶった隙を逃さず、横っ腹に秤を叩き込んだ。

 魔法まで使って強化した一撃は、混孔羽を遠くへ吹き飛ばす。そして混孔羽に向かおうとした俺の体が悲鳴を上げた。

「ぐぅっ。あ、あぶねぇ。警戒してたはずなのに」

 両方の太股が深く斬れていた。ギリギリ半分に届かないところだ。

 紙一枚の厚さで近くにいたら、足は両断されていただろう。俺は急いで傷を緑の魔法で回復させる。

「気を緩めたら、絶対に勝てない」

 自分に言い聞かせるように、言葉にして吐き出す。

「いい一撃だ。以前まで魔法を使えていないのが、噓だったかのようにな」

「魔法はお前が襲ってきた世界で、嫌になるほど学んでたからな」

「残念だが、あの時よりも儂は強い」

「俺が一番それを知ってるんだよ。二匹で俺とギリギリだったくせに」

 わかりやすく混孔羽が力んだ。感情のままに彼女は刀を振るった。

それは無理矢理で計画もないような一撃だった為、分かり易い隙を見つける。

 俺は避けてから彼女の頬に秤を叩き込む。それは重く、大ダメージになる一撃だった。

 混孔羽は俺を睨みつけたと思うと、腹にボーリングの玉をぶつけられたような重い衝撃が響く。彼女の拳が自分の腹にめり込んでいた。

 これが一秒の間に行われ、気が付けばお互いに後退していた。

「以前の獲物ならば、この程度の攻撃で後退はしなかっただろうな」

 混孔羽は血の唾を吐き捨て言う。彼女の口と額から血が垂れ流れている。

 俺はきっと内臓に穴が開いている。魔法で身体を強化してたはずなのにだ。まるで腹の中で燃えているような激痛だ。

「俺は今、感覚を取り戻してるんだよ。どんどん戦いの中で強くなるから覚悟しろ」

「まるで主人公のような台詞だな」

「自分を主人公と思えるぐらいの自信が無ければ、お前とタイマンで戦えるわけないだろ」

 混孔羽は俺の発言に大笑いした。

「全くだ。食うだけでは勿体ないな。貴様も育てばパパラチアに並みの戦士になるだろう」

「じゃあ俺を生かしてくれるか?」

 無意味だと思うが質問してみる。

「半殺しに留めよう」

「お前の半殺しは実質俺の死なんだけど」

  


「うわぁ。まだストアンと戦ってないのに医療班は大変だなぁ」

 この光景を見ていると、ジャンケンに勝って良かったと実感できる。

 色とりどりのテントが建っており、様々なところにベットが置いてある。

 背負っている千都子ちゃんを彼らに任せに来た。任せたら、すぐに私もストアン退治に向かわなければならない。 

 ストアン達は十二時を過ぎると破壊活動を再開し始めた。かなり弱っているようで非戦闘員でも勝てるレベルまで落ちていた。 

 それでも中には宝石以上のクラスの化物がいることは確定している。最高で二体、最低でも一体という計算になる。宝珠でまともに動けるのも私しかいないという状況だ。

「いくら楼逸ちゃんが化物でも、魔法があるか無いだけで天と地ほどの差だからねぇ」

 私は千都子をゆっくりとベットに下ろす。その瞬間に隣のベッドにいる者から、腕を握り潰そうとする力で手首を掴まれた。

「おっと、驚かせないでよ」

「……」

 そのには、邪悪な笑みを浮かべる翡翠が横たわっていた。罵声を飛ばしてくるかと思ったが、相変わらず無口だ。

「あんまり見つめると照れちゃう」

 照れるふりをすると、すんなりと手と目線を外した。

「……ふっ」

 嘲笑というに相応しい頭に来る笑いだ。まだ気持ち悪いと言われた方がマシだ。

「あー鼻で笑った。私も少女なのに」

「ブフッ……」

 また鼻で笑いやがった。殴ってやる。

「やめてくださいよ。ラドスさん、いくらムカついても今の彼は重症患者なんです」

 複数の医療班によって、思いっきり笑っている彼を殴ろうとするものの止められてしまう。

「では、戦場にワープしますよ。ラドスさん」

 これ以上は手に負えないと医療班が判断したようだ。

「まって!あいつを一発なぐ……最初から企んでたなアああああ」

 彼女の断末魔が途切れた。

 


「ほら、急がないと全てパパラチアさんに手柄取られるよ」

「もうあの人だけで充分じゃないかな。なんで魔法使えないのに、あんなに強いんだ」

「これで三割かしら。このエリアも終わりね」

 死体の山の上にパパラチアが立っていた。身体は深紅に染まり、その光景に他のジョヤ達は安堵する。

「ラドスさんに『パパラチアさんのサポートに徹してあげて』って言われたけど、絶対に必要ないよな。傲慢な人だから、一番先に越えられる宝珠の壁だと思ってたんだがなぁ」

「無駄口叩いてないで、パパラチアさんを追いかけるよ。一単語で一メートル離されるから」

「ほら、ジャスパーとカルセドニー置いて行くわよ」

 彼らに話している最中にも、ストアンはパパラチアの背後から襲う。

 カルセドニーはストアンの背後にワープし、ジャスパ―は弓を構えて矢を放つ。

「矢ちょうど欲しかったの」

 カルセドニーの一振りは空を斬った。

 パパラチアの背後にいたストアンは破裂し内臓をまき散らしていた。彼女は矢を指でキャッチして彼方へ投げる。

 それは遠くにいるストアンの脳天を貫き、ジョヤを助ける一矢となった。

「少し私に遅れたわねカルセドニー。残念だけど今の私に反応速度で勝てないなら、宝珠はまだまだ先よ」

「パパラチアさんが異常すぎるんですよ。俺が勝てるとしたら恋人の、いて」

 ジャスパーがカルセドニーの頭を軽く叩く。ジャスパーの頬が少々赤く染まっている。

「強がるところが違う。取り敢えず、パパラチアさんは休んでください。私達と稽古をした時より四十パーセントぐらい動きに遅れが見えます」

「ばれてた?」

「一目見ればわかります。あなたがどれだけ強い人でも、人なんですから休憩は必要なんです。私たちに任せて、一時間でも良いので休んでもらえませんか」

「いつものパパラチアさんなら、背後に回られたぐらいで、必死にカバーはしなかったからな。まぁ普通の人なら別だけど」

「だから私たちに任せてくださいませんか」

 ジャスパーの真っ直ぐな瞳にパパラチアは負けた。

「……まだまだ心配だけど、今の貴方達なら大丈夫そうね。死んだら地獄まで追って、ぶん殴るからね」

「地獄だろうと天国だろうと来るだろうな」

「はは……天国に来られるのは嫌です。でも天国に行く予定はありませんよ」

「肝が据わってるわね。取り敢えず、宝珠クラスのストアンの気配は無いわ」

 小笑いしながら、状況を彼らに伝える。

「いくら宝珠クラスがいても弱体化入ってるから、大丈夫だと思うけどな」

「ほんと、別世界の異常気象をこの世界で再現できたわね。今度聞いてみようかしら」

「アハハ(俺達は良く耐えられたな)」

「教えてくれないと思いますよ(教えたら学巳が殺されるから)」

 二人は小声で愚痴をこぼす。彼女たちもまたパパラチアの料理を口にしている。その時は生死を彷徨った程度で済んだ。

「二人とも何小声で言ってるの?まっこれが終わったら一緒にご飯食べましょ」

 彼女の提案に二人は首を縦か横に振るか考えているとストアンが現れた。

ペンギンの手が背に着いた子猫のストアンが、ゆっくり歩いて近づく。

(ありがとう。可愛いストアン)

 二人は同時にそのストアンに心の中で感謝する。だが、それはすぐにひっくり返る。

 彼らがそれの危険性に気がついたのは、雄叫びした時だった。

「ムオオオォォォン」

 彼らの身体に稲妻が走る。それは見た目以上に凶悪で、彼らの身体を引き締めた。

「こいつ宝珠クラスだ。しかも、弱体化してないのか!?」

「言われなくても分かってる。アレを喰らって無傷なんて」

 二人はすぐさま臨戦態勢に入る。その愛らしい子猫に向かって。

「私の最後の仕事といったところね。二人とも準備はいい?ぶっ倒すわよ」

「「はい」」

 パパラチアの質問に二人は元気よく返事をした。三人は子猫の雄叫びで動き出す。

 パパラチアとカルセドニーが挟み込むように左右から向かう。そしてジャスパーは子猫に目掛けて弓矢を放つ。

 子猫が動き出した。子猫が吠えると、一軒家二つ分ほどの大きい剣が現れた。

 持ち手のいない剣は独りでに動き出す。その様子を見ていたパパラチアとカルセドニーは制止する。

 大きい剣は一瞬にして一振りされ、彼らの一歩先には地割れが発生していた。

「ここで仕留めないと流石にまずいな」

「第二波くるわよ」

 剣は上から下へと動く。すると、建物すら超える大きいビームが放たれる。それは矢を消滅させて、止まることなく地面を食らい進んでいく。 

ビームはジャスパーに向けて放出したものであり、彼女は瞬間移動で逃げ遅れた複数の髪だけが焼かれていた。

 剣を振るいビームを放つ、この行動だけで数秒である。彼らは間一髪のところで、それを避けている。人間の本能に救われているのだ。

「にゃあん」

 子猫は欠伸をした。その隙にカルセドニーが背後にワープする。子猫の首を取ったように見えた。

 だが、子猫は後ろ脚の爪でそれを防いだ。子猫の爪は刃のように尖り、心臓を一突きで殺せるかのように尖っている。

「あ、くっそ」

「カルセドニー!」

「あのばっか!」

 剣が動き出して、彼に向かって振るわれた。その大剣は確実に彼の命を奪えるような一撃であった。


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