第19話 輝きのない者が邪悪な輝きに勝るために
時間は深夜に遡る。
「千都子さん、学巳を食べてください」
「やっぱり、あんたはぶった斬らないと駄目みたいね」
彼女たちが視界から消えた事を気づく前に、何かが崩壊する凄まじい音が鳴り響いた。
恐る恐る音の方向を見ると、ヘマタイトの腹を踏みつけるパパラチアがいた。ヘマタイトの頬は赤く腫れあがり、内部出血だけで済まされるような傷ではなかった。
そもそも、彼女らがいる瓦礫の山は数秒前まで建物だったものだ。
「最後まで話を聞いてくれませんか。あなたと違って私はか弱いんですから」
「残念だけど、これでもかなり手加減したの」
彼女らの視線の間に火花が散っているように見えた。
誰かが止めようと駆け寄るよりも先に、パパラチアがヘマタイトの胸倉を掴んで投げ捨てた。
「話だけは聞いてあげるけど、ふさげた事を言ったらぶん殴るわよ」
『ぶん殴ったあとだろう』とその場にいる全員が思ったに違いない。
ヘマタイトに数人が近寄り、彼女の傷が癒えていく。綺麗な状態で治療されるとヘマタイトは立ち上がった。
「で、俺のどこを切り落とせばいいんだ」
「まだ私は食べるといってませんよ。当たり前のように自分の体を切り落とそうとしないでください。本当に説得した事、理解してます?」
「わかってるから、回すな酔うから」
俺は千都子に胸ぐらをつかまれぶんぶんと振り回される。
「単刀直入に言います。学巳が他人をパワーアップできる理由は知っていますか」
その場にいる全員が首を横に振る。
できれば俺の輝きを教えたくないんだが。
「では、学巳が説明してください。『お前が説明しろ』という目で見ても、私が説明して納得するでしょうか」
その通りだ。出来ればこの話は墓場まで持っていきたかった。
……千都子、目を光らせるな。お願いだから、察してくれ。
「俺以外に見えない翼の羽を他人の体に入れて『片翼』は発動するんだ」
宝珠と千都子はガッカリしたように、大きくため息をした。嫌がると思っていたが、これはこれで傷付く。
「それだけなの」
「ええ!?反応薄くないか」
「忘れてるようね。以前、敵に自分の内蔵を投げつけてバフした奴がいたでしょ」
「「アレよりはマシ」」
口をそろえてジョヤたちが言った。みんな安心しているようだった。
「なんか気が付けば、他のジョヤ達もいるんだけど」
「私が呼んだんだよ。まぁこれから大戦ですし、協力してくれるなら大歓迎だよね」
気が付いたら大所帯だ。敵に作戦会議を聞かれてなければいいんだが。
「ヘマタイト、補足説明してくれる。学巳アレ以外何も知らないみたいだし」
「簡潔に言えば、彼は命を削って私達にバフをしてくれています。命を削ると言っても一日でしっかり回復できる量です」
彼女の言葉に俺自身も驚いた。その言葉に固まる人が多い中、千都子だけが彼女に質問した。
「前から聞きたかったんですが、ヘマタイトさんは何のために戦っているんですか」
「学巳のためです」
彼女の質問にヘマタイトは間髪を入れない即答だった。
「じゃあなんで彼を傷つけるんですか」
「学巳を守るための過程です。この町の人を生贄に捧げる価値は彼には有ります」
しびれを切らした千都子がヘマタイトに掴みかかろうとするが、パパラチアが彼女の肩を掴んで止めた。
姉に制止されたことによって、少しだけ冷静さを取り戻したようだ。
「全部、学巳からヘマタイトに憎悪を向けさせるのが目的だったんでしょ」
ヘマタイトはその問いには沈黙する。
「私達は学巳にしっかりと罪を償ってもらうわよ。もちろん、命じゃない形で」
「やはり私は貴方の事は苦手です」
彼女のその弱音は図星を指す物だった。
「それには同意ね。私もあんたのことが死ぬほど嫌いだから。で、学巳はヘマタイトをどうしたいの?」
「あっえ。もういいの」
突然名前を呼ばれて驚く。
「いいわよ。でも私たちに手を出そうとしたら、さっきの数倍痛めつけるわよ。それでいいわよね、みんな」
容赦のないところが彼女らしい。そして、彼女の決定事項に誰も口を出さず頷いた。
俺はヘマタイトへと歩き出す。そして優しく抱擁した。
「学巳、何の真似ですか」
「俺はお前を赦す。どんな気持ちだろうとお前は俺をサポートしてくれた。それに感謝しているんだ。だけど、もう俺のために誰かを巻き込まないでくれ」
「ですが、私のしたことは消えません」
「俺が赦すんだから、俺にしたことは懺悔すれば天使も赦してくれるだろ。赦してくれなかったら、怒鳴り込むからな」
ヘマタイトは黙り込んでから『もう巻き込みません。ありがとうございます』と囁いた。
ゆっくりと俺は彼女から離れ、千都子に聞く。
「一応聞くけど、千都子は」
「学巳が赦すなら、私から言うことはないです。作戦の内容で考えるかもしれません」
「そういう話だったな」
すっかり話が逸れてしまった。
ヘマタイトが疲れたように頭を抱えた。青ざめた顔のヘマタイトにパパラチアが近づき、彼女を覗き込んでいた。虫よりも小さく『がんばれ』とパパラチアがヘマタイトに向かって言ったような気がした。
ヘマタイトはパパラチアを手で追い払うと、ゆっくり立ち上がる。
「最初に混孔羽の輝きを説明すると、『自分は元々の実力が同等、又は各上から受けるダメージを大幅に減少する。ただし、自分の元々が実力未満の相手から受けるダメージを大幅に増加する』というものになります」
「だから私の剣で斬れなかったのね。じゃあ、『片翼』も意味ないじゃない。同等各上には絶対に発動するんでしょ、それ」
パパラチアの言葉に一定数の人が頷く。
自分の考えが自然に口から溢れる。
「元々ってことは……もしかして、バフは関係ないのか」
「その通りです。『片翼』には心から認めた相手のみに、普段の数十倍のバフをすることを研究によって確認しています。現状それに当てはまるのは、千都子さんだけになります」
「じゃあ私認めて」
パパラチアが颯爽と言い放つが、ヘマタイトが頭を抱えて反論する。
「貴方は輝きと魔法を封じられているでしょう。混孔羽のように強引な方法で認めさせた場合は、良くて五倍しかパワーアップしません。そして、そこで成長が終わってしまいます」
パパラチアは舌打ちをして、こちらを睨んでくる。
俺もこんな輝きを得たくて得たわけじゃないんだ。
「最後に学巳の持っている武器の『輝き』を説明します。『この武器が命中すると発動する。相手と自分の実力を足して、二で割る。この時デメリットを自分のみ消すことができる』というものです」
秤らしい能力に見えて、途轍もなく不平等だ。
俺がそう思っている間に、ヘマタイトは懐からカプセルを取り出した。その中身は、緑色の液体に人の肉が浮かんでいるものだった。
そして千都子に丁寧に手渡した。千都子は両手で抱えるように持つ。
「では、重要な駒の説明は終わりです。どうやら時間が来てしまったようです。健闘を祈ります」
その言葉の後に彼女は、再び長方形の半透明な箱に閉じ込められた。
彼女は不気味に口角を上げる。
「これが終わったら、ヘマタイトをもう一発ぶん殴ってもいい」
パパラチアの質問に俺は笑みを浮かべて、親指を立てていた。
再び、宝珠の皆様と千都子で作戦会議(パパラチアの家で)を開いている。
「いくら、俺の武器が強くても混孔羽に攻撃当てられないと思うんだが」
「疲労させ、慢心させて激痛が走っている状態なら当たるわね」
『無理だよ』と、つい声に出てしまいそうになる。正直その条件でもパパラチアにさえ、攻撃を当てれる気がしない。
「私でもその条件達成するんの厳しいね。あと混孔羽を守るように、配置されてるストアンも宝石と同等かそれ以上の物が揃っているよ」
「ピンクの雨を降らせよう」
千都子の意見に周りが黙り込む。
「アレは、あの世界の異常気象だろ……どうやって再現す」
彼女の様子をしっかり観察すると、小さく自分の姉に指をさしていた。
なるほど。でも、このタイミングで料理を作っては言えない。ぶん殴られる未来が見えるからだ。
「取り敢えず、激痛と周りのストアンは後に回そう」
きっとピンクの雨で周りのストアンもどうにかなるだろう。
「疲労ね。正直、戦いさせたくないけど千都子の役割ね。周りのストアンは私たちでねじ伏せましょ」
「楼逸ちゃん……まさか戦う気でいるの」
正直、魔法も輝きも使えない状態で戦うなんて無茶だ。
「ストアン程度なら、拳で粉砕できるから大丈夫よ。妹が戦うのに蹲る姉がいて、いいはずなじゃない」
その笑顔を見て、『パパラチアなら大丈夫か』と全員が納得した。『彼女なら大丈夫』だと。
「ヘマタイトから貰ったアイテムの中に、『自分の気配を消す』と『自分の気配を相手に与える』物がある。きっとアイツは『千都子が俺を食った』と思うはず、唐突に俺が現れたらいろんな感情で隙ができると思うんだけど。どうかな?」
「普通にありだと思う。厳しいこと言うけど、魔法を使っても混孔羽にギリギリ勝てない」
「私もそう考えているわ。あんたも実感してるんじゃない?」
「それについては少し作戦があるから、任せてほしい」
宝珠達は何か言おうとしていたが、俺の目を見て思い留まってくれた。
条件はかなり整った。あとは、どう切り出すかが問題。そう思った矢先、その問題を千都子が解決に走った。
「お姉ちゃん。私、これを食べるのに飲み物欲しいから作ってほしいなぁ。みんなもお姉ちゃんのフルーツドリンク飲むでしょ」
その場にいる全員がパパラチアに気がつかれないように俺のことを睨めつけた。その眼を見て、『止めろバカ』と心の中で叫んでいることは容易に想像できた。
「しょうがないわね。じゃあ学巳と宝珠の分だけは、パパっと作ってくるわね」
宝珠達の絶望に染まった顔は忘れることは無いだろう。
パパラチアはとても楽しそうに、そして満面の笑みでスキップしながら何処かへ向かった。
「千都子ちゃん」
「学巳」
俺は翡翠に、千都子はラドスに両肩を掴まれていた。二人の笑顔が般若に見える。
きちんと説明しないと、俺達はとんでもない目に会うだろう。
「ストアンにお姉ちゃんの作ったジュースの雨を降らせて弱体化させたいんです」
「名案だなぁって思ったから」
千都子が体を震わせながら言った。その場にいる全員が頭を抱えていた。
「でも満遍なく雨を降らせるためには、私の町と彼女を手伝う人員がいる……」
その言葉を聞いて、さらに周りの人々は表情を暗くする。
「取り敢えず、子供やジョヤを除く女性、それと怪我人病人は外して……後腐れなく。ジャンケン!勝っても負けても憎み合いは無しね」
ラドスの提案に人々は重々しく頷いた。
数分後ジャンケンに決着がつき始めた。
「やだ。死にたくない」「今なら石でも食うから変わってくれ」「私が何をしたっていうの」「これが終わったらジョヤ辞める」など、見渡す辺り阿鼻叫喚の地獄絵図になっていた。
ラドスは翡翠とジャンケンをした。どちらも血眼になりながらの数分に及ぶ激闘が広げられた。結果的にはラドスが勝利を手にした。
「今のうちに慣れとくのも手だと思うから、頑張ってね」
「……」
今までにないほどの笑顔で、ラドスが翡翠の肩に手を置いた。
翡翠も笑みを浮かべているが、憎悪が満ち溢れていた。
「取り敢えず、決まりだね。じゃあ準備するよ……千都子ちゃんは説得お願い」
「大丈夫ですよ。みんなの分作ってて言えばお姉ちゃんは作ってくれます」
「私の料理食べたい……ですって」
このパパラチアという人物は、こんな絶妙なタイミングで訪れるのだろうか。
持って来たグラスに入ったジュースを驚きのあまり落としてしまう。人外というべきか、瞬きすると彼女の手にグラスが収まっていた。まるで落ちていなかったかのように。
目を丸くして、しばらく間が空いたあと。
「えーとお姉ちゃん。配食をやってーー」
「もちろんよ。まかせなさい、じゃあ大きな料理道具を用意しないとね。私でも一人は無理だから、誰か手伝って」
その声に、先程じゃんけんで負けた人たちが青い表情になりながらも立ち上がった。
「取り敢えず、十二時までに沢山のフルーツドリンクを作ってほしいの」
「わかったわ。私に任せなさい」
パパラチアは人を引き連れ去っていった。
どうか死なないでほしい。
「私が十一時に混孔羽と戦い始める。そして十二時に雨を降らして、学巳と私が入れ替わる。そして学巳が隙を付いて、その武器を叩き込む。こんな感じかな」
ラドスと俺は小さく頷く。
「無茶はしないでくれよ」
「学巳がいえることじゃない」
「そうだったな。じゃあ俺たちも準備をしよう。あの混孔羽に懺悔させてやろう」
千都子と俺は目を合わせて拳を合わせた。
「私もいるよ」
顔を膨らませたラドスが俺たちの背を力強く押した。
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