第18話 小さな輝きは無へと

『混孔羽は私と相性が悪くて本気を出せていなかったわよ。私の方が有利なのに負けたのが、一番悔しいの』とお姉ちゃんに忠告された。

 私はその意味をはっきりと頭だけではなく、身体も理解した。

 混孔羽が刀を一振りすれば地は焼き焦げる。また一振りすれば地は凍える。更に一振りすれば地に雷電が走る。

 混孔羽が刀を振るうたびに、大地が別の環境へと変化する。

 音速より速く飛ぶ剣から出た衝撃波に当たれば、いや掠っても一瞬にして決着してしまうだろう。

 お姉さんの攻撃を防げるラドスさんでも致命傷になりえるだろう。

「先ほどまでの威勢はどうした?避けているだけでは、勝てぬぞ」

 こっちは避けるだけで精一杯だ。

「近づけないようなら、儂から近づいてやろう。海空」

 混孔羽が武器の名前を口にすると、私は考えるよりも先に振り向いていた。

 それでも遅く、混孔羽が武器を振り下ろしている最中だ。

 あれをやるしかない。全ての意識を手に集中させ、フライパンを手から離す。

「っつあ。できた」

「白刃取りか。だが、曲芸を見せたところで儂は手を抜くと思うか」

 刀から湧き出る火が強くなり、焼き焦げた臭いが鼻を刺す。

「時間をくれてるだけでも『私としては手を抜いてもらってる』から」

 言い終わると同時に手から離したフライパンが地に衝突する。それは光り輝き、学巳の城を吹き飛ばす大爆発を引き起こす。 

 煙が晴れると、彼らはお互いに武器が届かない距離まで離れていた。

「げほっほっほ、ちょっと威力高かった。全身がいたいなぁ」

「虹空」

 千都子は皮膚と服が少々焼き焦げている。そして混孔羽は皮膚がただれ、酷い火傷が至る所に見られる。

 今までの中でも最高のダメージを与えたが、混孔羽はすぐにその傷を治していく。

 治療や攻撃で派手に魔法を使っているのに、魔力が尽きる気配が全くしない。

 それでも『少しずつ魔力を削っている』と自分に言い聞かせる。

「自爆覚悟でそれを使っていたならば、儂はこの世界を壊していただろうな」

「私の命は貴方を倒す以上に大切なの。大切な人の大切な物すら守れなかったら、大切な人も守れないから。でも、私の命も大切だから捨てたりはしない」

「いい傲慢だ」

 混孔羽は刀を勢い良く振るう。すると、雷の衝撃波が生成される。

 千都子はそれにフライパンを盾にして、爆発で相殺した。そのまま、振り下ろし爆破弾が複数個現れる。混孔羽に向かって飛んでいく。

 混孔羽はそれを衝撃波で全て真っ二つに斬る。斬られた弾は爆発し、衝撃波と共に消え去る。

(実力差がかなりある。さっき回復する時、速度が下がってたから。このまま押し切って持久戦にすれば、ギリギリ勝てる)

 千都子はそう考えていた。

「さて、頃合いか」

 混孔羽は指を鳴らす。すると千都子の体に無数の刺し傷が現れたのだ。服はあっという間に深紅に色を変える、最初からその色だったかのように。

 いつの間にか槍に貫かれていたのだ。気が付いた時には手遅れというより終わっていた。

「んっぐぐっ」

 千都子は唇を噛み、叫び声を抑える。だが、あまりの激痛で地に膝をついてしまう。

 混孔羽はその様子を見下している。

「小娘よ、終幕だ」

「まだ……終わって…ない」

 千都子は立ち上がりフライパンを地面に叩きつける。そして無数の弾幕が現れるが、瞬時に矢がそれを貫く。大爆発が起き、全て消えてしまった。

「さて終幕の準備に差し掛かろう。貴様ら姉妹は動かなくしないと永遠に抵抗するのだろう。その様子を見るに、緑の魔法は応急処置程度しか扱えないそうだな」

「わかり切ったこと聞かないで」

 千都子は目を細めて睨めつけるが、混孔羽はその様子を見て口角を上げている。

 その余裕のある笑みはすぐに崩れ去り、しかめっ面へと変貌する。混孔羽が一歩踏み出した瞬間、彼女の左腕周辺に小規模な爆発が起こる。

 咄嗟に混孔羽は右に移動して避けるものの、千都子の腕は跡形無く吹き飛んでいた。

「やっぱり不意打ちは効かないか。最初から使わなくてよかった」

「なぜだ小娘。これを最初から使わなかった。これを使用していれば、大怪我を負う事すらなかったはずだ」

 私の使ったのは、見えない爆破弾だ。意識すれば簡単に見抜けてしまう初見しか効かないの技。

 混孔羽は初めて声を荒らげる。先程までの顔は一瞬で怒に変化する。

「今のが答えです。不意打ちしても避けられるなら、最後の切り札として取っておく事を選んだんです」

 混孔羽は歯を食いしばり、歯で金切り音を奏でる。

 初めて彼女の出す音に千都子は笑みを浮かべる。彼女はこの顔を見れただけでも、混孔羽に勝つほどの喜びに溢れていた。

「何に怒ってるの?」

「儂に対して手を抜いていたことだ」

「じゃあ徹底的に痛めつけて殺すつもり?」

「一時的な感情に流されては上に立つ者としての威厳がない。徹底的に小娘を実力差を見せつけて負かしてやろう」

 混孔羽は強く刀を握りしめると、刀から彼女の心のように炎が激しくて燃え上がった。

 千都子はその様子を見て汗を流す。そして小声でこう言った。

「あと少し時間を稼げれば、きっと倒してくれる。私が倒せれば、それはそれで解決する」「羽音より小さく口を動かす暇があるならば、かかってこい。最後の悪あがきを見せてみよ」

 


 豪邸だった家はその姿が嘘かのように廃墟と化していた。 

 警備人がラドスに戦いを挑むが、彼女が警備人を倒す度に家がボロボロになっていった。

 死なない程度にそして立ち上がらないように調節をしていた。死体のように動かなくなった人間達をワープゲートに放り投げていた。

「全部の部屋に穴をあけたんだけど。肝心のルヌベイはまだ見つかってないね」

 そう彼女は全部の部屋を開けずに、人をぶつけて風穴を開けていたのだ。

 ここに来る前もそうだ。反発して避難しない貴族を力でねじ伏せ、ワープゲートに放り込んでいた。

「私、探し物を探すのが苦手だし時間もないし不得意だし仕方ないかな。そういや階段の後ろは見てない」

 階段の後ろは大理石で出来ている上に、魔法でもしっかりと固く閉ざされているだろう。だが彼女はーー。

「みーつけた」

「ひゃあああああああ」

 拳一つで入口を作った。まるで砂の城かのように階段は崩れていく。

 ルヌベイは戸惑いながら、様々な言葉を発している。

 ラドスはそれを一切無視する。

「よいしょっと」

「あああああああああああああああ」

 米俵を大理石の地面に叩きつけた。痛すぎて、背中が割れてしまいそうだ。

 ずーとこれだ、中に入っている人のことを考えずに行動する。危うく瓦礫がぶつかり死にかけた。

「……米俵から何で人の声がするんだよ」

 その光景を目にして、急にルヌベイは冷静になった。

 俺の怒りは遂に爆発し米俵を突き破り顔を出した。

「もう少し丁寧に扱ってくれ!」

 ラドスの顔を睨めつけながら、俺は怒声を彼女にぶつける。

「時間がないんでしょ。私も巻き込まれたくないから手早くね」

「やっぱりお前は苦手だよ。ったく、おいルヌベイ」

 俺はルヌベイの方を向く。

「なんだ。俺を殺すつもりなのか。俺は電気街の貴族さーー」

 俺は減らず口を黙らすために、ルヌベイの頬を引っ叩いた。俺の狙い通り彼は痛みによって口を閉ざした。

「話を聞け。俺もお前と同じ転生者だ」

「な……!?」

「そして転生に憧れるオタクとも、そこのバカから聞いた。嫌になるほど色んなこと知ってやがる。憧れの異世界なのに女性の後ろに隠れて恥ずかしくないのか」

「お前に言われたくない」

「俺は少なくとも恥ずかしいぞ。だから、俺はこれからボスと一騎打ちに臨む」

 その言葉を聞くとルヌベイは目を丸くした。そして震える声でこう言った。

「なんでなんで戦えるんだ。お前とストアンの実力差は天と地ほどあるのに。死ぬことが怖くないサイコパスかよ。しかも、あのパパラチアに勝った相手だぞ……イカれてる」

 確かにそうだな。

「自分の命ぐらい落としてもいいと思ってるサイコパスだったからな。だけど俺の命を大切に思ってくれている人がいた。だから、俺は死に行かないし負けに行かない。自分の命も仲間の命を守って強欲に勝つんだ」

「負けない保証がないだろ」

「相手が勝つ保証もないだろ?戦って勝つそれだけだ。だから気が向いたら助けてくれないか」

 俺は彼に手を差し伸べる。

「なんでお前を殺そうとした人に頼むんだよ。頭にウジ虫でも湧いたんじゃないか。それにブラッドストーンがいるだろ」

 その通りだ。自分を殺そうとしている相手に頼むことは間違っている。

 だが、彼は傲慢で真の仲間はいない。俺がそうだったように。どんな人もきっかけが有れば変われるはずだ。俺がきっかけになろう。

 俺は彼の両肩を勢い良く掴んだ。瞳を合わせて、心臓に届くように言う。

「お前に頼んでいるんだ。だから、俺が負けかけたら頼む。そしたら俺にしたことは水に流そう。これが終わったら一緒に語ろう、俺がお前と対等な仲間になってやる」

 届いたかはわからないが、彼はその言葉を聞くと硬直した。

「学巳。私は先に殲滅隊に合流するね。でも私は千都子ちゃんが倒してくれると思ってるから。私が育てたから、信じてる」

 ラドスは一足先に逃げるように消えていった。本当に感謝はしているが、彼女は苦手だ。

 これ以上弱みを握られないように関わることを控えよう。

「嘘だろ。石ころがあのパパラチアでも勝てなかったストアンと戦っているだって!?なんで怖くないんだよ」

「怖いに決まってるだろ、俺だって出来ればゴロゴロしながらゲームをしたい。でも、失う事が死ぬことよりも怖いというのを知っているからな」

 俺は彼の目の前で腰を下ろす。

「ラドスが暴れたとはいえ、家を粉々にしてごめんな。まぁそのおかげでこうして面と向かってお前に俺の独り言を聞かせられる」

 俺は時間が来る時まで、自分の前世を呟く。

 楽しかった事や苦しかった事、体験した物語を語った。



 ボロボロになりながらも千都子は立っていた。混孔羽の決め手となる攻撃をされては、自分ごと巻き込み爆発させて延命していた。

(小娘には明確に勝つ意思があった。勿論今も無いわけではない、時間を稼いでいるのか。封印した二人が解除は最低でも明日まで時間が掛かるはずだ。何を待っている)

 刀とフライパンがぶつかり合う中で混孔羽は考えていた。

 だが最終的な答えは、もう終わらせることが最良ということだ。大地がひび割れるほど踏み、刀に炎を纏わせ横に振るう。

 千都子はそれをフライパンでガードするものの、勢いは殺しきれずにかなり後退してしまう。

 彼女が瞬きの後に見た光景は、無数の槍がこちらの命を取らんと空中に浮かんでいる地獄だった。更に混孔羽は手に弓矢を握っている。

「痛みが幻想の物でも、今喰らったら気絶するかも」

 いくら外傷が無くとも、痛覚が刺激され精神は耐えることはできないだろう。

 彼女はその光景を見て、この戦いがほんの十数秒で終わると直感で気が付いた。

「行くぞ小娘。最後の悪足搔きを見せてみよ」

「あなたこそ、私が勝ったら学巳に頭を下げてもらうから」

 偶然にも最後の火蓋を斬ったのは、同時に落ちた彼女たちの汗だ。

 彼女達の汗が同時に地に着いた瞬間、混孔羽が弓矢を放った。それと同時に無数の槍が放たれる。

 千都子は最低限の動きで槍を避け、どうしても避けられない物は拳よりも小さな爆発で消していく。その槍の中で蜂のように動き回る矢が、彼女に向かって飛んでいく。

「邪魔!」

 彼女は背後から迫る矢に気がついていた。紙一重の所で爆発させ、軌道をずらす。だが撃ち落とせていないので、矢は再び蜂のように舞い始めた。

 彼女の目の前に金剛杵が現れ、半透明で橙色の結界に閉じ込められる。その檻は天井が空いており、そこへ手裏剣が降り注ぐ。

「んぐぅっ」

 彼女は勢い良くフライパンを地面に叩きつけると、全ての檻が爆風によって吹き飛んだ。

 彼女の掠り傷から、血が生を得たかのように垂れ落ちる。限界が到達し、虫の羽ばたき程度の一秒に満たない隙が現れた。

「終劇だ」

「ああああああああああ」

 混孔羽はその隙を見逃さず、彼女の背後から残りの腕を切り落とした。血は吹き出ていない。混孔羽は器用に彼女の止血まで行っていた。

 激痛に耐えられず千都子は地面に倒れ込んでしまう。彼女は声を上げないように耐えようとしたが、身も精神も限界で耐えることはできなかった。

 混孔羽は刀を収める。

「ま……だ……」

 千都子は最後の力を振り絞って立ち上がり、混孔羽の頭に向かってフライパンを咥えて突進する。

 混孔羽は避けようとしない。

「終わりだ」

 混孔羽がそう言うと、フライパンは悲しい音を出して千都子の口から離れた。

 千都子は気絶し、胴体が地に着いた。彼女の結末に空も泣いているのか、大雨が降り出した。

「小娘。天も貴様を……」

 混孔羽の視界が崩れた。彼女は体を抑え込み苦しそうにしている。予想外のことで彼女の思考回路がぐちゃぐちゃに崩れた。

「ド、くだと……?小娘……これを狙っていたのか」

 千都子に混孔羽は襲い掛かろうと手を伸ばす。

「毒じゃない。ただの妹への愛情が詰まったジュースだ」

 入れ替わるように千都子が消え学巳が現れた。

 予想外の人物の登場や雨、疲労が重なり学巳の初撃を混孔羽は避けることが出来なかった。学巳の秤は混孔羽の脳天にしっかりと叩き込まれた。

 混孔羽は血で赤く染まる瞳で彼を睨みつけた。

「残念ながら、ここからが本番だ。俺や皆の前で懺悔してもらうぞ」

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