第17話 小さい輝きが穿つ

混孔羽は時が訪れるまで目を閉じていた。彼女は重い瞼を開いた。

「来たか、残り一時間あるというのに。仲間と最後まで戯れていれば良かったものの」

 ボロボロのフードを被った人物が混孔羽に徒歩で近づく。混孔羽はその人物の気配が学巳の物だと遠くからでも気がついていた。

 彼女は立ち上がり、武器を足場にして地に足をつける。

「さて、苦しまないように一瞬で楽に食べてやろう。と今すぐにでも食らいつきたいが、約束だ。この契約に名を刻め、人類を救ってやろう」

 混孔羽の掌から契約書が生成される。フードを被った人物はフライパンを懐から素早く取り出し、彼女の頭を目掛けて降った。

「天つ空」

 一瞬にして赤い刀が混孔羽の手の内に収まっており、フライパンの攻撃を防いだ。だが、フライパンと刀が衝突すると小規模な爆発が起こる。その爆発はしっかりと彼女にダメージが入る。

「虹空」

 混孔羽は爆風に身を任せて距離を取りながら自らの身を手裏剣で攻撃する。手裏剣が刺さる毎に、爆発で怪我した傷が癒えていく。

 ある程度距離を取ると彼女は嬉しそうに満開の笑みを浮かべた。

「まさか、まさか仲間を喰らうとは。そして仲間の力を背負い、儂に並ぶとは!」

 爆破でフードだけが焼け焦げ落ちる。フードを被った人物は目を輝かせた千都子だった。だが宝石ではない。ただただ光輝いてるのだ。

「怒らないんですね。自分の獲物が取られて激昂すると思っていました」

「先に獲物を取られた儂が間抜けだったという話だ。仲間を喰らうという考えは無かったからな。別の者に渡ったとなれば、簡単に奪える上に好都合でもある」

 見下したように混孔羽は言うが、物理的には千都子を見上げている。その様子を見て千都子は呆れたようにため息をする。

「見下せないなら、身長を高くしたらどうですか」

「儂が最強と思っている姿だ。口出しをするな」

 お互いが見つめ合い静寂なる時が流れる。その時が引き裂かれたのは焼け落ちたフードが地面についた瞬間だった。

「熱球平」

「天つ空」

 千都子は勢い良くフライパンをスイングするが、混孔羽は赤い刀でそれを防ぐ。金属がぶつかり合う音が響くと共に爆発が引き起こされる。

「やはり、近距離は悪手か。来い、夜明け」

 爆発の勢いで混孔羽は千都子と距離を取る。そして混孔羽が合図すると手元には藍色の槍が現れた。

 馬のように駆けてくる千都子に槍を投げつける。

千都子はフライパンを地面に叩きつけると、その場で大きな爆発が起きた。彼女に向かってきた槍を避ける。

数秒後に明後日の方向で何かが、地面に勢いよく落下した音が響く。

「無茶苦茶というのに相応しい。いや、がむしゃらだな」

煙幕から千都子が無傷で現れる。彼女は無防備な混孔羽の右手にフライパンを直撃させる。

 混孔羽は爆破し肩から腕が吹き飛ぶ。混孔羽は少しだけ苦しそうな顔をする。

「夜空、足止めしろ」

 空中に青い弓が現れ、矢が放たれる。混孔羽は彼女から状況を立て直そうと、距離を取ろうとする。

「させない」

 千都子がそれを阻止しようと追撃を試みる。

「天つ空」

 だが混孔羽は追撃のフライパンを刀で防ぎ、爆風を利用して後ろに下がる。千都子が混孔羽を詰め寄ろうとするものの、矢に足止めされる。追撃を意識するあまり、利用されてしまった。

 矢は避けても避けても蠅のように千都子を追尾する。

「虫は嫌い」

「虹空」

 フライパンで矢を叩き落とすと共に、混孔羽の怪我が完全に回復してしまう。

 回復している数秒の隙で、千都子は混孔羽の背を取る。だが混孔羽はしっかりとそれを読み、刀でフライパンを受け流す。

 先ほどと比べて爆発が手のひらサイズまで小さくなっている。

「いくら回復しても魔力には限りがあるでしょ」

「小娘、焦らそうとしても無駄だ。ぶつかり合った衝撃で大きな爆発をするのは見切った。ならば受け流すまでだ」

 フライパンと刀が高速でぶつかり合い金属音が鳴り響く。小さな爆発も連続して発生するが、混孔羽に先程のように大きな損傷を与えることはできない。

 お互いに目を見合わせ、決して標的から目を離さない。

「ここ」

 千都子はそう叫ぶと逆に刀を静かに受け流した。

「虹空」

 千都子はそれを待っていたかのように、フライパンを勢いよく上空に投げ捨てた。

「ポップコーン!」

 手裏剣が生成されている標高に届くと、フライパンは弾けるように何度も大爆発を起こした。

 形がバラバラな無数の手裏剣が、彼女らを避けるように降り注ぐ。

 刀を受け流して出来た混孔羽の隙を千都子は逃さない。大地を踏みしめ、混孔羽に向かって拳を突き出した。

 混孔羽はそれを左腕でガードしようとする。千都子の拳に対して彼女は悪寒が背筋を伝う。すぐさま選択した行動をキャンセルして行動を変えた。

「海空」

 混孔羽を守るようにして現れた紫色の馬と彼女は姿を消す。焦りに焦ったせいか今までにないような動揺を見せていた。

 標的がいなくなった千都子の拳は空を突く。混孔羽は数メートル離れた所で、自分の体を癒していた。

 そして千都子は空から降ってきたフライパンをキャッチする。

「そう簡単には喰らってくれないよね」

「仕切り直しか。元々才能があると感じていたが、学巳を喰らうことでここまでの成長を遂げるとはな」

「いい機会ですから、一つだけ聞きます。あなたは何で人間を守ろうと思ったんですか」

 混孔羽は小さく鼻で笑う。そして彼女の周りに浮遊している武器が並ぶ。

「小娘のような勇ましい人間は、ここに並ぶ人が創り出した武具を生み出すからだ」

「じゃあ、勇ましくない人間は殺すんですか」

「目上の者に首を垂れ、目下の者を嘲笑う人間は生きている価値がないからな。力が無い癖に、椅子だけ大きい人間は小娘も嫌いだろう?邪魔になるなら殺してしまえばいい」

 千都子は混孔羽の答えに偽りがないと確信する。混孔羽の問いかけに対して、千都子は考える。

「確かにムカつきます。でも、そんな人間でも殺しちゃいけないんです。他人の命に対して傲慢になったら、彼らと同じになってしまうから」

「だが、彼らが変わると考えているのか?醜く卑怯汚い実力もない汚物が」

「宝石って原石は汚いんです。人間も同じで、最初から正しいわけがないんです。学巳もそんな人間から変わって、ナテカさんになれたんです。だから私は人が変われることを信じています。だから、あなたも治して見せます」

 混孔羽は口角を上げる。

「儂も変えてみせると?小娘の仲間を食らった儂もか」

「勿論です。絶対に叩き直してあげます、そしてナー私の中にいるナテカさんの前で謝ってもらいます。懺悔もしてもらいます」

 混孔羽の持つ刀が燃え上がる、まるで息をしているかのように。彼女の眼も赤く燃え上がっているように見えた。

「懺悔も謝る気もない。力ずくで儂の頭を下げさせてみろ。その覚悟、本物かどうか見定めてやろう」

「本当に傲慢な人ですね。その頭ごと、叩き直してあげます」

 混孔羽と千都子が標的に武器を構えて走り出す。彼女らの武器がぶつかり合うと、全てを巻き込むかのように大爆発した。



 僕翡翠は人生で一番の命の危機に立ってた。

「うーん、味が薄いわね。林檎五十個持ってきて」

 人が数十人も入れる大きな鍋の上で楼逸はジュースを作っていた。

 僕も彼女の料理を作る過程を見るのは初めてだ。いや、見ていたら試食させられるからだ。

「なんで化学兵器が出来上がるんだろう」

 気が付けば、周りにいた人達は眠るかのように気絶している。

 薬品や不味い物を入れていないのに。殺虫スプレーを当てられた虫のようにバッタバッタと倒れていく。料理初心者の僕でも彼女が普通に作っていることは分かっている。

 だが、こうして被害者は続々と現れている。本当の敵は彼女じゃないかと思うほどに。

 僕も少し眩暈や吐き気を催しているが、ギリギリで意識を保っている。

「パパラチア、あとどれぐらいで適量を満たせそう?」

「このペースでいけば正午の五分前には完成するわよ。でも、どんどん倒れてるから貴方が頑張ってくれないと終わらないと思う」

「なんで俺はジャンケンが弱いんだ」

 僕の横にいる倒れた男性が羽虫の音程度で呟いていた。彼はそう言い残すと、瞳を閉じた。

 彼と同じく僕もジャンケンに負けたことを悔いた事は無い。ここにいるのは、ジャンケンに負けた体の弱い人や子供と老人を除いた人たちだからだ。

 僕はそう言いながらも林檎が入った木箱を持ち上げる。

「重い……。違う力が入らないんだ」

 いつもはこれぐらいの荷物は軽々と持ち上げられる。だが、今は持ち上げるだけでも息が上がる。

 それをビル五階ほどの高さまで運ばなければならないのだ。それを考えるだけで頭痛がする。

「この劣悪な環境で肉体労働するなんてね。こんなことになるなら、もっと体を鍛えておけばよかったよ」

 楼逸ほどではないが、僕も力には自信がある。だが階段を一歩上るたびに全身から絶叫が聞こえてくる。

 それでも僕は足を止められない。

「楼逸ちゃん、あと何持ってくればいいんだい」

「オレンジが欲しいわね。あと、水十二リットル欲しい」

 矢域という男性が人一倍に頑張っているからだ。

 彼は戦う力もない普通の一般人だ。それがジョヤの僕より頑張られては。

「しばらく、楼逸さんに愚痴愚痴言われて外に出される。そしたら、絶対に弁当を振舞ってくる……。彼には負けられない絶対にね」

 プライドと恐怖が僕の背中を押してくれている。一番大きいのは恐怖だが。

 でも僕は彼らが笑い合える空間を作りたい。そこに僕も混ざりたいと考えている。ここではない世界の仕事を放棄してまで、僕はそれを遂行したいと思った。

「楼逸。ここに置いておくね」

「ありがとう。これが終わったら特製で料理を振舞ってあげる、って大丈夫!?倒れかけたわよ」

 危ない、意識が飛びかけた。臭いと精神攻撃のダブルパンチは良くない。

「あははは。僕はこれが終わったら寝たいから、君は僕の安息を守るために警備してくれると嬉しいな」

「分かったわ。置いといて上げーー飛び降りたのね」

 聞かなかったことにしよう。僕が倒れてしまったら、誰がこの環境で耐えれる。

「終わったら睡眠終わったら酒」

 呪いのようにその言葉を繰り返す。僕は自分を洗脳してまで、彼女の料理を忘れることに集中した。

 正直、千都子さんの料理を片手にお酒を飲みたい。楼逸と酒は飲みたいが、料理は勘弁して欲しい。



 一方で電気街では。

「どけどけ!お前らのお坊ちゃまに会わせ」

 俵を担いだラドスが門を破壊して豪華な敷地に侵入する。門は彼女の拳によって、役割を終え鉄屑と化した。

 様々な少女が彼女を止めようと立ちはだかるが。

「あれでも本気じゃないんだよ」

 というと、少女達は固まり青ざめたまま動かなくなってしまう。その少女たちの間をゆっくりとラドスは歩いて行く。

「誰か傷付けると思ってたけど、結構脅せば何とかなりそうだね。お金で動いてる人たちだから、そこまで命を懸けたくないんだろうけど」

 そう言いながら彼女は振り向く。水町の方向から、ただならぬ煙が上がっていた。ラドスもその様子を見て苦笑いした。

「ジャンケンに勝った良かった。いくら千都子ちゃんにお願いされても、楼逸ちゃんの料理だけは断るしね。本当に良かった……本当に」

 彼女は不器用に笑うが、そういうが目には輝きが灯っていない。

「学巳とその千都子ちゃんの母が食べられることが驚きだよ。私たちは臭いだけでも気絶しかけるのに」

 ラドスの前には複数人の屈強な男たちが現れる。それぞれが火や水、雷などの属性を手に宿らせている。

 ラドスは右拳を彼らに向かって突く。誰にもその拳は当っていないが、男たちは四方八方に吹き飛んでいった。

「ひっさびさにこの技を使ったね。『道を作るのに便利だがら、教えてあげる』って旧友に無理矢理教えられたんだよ。環境を壊すことにしか特化してないから、他の人に教えて無ければいいけど」

 彼女が独り言を言っていると、家の大きな扉に到着する。

「もしもし、誰か……あー壊しちゃった。建物の耐久力が下がる代わりに、一定の人物を除く者のワープを防ぐ結界か。これだと隠し部屋もありそうだね、時間がないのに」

 彼女がノックすると扉は粉々に砕け散った。扉の奥に待ち構えていた人物たちが青ざめているように見える。

 まるで彼女が悪役のようだ。

「さぁぁて、どこまで坊ちゃんを私から守れるかな。少しは楽しませてね」

 彼女は拳を鳴らしニヤリと笑いそう言う。

本当に悪役である。悪役でしかない……。

 




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