第4話 好きという言葉には棘があるに違いない-4


「おいおい、こんな階段で息切れしてどうすんだ!」


 階段の上から畠中の声が聞こえてくる。うるさいな、太っている奴には階段は命掛けないと登れないんだよ。膝と腰と心臓の勝負だぞ。3つベットしないといけないぐらいには厳しいんだぞ。

 昼休みに畑中に相談を頼んだ俺は、放課後になって人のいなさそうな屋上へと向かっていた。誰にも訊かれたくないしな。今から話すのは俺の覚悟だ。好意をぶつけられてどうしようもなくなったデブの諦めだ。


「そんで相談ってなんだよ」


「委員長に告白された。断りたい」


「は?」


 こういうのは端的にいくべきだ。長引かせてもしょうがない。

 空きっぱなしの口を漸く閉じた畠中は、俺を手招きして横に座らせた。

 なんだ、何を言うつもりなんだ。


「……委員長の気分が落ちてたのはその所為か?」


「そうだな、俺の所為だ。俺が答えを出さなかったから」


「……そっか。それでなんで断りたいんだ?」


「え?」


 なんで?なんでってそりゃあ……。

 別に思い浮かばないな。強いて言えば俺は陰キャでデブで。彼女は可愛くて陽キャで。その人生が交わる事なんて絶対にないと思っていたからだ。それに彼女にはもっとかっこよくて優しくて、醜くない人が似合っていると思った。高価な絵に綺麗な額縁をつける様に、きっと彼女の人生を飾るのは俺ではないと思ったから。


「俺じゃ吊り合わない。彼女はこれからもキラキラして、周りに笑顔を振り撒いて。こんな奴じゃ合う訳ないだろ」


「でも、彼女はお前を選んだ。あ、いじめの線は無いぜ?俺が保証してやるよ」


「でも俺は合わないと思った。だから断りたい。彼女だったらもっといい人がいる筈なんだ」


 そう言うと畠中は「違うんだよな」と言った。何が違うと言うのだ。綺麗な彼女と汚い俺。美女と野獣は、あれは野獣ではなかったからハッピーエンドなんだ。影の下を歩き、人の悪意に怯え、苦しみ溜め込む獣なんかにハッピーエンドは訪れない。あるのは誰かに捨てられる未来だけだ。


「お前が言ういい人って、委員長にとってのいい人か?」


「……それは」


「もう一度言うぞ。委員長はお前を選んだ。ならば、委員長にとっていい人はお前なんじゃないのか?」


 沈黙が場を支配する。俺にはこの質問に対する回答は出せなかった。只々、昨日の彼女の悲しそうな顔だけが脳裏に張り付いていた。

 俺は俺の価値観で俺を否定した。ただ、彼女の価値観で俺は否定できない。何故ならそれを決めるのは『俺』じゃなくて『彼女』だから。

 なら、なんで俺を選んだ。自慢では無いが、俺を選ぶ奴なんていないと思ってた。それこそ小説なんかで無い限りは。


「お前は委員長に選ばれた。それでもお前はまだ告白を断りたいのか?」


 言葉は出なかった。

 自分を否定してきた。俺なんかに彼女は吊り合わないと思った。それは俺という価値は低くて、誰も相手をしてくれないと思っていたから。

 それでも彼女は選んだ。こんなデブで根暗で、卑屈になることしかできない人間を彼女は選んだ。手を伸ばして好きだと言ってくれた。

 その好意に怯えたのは誰だ。嘘なんじゃ無いかと思って、好意という泥に塗れた悪意に怯えたのは誰だ。本当はそんなんじゃなかったのに。


「畠中、本当にいじめじゃ無いのか?」


「本当だ。人生賭けてもいい」


 俺のターニングポイントはここだ。俺が畠中を信じて、彼女を信じるのか。それとももう一度影の中で蹲る獣に成り果てるか。

 いや、どうせ辿る末路が同じだというのなら。俺の気持ち次第で少しでも変わるというのならば。


「畠中、協力してくれ」


「何のだ」


「俺がカッコ良くなる為に」


 彼女を信じるのなら、俺は自分自身を信じれる奴になるしか無い。

 なら、まずは自分から変える。こんな自分であれば告白されて当然だろうと。そんなカッコいいやつに。

 彼女と自分が釣り合うんだって自信持って言える様に。俺は今の俺を否定する。





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事実は小説よりも奇なり 玄武 水滉 @kurotakemikou112

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