「かみさま」のいうとおり
よくやったと、思う。
私にしては、よくやった。
「かみさま」と会って話をした。
私が、悩んで、勇気を振り絞って会いたいと言って、いーよ、と、羽より軽い返事がきて、拍子抜けしてしまって、何だか気持ちが軽くなったような、重くなったような、そんな気がした、約束をした日から三日。
相手に三年間連絡が取れなかった友だちと久しぶりに会うという予定ができて、一時間にも満たない間だったけれど、確かに一緒にいた。話した。同じ時を、過ごしたのだ。
その事が嬉しくて、重くて、場違いのように思えた。
私は「かみさま」のように皆から愛される人じゃない。そんな私が「かみさま」の時間を奪ったのだ。旧友と会う前の少ない合間を縫って、会ってくれた。三十分ちょっとだった。たった三十分と少し。しかし三十分と少し。それだけの時間、彼を拘束した。縛りつけた。
それがとても申し訳なくて、しかし何故だか誇らしくて、それを感じることにまた申し訳なさを覚えた。
公園で会う約束をしていた。正午過ぎ、坂の方にいるね、と電話をもらって、待たせては悪いとそちらの方に小走りで向かう。広場の辺りで追いついて、ゆっくり奥の道へ進む。「で、どうしたの?」と聞かれる。もともと、自分がまるでうつのようで、とても病んでいて、どうすればいいか分からない、と、一ヶ月ほど前からメッセージアプリで相談をしていた。毎回優しくあたたかい言葉をかけてくれて、私は彼に対して依存の真似事をしている。今回、遂に自傷のようなものをして、何もわからなくなって、耐えきれなくて、呼び出したのだ。だから、その話が来るとわかっていた。
問いを投げてくれたのは有難かった。自分からは切り出せなくて、結局質問のあともあー、だの、うー、だの、狼狽えて変わりはなかった。
「どうしたの、って言うのも、違うと思うけど、
話せるまで待つから、ゆっくりで大丈夫だよ」
少し間が空いて彼の言葉が響いて、私はごめんと口にする。謝り癖がついてしまった。彼は「ごめんは好きじゃない」とメッセージアプリで言っていたのに。また自分が嫌いになった。
え、っと、なんて、はっきりした言葉が出ないまま音を紡いだ。
人がこわい。人の目がこわい。目を見るのも、視線も、人と話すのもこわくて、得意じゃなくて…話すのは好きなんだけど、苦手っていうか、えと、人と、話すときって、声のふるえとか目線とか、手の動きとか、そういうので思ってること、わかっちゃうじゃん。それがあんまり、好きじゃなくて、自分の内側をわかられるのも、好きじゃなくて、それで、それで…
言葉につまりながら、声をふるわせながら、思ってること、感じてること、ゆっくり、曖昧に、でも確実に音にした。
相槌をうってくれて、彼の体験談も少し話をしてくれて、それで、聞いてくれる人がいると感じて、満たされた気がした。うれしかった。SNSのアプリの鍵つきのアカウントで気持ちを打ち続けても消化されなかったことが、薄れた気がした。
文字におこすときは、文を考える時間がそれなりにある。
声に出すときは、思ったことをすぐに言わなければならない。
前者はある程度まとまった状態で相手に伝えることができる。文字の羅列以外で感情を悟られることは無い。が、時間があるため思ったこと全部をそのまま乗せるなんてことせず、多少嘘をつくことができる。例えば自分の気持ちに。
後者は脈絡のない会話になりやすいし、言葉以外でも感情を分かってしまう。しかし、思ったことをすぐに声に出せるため、相談事のときはこっちの方が効果的だと思っている。
今の私はとてもマイナス思考で、自分の気持ちもわからなくなってしまうこともあって、だから声に出す会話が必要だったと思う。人と話すという行為が、必要だったと思う。
別れて、いつも本を読んでいる桜の木の下にあるベンチに向かった。小説を読んだ。脳内では先程の会話を反芻していて、あのときこう言えばよかっただの、これを聞いておけばよかっただのと後悔が込み上げてきた。悲しかった。せっかく聞いてもらえたのに、何も変わってなかった。悲しい。かなしい。そう思った。でも、「かみさま」に申し訳なくて、明るく考えるようにした。
人と話をした。それだけでいいじゃないか。弱音を吐けたんだぞ、一歩前進。というか、誘えただけで三歩くらい進んでるじゃん。彼だって、いつも明るく考える風に心がければいつか自然とそうなるよって、そう言ってたよ。明るい方に考えよう。
ポジティブ思考とはこういうことか、なんて考えながら、それらの言葉を繰り返した。
公園からの帰り道、久々に前を向いて歩いた。きっと前までは前を向いてなかったと思う。自分の靴が見えていたから。話の後、太陽の眩しさにやっと気づいた。下を向かないで、前を見て歩いた。
ひさしぶりに、まぶしい。
まだ暗い気持ちはあるけど、今は、晴れ晴れしい。
とある公園にて 水景。 @Mi_Kage_o
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