桜から始める無色な世界を彩る方法

ゆうじん

1色目 桜カラー

 桜色の道。普段は無機質なコンクリートの道でしかないのに、この時期だけは桜の花びらが敷き詰められている。

 俺にとっては無縁な色だ。

 桜は出会いと別れを象徴する。逆にいうと出会いと別れには桜が付き物。世間的にもそう連想する人は多いはずだ。そのイメージも相まって桜の儚さに多くの人が魅了される。

 皆が一様に桜色に染まる空を見上げ、笑顔で溢れ返る。短期間ではあるが桜は空も大地も染め上げる。桜カラー一色といっても過言ではない。

 ここ甘海あまみ高校の周辺も例外ではない。毎年春には満開の桜を咲かせ、新学期を迎える生徒、新たに高校生として門をくぐる新入生を歓迎する。

 けれど、俺は、この桜に感情を抱けない。綺麗だとは思う。けれど、それ以上でもそれ以下でもない。出会いがあろうと別れがあろうとそこに桜があろうと関係ない。なぜなら俺にとっては無色も同然だから。

 渋川透しぶかわとおる、それが俺の名前。両親はなぜ俺にこんな名前を付けたのだろう?

 両親の願い通りなのか、それとも願い違いなのか分からないが、文字通り俺に色はない。

 無色の世界。

 こんな名前でなければ違った人生だったのではないかと、何の根拠もない別世界のことを想像することはよくある。

 そんな世界を想像するといつも吐き気がする。こんな自分あり得るはずがないと。

 それでも、心の奥深いところでは期待してしまっているのだ。

 いつかそんな世界がやってくるんじゃないかって。

 歩みをやめてふと甘海高校の校舎に目を向ける。今日からこの高校もまた違った色を放つ。

 それが決まったあの日のことを俺は思い出す。


 半年前。全校集会で校長先生は電撃的な発表をした。


「来年の春から本校は甘海女子高校と統合することになりました。」


 一瞬何を言っているのか理解できなかった。言葉が文字通りに右から左へと受け流されていった。

 他の生徒たちもそうだったのだろう。体育館は誰一人の息使いさえも許さないほど静まり返っていた。時間にして刹那にも満たなかったはずだったのに、異様に長く感じられた。

 そして、その静寂を打ち破るような地鳴りが徐々に沸き立ち、男たちの大喝采が空間を満たした。もはや狂気に近かったのを今でも覚えている。

 一応校長先生の話の途中なのだが、そんなのお構いなしに拳を高らかに掲げ、ハイタッチに肩を組んだり、まるでライブ会場のような盛り上がり方だった。まぁライブがどういうものか知らないんだが。

 というより、共学になることでこの盛り上がり方になるのであれば、最初から共学に行けばよかったのでは?なんでみんな男子校来たの?

 と、実に単純明快な疑問を投げ打ったところで(もちろん心の中で)指導教諭の雷が落ちたことで、ライブ会場とかした体育館は一瞬で静まり返った。恐るべし指導教諭。

 校長先生も話すタイミングを見失いかけ、どこから話を再開すれば良いかあぐねいていたが、こほんっと咳払いをして真剣モードへ切り替えた。生徒たちも静かに聞いているようで、でもどこか弛緩したような空気感の中で話は進んでいった。


 そんなこんなで甘海高校の全男子生徒は今日という日を楽しみにしていたに違いない。何てったって、始業式かつ教室に女子がいる生活が始まるのだから。

 一緒の方向に向かう甘海校生の姿を何人も見てきたが、何とまぁ春休み中に相当気合いを入れてきたんだろうって一目瞭然。

 明らかに髪型変わってるし、何ならワックスなんてつけてる奴もいたな。まだ慣れてないのか、つけすぎてベトベトになって逆に不衛生的になってもいるし、無駄に髪の毛立たせてチンチクさせている。最近のアニメ漫画でもそんなヘアースタイル見ないのに、なぜ男子校生というのはこうも立たせるのがオシャレ、かっこいいと思うのだろう。

 制服も少し着崩して、ズボンの位置も腰パンっぽくしている。今時腰パンなんて流行らんよ。むしろダサいまである。今は令和。腰パンは平成で終わりだ(自論)。

 そんな勘違いに気づかずに浮つきながら歩く生徒たちを横目に通り過ぎる。

 俺は急に嫌気が差してきた。他人が浮き足立つその姿を嘲笑って、自分こそまともで普通だと、大人ぶっている。でも、そんなのただのナルシストなだけで、大人でもなんでもない。

 俺は多分羨ましいのだ。

 周りの生徒たちのように俺もこの桜色の空間に浮かれたいのだ。

 くしゃくしゃと自分の髪の毛を掻きむしる。セットもしないいつもの癖っ毛、女子がいる教室だろうとお構いなし。そこがみんなと俺の違い。

 個性的?いや、ただ空気に浮いているだけ。やっぱりここでも違うと実感する。浮かれるの意味合いが異なる。

 ポケットに手を突っ込みながら歩みを再開し、十字路を左に曲がると校門まで伸びる緩やかな坂が視界に入ってくる。

 ここも桜色一色。まさに新たな出会いを祝福しているようだ。それでも、俺には関係ない。桜色の空が大地が俺の新たな学校生活を祝福しようと、俺には何も感じない。だって、あの日から俺の世界は無色なのだから。

 桜の絨毯に足を乗せるといつも固くて無機質なコンクリートもほんのり柔らかさを含む。

 俺はその絨毯を上を恐る恐る、ゆっくり歩みを進める。桜を踏み締めることは罪にならないのだろうか?そう思わずにはいられないほどこの道は美しい。

 だからこそ前に踏み出すその一歩一歩がいつもより重い。いつになったらこの美しい桜坂にカラーを付けられるのだろうか。

 このまま進行方向を逆にして帰ってしまおうか。そう思ったその時、風が桜をのせて俺の背中を強く吹き抜けた。

 桜の花びらが擦れる音が周りを包む。ふと坂の上を見上げると、そこには制服に身を包む一人の女の子が立っていた。

 肩まで伸びるその淡い桜色の髪は風に舞う桜の花びらも相まって、より一層濃く見える。風になびくスカートも胸元のリボンも、桜の花びらと一緒に楽しそうに揺れる。桜色の空を見上げ、凛と立ち尽くすその姿は、まるで彼女自身が桜の木のようだった。

 彼女の視線がコンクリートに落ちると、俺の方へと向けられた。この距離でもその大きな瞳にスッと引き込まれるのを感じる。何だろうか、この感じは。心拍数が一瞬にして跳ね上がる。

 立ち尽くす俺に彼女はふわっと微笑みかける。その瞬間、俺の世界は一瞬だったがカラフルになった。桜色が俺を包むのがわかる。桜色の空が大地が俺を祝福してくれているのが分かる。これが桜が咲き誇る世界の色なのか。この世界に存在することを認められた、そんな気がした。

 カラフルな世界に見入っていると再び俺の背中を風が強く押す。舞い上がる桜の花びらに視界を奪われ思わず顔を背ける。

 次に坂の上の彼女を見上げた時には、その姿はなかった。あれは何だったのだろう。まさに夢のようなひと時だった。

 気づくと無色に戻ってしまった俺の世界だったが、あの光景をまた見たい。そう思ってしまうほどに、美しく煌びやかであった。

 おこがましい願望なのかもしれない。こんな俺が望んでいい世界ではないのかもしれない。

 それでも俺はまたいつか見てみたいと、叶わぬ夢を見るような気持ちを胸に桜坂を登り始めるのだった。

 

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桜から始める無色な世界を彩る方法 ゆうじん @yuzin825

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