姿なきヒーローは直ぐ近くに
龍神雲
姿なきヒーローは直ぐ近くに
私の人生は常に守られている。幼い時から大人になった今も不気味な程に守られている、それを実感したのは小学校低学年の時だ。信号が赤から青に変わり横断歩道を渡っていたその時──歩道を渡る私の目の前に信号を無視した車が突っ込み、これは退かれる!そう覚悟したが何故かその車は私に衝突せず、半回転しながら避けた後、車のボンネット部分がべこりとひしゃげてそのままあらぬ方向へと横転した。車の誤操作だと断定するには些か無理な展開だったが、それでも怪我せず無事でいたので何かが守ってくれたに違いないと感謝した。そしてそういう経験をする度に、何かが守ってくれたんだなと感謝しながら過ごしてきたが、あまりにも発生頻度が高いので悪い物でも憑依しているのかと不安を覚えた私は、スピリチュアル的な事象を専門に扱う業者に見てもらったのだが、その結果──
「大変申し上げにくいのですが──その、あなたにはゴリラが憑いてます」
──ゴリラ……?
真顔で告げられ、思わず復唱してしまった。ゴリラって、あのゴリラだよね??
「え……ゴリラって、動物園とかにいるゴリラですか?」
「はい。そのゴリラです」
業者は真面目に返してきたが、私はその答えに納得がいかなかった。何故ゴリラなのかと。理解不能なのでそこも含めて尋ねれば、業者は慎重な面持ちをするもそれには答えず話を転換した。
「あなたは幼い頃、動物園に行きませんでしたか?」
「行きましたけど……」
その質問事項が不可解過ぎて思わず眉を潜めた。そもそも動物園は誰もが行く場所で幼い頃であれば100%行く場所の定番だ。もしその時にゴリラが憑いたと言いたいのであれば益々意味が分からない事象である。とりあえずそこは突っ込まず、業者の話を大人しく聞く姿勢でいれば、業者は矢張そうですかと呟き深刻な表情を浮かべると両目を閉じた。
(────?)
何故目を閉じたのかが分からず声を掛けようとした矢先、
「お静かに!今貴女に憑いているゴリラと対話をしている最中ですよ!」
その業者の側に控えていたもう一人の業者が物凄い剣幕で怒ってきたので、「済みません……?」と謝る羽目になった。
──ていうかゴリラと対話って、どう対話するんだろう。そもそも人語で対話できるのかな??
等と巡らす内に対話が終わったのか、目を閉じていた業者は再び私を見るなり語り始めた。
「草原に佇むゴリラが一頭、美しいドラミングを奏で始めました。なので私もその音色に合わせドラミングを返し対話を図りました。すると彼は私にこう言いました──『
「今まで生きてきた中でドラミングなんてものは一度も奏でたことはありませんが……?」
この業者は一体全体何を言っているのかと。意味不明どころか今の話で信憑性がすっと薄れ、私は帰り支度を始めたが、「ちょっと待って下さい、まだ話は終わってませんよ!」と必死に引き留めてきたので、仕方なく聞く姿勢を取れば、業者は側に控えているもう一人の業者になにかを耳打ちした。すると控えていた業者は、「承知しました、今すぐにお持ちます」と告げ一旦部屋から立ち去った。そして次に戻ってきた時には怪しげなペンダントと壺のセットを手にしており、それを私の目の前に提示すると、ゴリラとドラミングで対話をしていたという業者が再び話し始めた。
「あなたは今まで、ゴリラが奏でるドラミングの音で眠れぬ夜を過ごしたことでしょう」
「過ごしてませんし快眠でした。ドラミングの音も聞こえた事はありませんよ」
「そうですよねぇ、分かります。そこでですね、そんなあなたに相応しいアイテムが此方となります」
──話を一切聞いてない上に、なんか怪しい商品を買わす方向に持ってきたよ……
もう一人の業者が手にしている怪しげなペンダントと壺のセットを指して紹介し始めたので、これは完全に悪徳商法だと悟り、
「今まで通りゴリラがいたままでも別に問題ないので、ありがとう御座いました」
話を切り上げて退出しようとしたが立ち塞がれ、
「姉ちゃん、痛い目見たくなかったらペンダントと壺のセットを大人しく購入するのが身為だぜ」
いきなり圧の強い口調で話し始めた。ついに本性というより、本業の顔を表したかと思うも力では太刀打ちできない状況なので一先ず値段を聞けば、
「ペンダントと壺合わせて500万だ。安いほうだろ」
とんでもない金額を言われ私は目を剥いた。
「そんなの無理です!払えません!」
きっぱり言い返せば業者はその言葉を待っていたかの様に、「なら500万一気に稼げる仕事を紹介してやる」と言い出した。最悪な展開である。絶対裏ビジネスか何かだと過るもこの状況──どうすれば……。私は考えはたとした。今までも危機を何かしらに助けられてきたのだからひょっとしたら今回も、その何かが助けてくれるかもしれない──それに掛けた私は力一杯叫んだ。
「助けて!何とかして!」
瞬間、室内の窓ガラスが全部割れ業者二人目掛けて降り注いだ。突然起きた不可解な現象に業者二人は悲鳴を上げて驚いたので、その隙に部屋から脱出した。矢張私には何かが憑いてるようだが結局何が憑いてるかが分からない。でも私にとってはこれからもこの先も、目に見えない、姿なき何かが私だけのヒーローである事実は変わらないので共存していこうと巡らした。
そしてこれはずっと後になって気付いたのだが、危機的状況に陥ると回避する能力が私自身に備わっていて──即ち、私だけの、姿なきヒーローは私自身だったのである──
完
姿なきヒーローは直ぐ近くに 龍神雲 @fin7
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