『カスタムヒーローズ』ある日のボドゲ部(仮)の活動

くれは

単純に強いカード出してどーんって感じ

 ボドゲ部(仮)カッコカリの仮の部室の第三資料室で、かどくんはいつもみたいにカホンバッグからボードゲームの箱を取り出した。

 顔やお腹に傷のある男の人が──戦っているのだろうか。そこに書かれた『カスタムヒーローズ』というのが、多分ゲームの名前だと思う。


「これはどうかな。フレーバーはバトルアクションなんだけど、怖い雰囲気じゃないと思うんだよね」

「戦うってこと?」


 かどくんの言葉に、わたしはあからさまに顔をしかめてしまった。かどくんはそんなわたしの表情を気にすることもなく、いつも通りの機嫌の良さそうな顔でのほほんと笑った。


「多分だけど、プレイヤーは戦わないんじゃないかな……と思う。戦うのはあくまで手札のキャラクターだから。それに、怖い雰囲気とかなくて、もう単純に強いカード出してどーんって感じの楽しいゲームなんだよね」

「怖くないなら良いけど」


 頷きはしたけど、わたしはまだだいぶ警戒していた。かどくんはわたしの警戒をきっとわかっていて、首を傾けて微笑んだのは、きっとわたしを安心させるため。


内容物コンポーネント見て、楽しいから」


 机の上に箱が置かれて、かどくんの手が蓋を持ち上げる。中から出てきたのは、透明な袋──カードスリーブというものらしい──に入ったキャラクターのカード。それから、透明なプラスチックのカード。

 透明なプラスチックのカードには、その一部分だけに絵が描かれている。例えば、カードの周囲を覆うように舞い散る稲妻や花びら。中途半端な位置に描かれた剣や銃。


「このカードはこうやって使います」


 言いながら、かどくんの手が剣が描かれたカードを持ち上げた。そして、カードスリーブの中にそれを差し込む。そのキャラクターカードの上部には『KEN-ICHI 拳一』と書かれていて、どうやらそれがそのキャラクターの名前らしい。右手を体の脇で横にして左手の拳を持ち上げる、そんな構えをしていた。

 そこに、青い剣が描かれた透明なカードが差し込まれる。カードの端っこに描かれた青い剣はそうやって重ねるとちょうど、キャラクターの右手に重なった。まるで、そのキャラクターが剣を持っているみたいだった。


「この『拳一』ってカードは、強さが『1』なんだ」


 かどくんはそう言って、カードの名前の隣を指差した。そこには黒い丸の中に白い文字で『1』と書かれていた。


「透明なカードは『強化カード』って言って、こうやって『キャラクターカード』に重ねてカードを強化できる。この武器のカードは『+4』の効果だから」


 かどくんの指先が『1』と書かれた丸の下を指差す。そこには、重ねられた『強化カード』に書かれていた『+4』の文字がある。


「一足す四で、このカードの強さは『5』になる」


 以前に遊んだゲームを思い出して、わたしは首を傾けた。


「透明なカードを重ねるの、前にもあったよね」


 わたしの言葉に、かどくんは嬉しそうな顔をする。


「『ミスティック・ベール』ね。これ、同じデザイナーの作品なんだよ」

「同じデザイナー」


 そうか、ボードゲームにもそれを作っている人がいるんだ、と当たり前のことに思い至る。ボードゲームを作る人のことをデザイナーと呼ぶのは初めて知ったことだった。

 かどくんは機嫌良さそうな顔のまま、説明を続けた。


大須だいすさんは『大富豪』とか『大貧民』とかって知ってる?」

「そういう遊びがあるってことしか」


 ボードゲームの世界に入り込んでしまう体質はトランプのゲームも同じで、だからわたしはゲーム全般を避けてきた。とにかくそういう場面からは逃げていたから、それがどんなゲームなのかは知らない。

 眉を寄せてかどくんを見上げたら、かどくんはなんてことないみたいに頷いた。


「そっか。じゃあ、そこから説明しようか。このゲームだと、最初に手札が配られる。その手札のカードを先に全部使い切ったら勝ち。それはイメージわかる?」

「手札のカードがなくなったら良いってことだよね。それはわかる」

「まず最初のプレイヤーが、自分の手札から好きなカードを出す。何枚出しても良いけど、二枚以上出すときは条件がある。条件はあとで説明するね。そしたら次のプレイヤーは、前のプレイヤーが出したのと同じ枚数の、前のプレイヤーよりも強いカードを出さないといけない。出せないときはパス」

「強いって、さっきの数字?」

「そう」


 かどくんはキャラクターカードから一枚選んで取り上げて、わたしの前に置いた。胸元が大きく開いたミニスカートの女の子のキャラクターだった。


「この『二葉』のカードの強さは『2』。もしこれが出てる場合、例えばこっちの強さ『3』の『才三』は出せる。でも、こっちの『拳一』は強さ『1』だから出せない」


 三枚のキャラクターカードが並べられる。それを見て、ふと、さっきかどくんが『強化カード』を重ねたもう一枚の『拳一』のカードを思い出した。

 手を伸ばして机の上に置かれたままのそのカードを持ち上げて『+4』の文字を見てからかどくんを見上げると、かどくんはにいっと笑った。そういうことか、とわたしは口を開く。


「ひょっとして、このカードは強さが『5』になってるから、出せるってこと?」


 かどくんが嬉しそうに頷いた。


「そう、ばっちり。で、さっき複数枚出すときに条件があるって言ったよね。二枚以上のカードを出すときには、その強さが全部同じじゃないといけないんだ。例えば……」


 かどくんがキャラクターカードの中からもう一枚の『二葉』を取り出して、さっきの『二葉』と並べて置いた。


「これで強さ『2』が二枚。この次に出すときは、強さが『3』以上の同じ強さのカードを二枚出さないといけない。でも、手元にあるのがこんなカードだったとするよね」


 そう言って、『電八』というキャラクターカードをわたしの前に置く。『電八』の強さは『8』。


「そんなときに、この『強化カード』を使えば」


 そう言って、かどくんは今度は『電八』のカードに『強化カード』を重ねた。その透明なカードには、バラの花束が描かれている。効果は『-3』。


「これでこの『電八』のカードは八引く三で強さは『5』だ。さっきの『拳一』と合わせて『5』が二枚。これでカードを出すことができる」

「それで出せちゃうんだ、カード」

「そう、出せちゃう。こうやって『強化カード』でカスタムして戦うから『カスタムヒーローズ』って名前。ゲームごとにヒーローの強さも見た目も変わってしまうから、毎回そのゲームだけのヒーローが生まれるんだ」


 かどくんの楽しそうな声を遮るように、耳の奥で銅鑼どらが鳴り響くような音がした。それは試合開始の合図らしく、それでわたしとかどくんは、ボードゲームの中に入ってしまっていた。




 どうやらこれは異種格闘技戦の試合みたいなものらしい。武器も魔法のような何かもあって、とても派手な闘いだ。

 今、試合会場では『十式』という女性型のロボットと『彌七』という老人が並んで他の選手を倒したところだ。『彌七』の手には大きなガントレットが装備されている。二人とも強さが『10』。

 この二人に勝つためには、強さ『11』以上のカードを二枚出す必要がある。キャラクターカードの強さは最大『10』だから、そのままなら『11』が二枚なんて出せるはずがない。

 どうやったら『11』以上が作れるだろうかと、わたしは目の前に並んだ『強化カード』──装備を眺める。装備も色々で、数字が増えるものも減るものもある。うまく組み合わせたら数字が作れそうなんだけど、焦ってしまってなかなか思いつかない。


大須だいすさん、落ち着いて。ゆっくりで大丈夫だから」


 かどくんがそう言って、わたしの手元を覗き込む。長い指で、わたしの手札──選手の情報を指差した。


大須だいすさんの手札はあと二枚。ここで出せたら大須だいすさんは『あがり』だ」

「それは……わかってるから余計に焦っちゃって」


 かどくんがわたしの顔を覗き込んで、いつもみたいに穏やかに微笑んだ。


「大丈夫、一つ一つ確認していこう。残っているのは強さが『9』の『九尾』と、『1』『+8』で『9』になった『拳一』だよね」

「この二枚を強さ『11』以上にしないといけないんだよね? それも同じ数の」

「そうだよ、ばっちり。『強化カード』の残りは?」


 わたしは装備を眺めて、順番に口に出してゆく。


「右手の装備は『+7』と『+2』。左手の装備は『-3』。それとエフェクトの強さ『11』。プラスの同じ数が二つあれば良かったんだけど」

「落ち着いて考えたらできるよ」


 かどくんはそう言って、ふふっと笑った。穏やかなかどくんの口振りに、わたしも少し落ち着けた気がする。

 もう一度、装備を眺める。『拳一』はもう右手に装備してるから、同じ右手の装備は使えない。でも左手装備は『-3』だけだ。

 元の強さを『11』に上書きできるエフェクトのカードも駄目だ。『拳一』の装備の『+8』はそのままだから、強さが『19』になってしまう。『九尾』に装備できるのは『+7』が最大だから、強さが『16』で──。


「あ」


 頭の中にその数が見えて、思わず声が漏れた。かどくんを見上げると、まだ何も言ってないのに、かどくんは楽しそうに頷いた。




 まずは『九尾』に『+7』の杖を持たせて、強さが『16』になる。

 それから『拳一』に炎のエフェクトを纏わせて強さを『11』に上書きする。元々の装備と合わせて『19』。その左手に『-3』のバラの花束を持たせて『16』。

 強さ『16』が二枚、これで『あがり』だ。『九尾』と『拳一』が手にした武器で『十式』と『彌七』を倒す。


「出せたの、かどくんのおかげだと思う」

「俺は何も言ってないよ。大須だいすさんが自分で考えたんだ」


 かどくんを見上げたら、かどくんは首を傾けてわたしを見下ろした。楽しそうに目を細めて微笑んで。

 その表情を見て、なんだか、言葉が何も出てこなくなってしまった。何も言えないまま、わたしはうつむいてしまう。

 わたしがそうやって考えられたことがかどくんのおかげだと思うんだけれど。それもやっぱり言えなかった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『カスタムヒーローズ』ある日のボドゲ部(仮)の活動 くれは @kurehaa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ