流星射手の愛物語〜拝啓私のヒーローへ〜

宮瀬優希

【ステラ・ルーカスになれたのは】

青空の下、華やかに飾られた教会、その最奥──牧師と新郎新婦とが向かい合い、誓いの言葉を述べようとしていた。白のタキシードに身を包み、サラサラと金髪をなびかせる新郎。白地に草花の装飾を施したウエディングドレスを身に纏い、ハーフアップにした髪を三つ編みにした新婦……。

 

リリーに出会う一年余前の、リアムとステラの姿である。


「新郎リアム・ルーカス。あなたはステラ・ダルシーを妻とし、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、妻を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、死が二人を分かとうとも、その命ある限り愛を尽くすことを誓いますか?」

「誓います」

「新婦ステラ・ダルシー。あなたはリアム・ルーカスを夫とし、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、夫を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、死が二人を分かとうとも、その命ある限り愛を尽くすことを誓いますか?」

「誓いま──」

ドォォォォォン!!!

「!!?」

私が牧師さんに対しリアムさんとの愛を誓おうとしたとき、突如爆音が響き渡った。一瞬、辺りが騒然となる。

「何の音……?」

「神聖な結婚式なのに不吉な……」

「静かにっ。きっと大したことじゃないわ」

ヒソヒソと、式の参列者が爆音について話している。……何だろう。とてつもなく、嫌な予感がした。ザワザワと心が波打ち始めた。コホン、と咳払いをして、牧師さんが誓いの言葉を再び述べようと、こちらを向いた。私はリアムさんの方をちらりと見る。リアムさんもまた私の方を向いていて、目が合った。リアムさんは「大丈夫」というように少し頷くと、牧師さんの方に視線を向けた。大丈夫……そう、大丈夫……。自分自身にそう言い聞かせ、私も牧師さんの方に顔を向けた。

「……新婦ステラ・ダルシー。あなたは……」

ガッシャアアアアアン!!!!

「っ!!」

今度は建物が壊れるような音。私たちの後方、それも十メートルほど後ろから聞こえてきた。それと同時にグオオオオオオと、地底から響いてくるようなけたたましい咆哮が鳴り響いた。

「キャーーーーーーーー!!!」

「あ、あれは、フレイムドラゴン!!?なぜだ、この地に封印されていたはずじゃ!?」

「み、皆さん、とにかく避難してください!新郎新婦も!急いで!!」

教会の二階と同等サイズの巨大な竜が、この教会の屋根を鷲掴みにし、破壊した。封印されていた邪竜による教会の襲撃。数百年に一度あるかないかの事件が、たった今、私の前で引き起こされていた。突然の事態に混乱しつつも、わーわーと皆が避難を始めた。私はリアムさんの横で、呆然と邪竜を見上げていた。すると、牧師さんが非常口の方から顔を覗かせ、こちらに手招きをした。

「新郎新婦!お急ぎください!!邪竜の攻撃を一回でも受けようものなら、その身が滅んでしまいます!!……うわっ!!?」

牧師さんは大声で私たちを呼んだ。が、頭上から瓦礫が落下してきたことにより、見えなくなってしまった。つまり、私たちは逃げ場を失ったのである。

 おもむろにリアムさんが、口を開いた。

「ステラ」

「……何?」

「……ごめん」

「え……」

「逃げて!」

ゴウっと一陣の風が吹き抜けた。リアムさんがフレイムドラゴンの方向に駆け出したのである。パッとフレイムドラゴンの方を見ると、ドラゴンはギロリとリアムさんを睨み、前足を振り下ろした。──危ない!!そう思ったが、リアムさんは間一髪それを躱し、弓を召喚した。

「『五連・氷矢アイスアロー』!」

リアムさんは弓をつがえ、技を放った。が、竜の吐息によって溶かされてしまう。

「──っ、『貫通矢ライズアロー』!ステラ、逃げ……て!」

リアムさんが、竜と攻防を繰り広げつつ、私の方を見て叫んだ。私はその光景を見つめながら、ぼんやりと考えていた。


……逃げる?……ああ、そっか。逃げないと。

(戦わないの?)

私じゃ力になれないから。

(本当に?)

リアムさんを待つことしか、できないよ。

(……ステラ……)


心の中の私が、クスクスと笑うように問いかけてくる。私だって、戦いたい。リアムさんの力になりたい。でも、私じゃ……


(((また、逃げるの?)))


「っ!!」

心のどこかに巣くっていた逃げの気持ち。言い訳をして、逃げてしまおうという卑しい気持ち。自分自身にズバリ言い当てられて、私の中の何かが崩れた。ぼんやりとしていた意識が焦点を結んでいく。……私は、今日からリアムさんの妻になる。一緒に支えられる人になりたいって、心の底からそう思う。だから──!!

「リアムさん!私も……私も戦う!!『流星弓矢メテオアローアイス』!」

気がついたら、私は走り出していた。


「まぁ、あれが、ダルシー家の一人娘ね」

ステラの名に見合う美しさだわ」

「ええ、ほんと。でも……」

私はいつも、人々の視線を感じながら生きてきた。「ダルシー家」。エルフの街では名高い由緒ある家系で、生活には困っていなかった。お父様もお母様も優しくて、私はあの家が大好きだった。でも──


「あの家はやっぱり│暗いダルシーね」


私の心に安らぎは無かった。


「えと……ステラ、さん……?」

「……はい……」

第一印象、氷のような人。常に先を見据えていて、冷静な──氷のような人だと私は思った。彼の会話は淡々としていて、感情の機微が読み取りづらかった。リアムさんは、何を考えているかわからない。この人がなぜ私と一緒にいるのかわからなかった。


「結婚しよう」

突然だった。何の前触れもなく、彼はそう言ってきた。驚きや喜びより先に、涙が溢れた。返事をすることはできず、ただただ、彼の胸の中で泣いた記憶がある。

「あ……えと…………」

「リアムさん……わ、たし…………怖くて…………ずっとっ……」

過去の対人関係のトラウマから、涙が溢れたのだと伝えると、彼は

「一生幸せにする。……待ってるから。心の傷が、癒えるまでずっと」

泣き止むまで私の背中を擦ってくれた。


氷の隕石が邪竜に迫る。竜は、私の矢を見て、ゴウッと強く吐息を吐き出した。あえなく霧散。それと同時に、右前足を私の方に振り下ろした。

「きゃっ」

「ステラ!どうしてっ……」

当たるギリギリで、リアムさんが私をお姫様抱っこで救出してくれた。

「リアムさん……」

「逃げてって、言ったのに」

「うん……ごめんなさい。でも……」

リアムさんをしっかりと見つめ、私は思いを伝えた。

「私はリアムさんの妻になるの。一緒に戦ったって良いでしょ?」

リアムさんはほんの少し目を見開き、そして微笑んだ。

「そうだね。……じゃあ、一緒にあいつを倒そう」

「うん!」

優しく地面に降ろしてもらい、邪竜に向き直った。

「……チャンスは一度きり。準備は良い?」

「もちろん!」

私たちは左右に別れ走り出した。──あの竜は多分、俺を狙ってくると思う。だから、左右で別れて同時攻撃。片方……ステラの攻撃は確実に当たる。その攻撃に怯んでいる間に、俺たち二人で技を放つんだ。俺は装備無しで炎に焼かれることになると思うけど、大丈夫。作戦に支障は出さない。

 リアムさんとタイミングを合わせ、詠唱を開始する。

「『流星弓矢メテオアローアイス』!」「『五連・氷矢アイスアロー』!」

グオオオオオオ、と咆哮を轟かせ、竜は片方に吐息を吐き出した。ここまでは作戦通り。でも、吐き出したのは

「熱ッ!!?」

「ステラ!!」

ジュゥゥと右半身が焼けていくのを感じた。よろけ、倒れ込みそうになるのを必死に堪える。竜はリアムさんの攻撃に怯み、凍った左側を溶かしているようだった。キッと竜を睨みつけ、大声で、私の元に駆け寄ろうとするリアムさんに言った。

「リアムさん!詠唱!!」

「ッ──!」

リアムさんはハッとしたように竜の方を向き、右手を掲げた。私もそれに習う。

「「『万物を凍らせしこの矢には、如何なる炎も敵わない。熱原子よ皆、無に還れ。三連・凍結矢フローズンアロー』!!」」

キーンと、氷の呼応が聞こえた。私とリアムさんで描いた魔法陣から、三本の矢が出現する。自動標準。フレイムドラゴンの弱点……喉元に向かって、矢が発射される。──お願い、届いて!!邪竜はグオオオオオオというけたたましい咆哮とともに、後ろに倒れ込んだ。喉元が凍てつき、再び封印の紋章が浮かび上がった。

「……やったの……?」

「……ああ」

「やったあ!!」

私は喜びのあまりリアムさんに抱きついた。リアムさんも「お」と一言だけ発し、私を抱きしめた。

「リアムさん……ありがとう……ありがとう……」

私が泣きながらそう言うと、リアムさんは背中をポンポンと叩きながら

「こちらこそ、ありがとう。怪我させて、ごめん」

暖かい言葉を紡いだのだった。


「では改めまして、新婦ステラ・ダルシー。あなたはリアム・ルーカスを夫とし、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、夫を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、死が二人を分かとうとも、その命ある限り愛を尽くすことを誓いますか?」

「誓います」

「よろしい。では、誓いの口づけを」

ゆっくりとリアムさんの距離を詰めていく。そして、唇と唇がほんの少し触れ合う程度の幼い口づけを私たちは交わした。改めてリアムさんと見つめ合う。

「私は暗いステラ・ダルシーじゃないよ。ステラ・ルーカス。リアムさんのお陰で、光のステラ・ルーカスになれたんだよ」

ありがとう。私のヒーロー。暗闇の中に居た私を救ってくれて。ありがとう、私の英雄ヒーロー


「これからも、ずっと一緒だよ」


にこりと笑ってそう告げると、リアムさんは少し赤面し、「当たり前だよ」照れながら言った。壊れた屋根の天井から降り注ぐ光が、私たちを祝福するように降り注いだ──。

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