03 契約は先に内容を確認しよう
──なんとかうまくいったな
澄ました顔をしつつ、ディアブロは内心ホッとしていた。
途中危ないところもあったが、彼の用意周到さが功を奏したのだ。
両手を上げ立ち止まっていたタダシを見つけたディアブロは、彼の真意に気づいたがあえて気絶させた。
直前のやり取りを見られたからには、このままでは契約の交渉がうまく行かないと瞬時に悟ったからである。
そこで、タダシが意識を失っている間に、周囲へアウルベアの餌を撒いておいたのだ。
おかげで丁度良いタイミングで来てくれた。しかも、タダシがしっかり契約内容を確認する前に。
──これで俺は、目標を達成することができる
「これで……お前は俺の使い魔だ!」
後ろからの聞こえるタダシの声にディアブロは達成感に満ちあふれていた。
力が漲る。単体では存在できない悪魔にとって、契約することは力を増幅させる作用があるのだ。
気分が高揚していたのか、ディアブロは普段言わないような言葉を口走った。
「俺の名はディアブロだ。よろしくゴシュジンサマ!」
柄にもなく盛大にかっこつけて、ディアブロは目の前の魔獣に殴りかかった……のだが、彼は力みすぎてしまった。
殴られた魔獣は肉体が爆裂四散し、周囲は血の海になった。
当然のことだ。彼はつい昨日まで四天王だった悪魔、この世界には神々を除いて倒せる者は数えるほどしかいない。
「……契約、破棄しようかな」
タダシのその言葉が、ディアブロの耳に弱々しく届いた。
■■■■■
「なんだって~?! 魔王討伐だと~?!」
契約書の内容を確認したタダシは、驚きのあまり契約書を破りかけた。
俺はそれを慌てて制止する。
「やめろお前、正気か?!」
「それはこっちの台詞だ! 俺はただの村のきこりだぞ! 魔王どころか、この前は家でネズミに追いかけられたぐらいだ! そんな奴が魔王なんて無理に決まってるだろ!」
情けないな。ネズミってこいつ。
まあ、ぱっと見で
それにしても、最近の人間は悪魔と契約をしないのか?
確か、昔なら勇者パーティーには必ず使い魔として悪魔を使役している者がいた。
それが、ここ200年あたりからめっきり見なくなった気がする。
仕方ない。この無知な人間に知識を享受してやろう。
「あのな、悪魔との契約ってのは、契約書とそこに書かれてある契約内容がすべてだ」
「……というと?」
彼は真剣に聞きはじめた。当たり前だ、これからの自分に関わるのだ。
「契約内容は絶対だ。これは契約が終わるか破棄されない限り破ることができない」
「ほう、もし契約を破ったら?」
「体内で心臓が捻れて死ぬ」
「トリッキーな死に方だなおい!」
「仕方ないだろ、そういうものだ」
一度契約を破った者を見たことがある。あれは非常に滑稽な光景だった。
契約を結ぶ際、気持ちを縛るようなことは書かないというのが鉄則だ。
人間の心はうつろい易い。思わぬタイミングで契約を破ってしまうからだ。
とあるモテない召喚術士の男が、モテない自身が綺麗な女の悪魔と結ばれるために、お互いの気持ちを裏切らないと契約に加えた。
目論見通り彼を裏切ることなく、悪魔の方も彼へ深い愛を向けるようになった。
だが、それを結んだ本人が別の女に一目惚れしまったのだ。
彼が作った契約は、それを悪魔への裏切りと認識したようだ。
その瞬間、彼の心臓は徐々に捻れて死んだ。愚かな男だった。
「それで、『破棄されない限り』ってことは、破棄する方法があるんだろ?」
「あるけど、絶対にやるなよ? フリじゃないからな。契約書を破れば、契約は破棄──っておい! やめろって言っただろ!」
急いでタダシの手に持つ契約を奪う。このまま持たせておくと命がいくつあっても足りない。
「死ぬ気か? お前馬鹿だろ! 真性の馬鹿だろ!」
「馬鹿とはなんだ馬鹿とは! そんなこと言う方が馬鹿なんですぅ~」
こいつはダメだ、人を選ばなさすぎた。
「契約内容をしっかり読め!!」
契約書を広げ、彼に見せつけた。それを凝視しながら、彼は契約内容を口に出して読み始めた。
「なんだよもう。え~っと、"1つ、使い魔は契約主に生きてる限り隷属するべし、対価は契約者の寿命10年"。これは聞いたな。"2つ、契約主は魔王を討伐するべし、対価は使い魔の契約履行後の魂"。契約履行後ってどういうことだ?」
「契約が終わったらってことだよ」
「なるほど~って、終わったら死ぬの?!」
「俺がな。今は置いておけ」
「わかったよ~、え~"3つ、契約を破棄せず厳守すべし、対価は契約履行後のそれぞれの命"……って、なんだこれ?! 絶対に破棄できないじゃないか!」
ようやく気がついたか。だから読めと言ったのだ。
「だから俺は何度も止めたんだよ。俺だってまだ死にたく無いからな」
「なんでこんな契約内容を入れたんだよ?」
「2つ目の契約を必ず達成してもらうためだ」
当たり前だ。そのためだけに俺はここまでやっているのだ。
全ては魔王と四天王たちへ復讐するため。
「そこまでひどい解雇のされ方だったのか? そもそもどうしてクビになったんだよ」
「ふん、言うつもりは無い」
あんな屈辱的な理由でクビになったのだ、言えるわけがない。
俺にだって言い分はあるのだが、絶対にわかってくれないだろうしな。
あれ、なんか物凄く悪い顔してない彼?
「隷属してるんだろぉ~? 契約したよなぁ~?」
契約内容は絶対だ、それは俺がさっき言ったことだ。
だが普通初めて契約したときは、誰もが行使するのに少し躊躇するものだ。
本当に、契約した人を間違えたかもしれない……。
観念した俺は、一から説明した。
「……控えめに
はい、言われると思った言葉第1位いただきました~
「ただ
おっと、4位と3位まで出てきたぞ。どんどん来るな。
「俺はその
惜しかった~、5位だよそれ。ベスト5を揃えるのに、後は2位だけだったのに。
ていうか逆ギレを逆恨みにわざわざ言い換えることあるか?
「絶対に狙ってるだろおい!」
「何の話だよ」
「あっ」
心の声が出てしまったようだ。
「それよりもだ、俺には魔王を倒す理由が無いぞ」
「あるだろ、俺との契約なんだから」
「そういうことじゃなくてな、お前のそのクズい復讐心だけで、世界最強と名高い男を敵にまわす俺の身にもなってくれよ」
確かに、それは一理ある。相手はあの神々にも対抗できると言われる男だ。
契約することだけに固執して、相手を見ていなかった。
「それに、評判が良すぎるんだよ」
「評判だと? 人間にか?」
「ああ、人間に危害を加えるどころか、交易をしたりで交流が最近は活発だからな。魔王を敵視しているのはロプト教の奴らだよ」
それは初耳だ。あれだけ自称勇者たちを魔王城に送り付けて来るのだ。
てっきり全人類が敵視しているものだと思っていた。
「あの、毎度やってくる自称勇者たちもそのロプト教なのか?」
「ああ? あいつらお前らの前でそんな自称してるの? イタいやつじゃん。その自称勇者たちは俺たち人間から"ロプト教の使徒"って呼ばれてるよ」
こいつ、知識はいっぱい持っているな。それとも一般常識がここ数百年で変わったのか。
「とにかく、俺は魔王を倒したくない!」
非常にこれはまずい。魔王を討伐する期限は存在しない。
召喚魔法は細かい期限を正確に指定できないのだ。だから、討伐しなくてもこいつ自身には特に問題は無い。
こうなったら仕方ない。一か八か、試してみよう。
「わかったよ、降参だ」
「……え? どうしたんだ急に」
「だって無理なんだろ? そりゃそうだ、魔王討伐なんて普通に考えたらできるはずがない。もう少し相手を見て選ぶべきだったよ」
「……」
黙って俯いてしまった。プライドを刺激する作戦はどうやら成功したようだ。
これでこいつは、プライドのためだけに魔王を討伐するって──
「そうだろう?! いや~、よかった~わかってくれて」
……え?
「できるはずないもん、こりゃ諦めるしか無いよ。そしたらさ、せっかく契約したのに申し訳ないんだけどそういうことだから。あ、どうせならディアブロも復讐なんて綺麗さっぱり忘れてさ、一緒に暮らそうよ?」
こいつの方が一枚上手だった~!
まさか、この契約の抜け穴に気がついて、わざと言っているのか?
それだったらさっきの馬鹿さ加減は演技ということに……。
仕方ない、リスクは高いがこうなれば
「でも、この契約がある以上、俺たちは討伐に向かわないといけないぞ」
「え、契約書の通りだと別に期限が無いから、俺にはデメリットが無いよね?」
やはり気がついていたか。
「何をいってるんだ? そんな半永久的な契約などあるわけがないじゃないか。何も書いていない場合、期限は5年以内と決まっているんだよ」
もちろん大嘘だ。1つ目の契約が半永久的なものなので、この理論はありえない。
「本当かそれ。お前、俺に隷属しているんだからな~?」
来た! やはりこのことを言ってきたか。
勝負所だ、心臓が捻れないことを祈ろう。
「──あぁ、ちゃんと理解しているぞ」
恐る恐る答えた。だが、何も起こらなかった。
本来、主従契約にあるため、俺は命令に嘘はつけない。
だが、ここで聞いてきたのが魔王討伐の契約だ。
魔王討伐をするための嘘、契約ではそのように判断されたのだろう。
したがって、2つの契約で効力が相殺しあったのだ。
かなりの賭けだったが、どうやら上手くいったらしい。
「どうやら本当みたいだな、ということは5年以内に俺は魔王を……。できる気がしない」
泣きそうな表情をするタダシだったが、俺はあまり気にしなかった。
それよりも、あいつらに復讐できる。それがわかっただけで嬉しかった。
「やばい、早くしないと!」
「どうしたんだ?」
「早くノルマ分を伐採しないと!」
そうして、俺はタダシと森の中へ入り、彼のきこりの仕事をただ見ていた。
■■■■■
美しく晴れた青い空に鳥の鳴き声が響き渡った。窓からは陽の光がさ差し込み、この部屋を温めてくれている。
そして、部屋の中には私と美女の2人っきり。今は亡き父上が遺したワインセラーから、高そうなワインを取り出して朝から飲んでいた。
正直、味の良し悪しは私にはわからんが、特に問題は無いだろう。
目の前の美女を見ていると、酒のせいもあってか気分が昂ってきた。
そろそろ一回戦目を始めるか。
「あら、アングレット様ったら、まだお昼前ですのよ。お尻なんて触っちゃって」
よく言う。この女とここ最近は一緒だが、そういうことは寧ろ積極的な方だ。
これもいつもの流れの一環だ。頬なんか赤らめているが、内心乗り気なのだろう。
「なあに、良いではないか。別に誰かが見てるわけでもなかろう」
「それは……」
私の言葉に彼女は少しいい吃る。
変だ、いつもならここでスイッチが入るのだが。
「む、どうしたのだ?」
「そちらに、クレマンが……」
「なに?」
予想だにしない返答だ。彼女は私の背後を指差していた。
まさかとは思い振り返ると、男と目が合った。
彼は勝手に私のティーポットでお茶を入れ、目が合った今もゆっくりと飲んでいる。
なんと図太いやつだ。
やがて飲んでいたカップを机の上に置いた。
「あ、見つかっちゃいましたか。おはようございます、アングレット伯爵、アリシア様。今日もお盛んですね」
「クレマン貴様、『見つかっちゃいましたか』じゃないんだよ! なに勝手に人の部屋に入ってきてるんだ! せめてノックくらいしろ! そして、なんで人のティーポットでお茶を入れてるんだ! 勝手に飲みやがって!」
「まあまあ、一旦お茶でも飲んで落ち着いて。ほら、美味しいのを入れてあげましたよ」
「ああ、ありがとう、じゃないわ! 貴様の飲みさしだろこれ!」
ふざけた態度だ。心底クビにしてやりたい。
「だって、伯爵は女好きだからどの時間にきても取込中じゃないですか。ノックする度に追い返されるんですもの。だったらいっそ見てしまおうって思って」
「なんてイカレた思考回路だ貴様! 仮にもお前の雇い主だぞ!」
「だから敬語を使ってるじゃ無いですか」
「そういう問題では……、まあいい」
このままでは埒があかない。話を進めよう。
おそらく、隣にいるアリシアにも関係する話だろう。
「それで、どういう用件だ」
「ああ、そうですね。あの村を攻める準備が整いました」
「ほう、とうとうできたか?!」
予想した通りだ。喜びのあまり踊り出したくなる。
アリシアも満足そうな表情だ。
これはあの方も──。
「いますぐに出陣させろ」
もうすぐここに彼女が来るのか。今から非常に楽しみだ。
あまりにクズだったので、四天王を解雇されたのだが。 クズの極み男 @kuzukiwaman
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