彼方なるハッピーエンド

押田桧凪

第1話

 川から桃が。ぷかぷかと、ゆらゆらと、ざぶんざぶんと。それとも、たぷたぷと?

 この情景に合うオノマトペはどれだろうと、それを思い出せないでいるおばあさんは、川べりで深く思案していました。


 そんなことに気を取られている内に、いつの間にか、遠くからでも目を見張るほどだった、大きな桃は、川を流れていってしまいました。あーあ、ざんねん。


 けれども、おばあさんはあーあとは思いませんでした。


 これは仏様の思し召しじゃ。わしに何か、言葉を授けようとしてくれたのじゃ。それもきっと、新しい言葉。まだ誰も辿り着いたことのない言葉じゃろう。しかし、それが何かは分からんが……。


 その日の帰り、おばあさんは畑仕事を済ませたおじいさんに出くわしました。


 ばあさんや、洗濯は済んだかえ?


 あぁ、大丈夫じゃ。それより、さっき面白いことがあってな。桃が、それはそれは大層大きな桃が流れてきておったんじゃ。


 ほえー、これまた夢のような話。ばあさんの想像力は豊かじゃなぁ。


 いやいやそんなことはねぇ、わしの目はたしかじゃった。見たんじゃ。


 なら、何を賭けようか。証明してくだすって。


 そげなこと言わんといてな。ちょうどな、そんときは考え事をしておって、手を伸ばせば届きそうな位置に桃はあったんじゃ!


 そいで、その桃がどんぶらこと流れてきたとな。


 それじゃ! どんぶらこじゃ!

 どんぶらこ、どんぶらこ! あぁこの響き。初めて聞くようでいて、どこか懐かしい。じいさん、どこでその言葉を。


 知り合いの異国のやつから聞いたんじゃ。わしも最初聞いたときは、ちんぷんかんぷんじゃったが。


 ちんぷんかんぷん?


 ああ、これもあっちの言葉かえ。よく分からん時に使うんじゃ。ほら、今みたいな。


 ふーむ。こりゃ、面白い。わしは今、ちんぷんかんぷんじゃ!


 そう言って、ふたりは笑いながら家路につきましたとさ。めでたしめでたし。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

彼方なるハッピーエンド 押田桧凪 @proof

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ