ハイカラ少女と宇宙人と…
兎緑夕季
ハイカラ少女は乱れて…
大正12年春――
ハイカラ姿の少女はお父様にねだって買ってもらった自転車をこぎながら人の波を駆け抜けていた。
女学校の最高学年になってもお転婆が抜けない少女を周りは冷や冷やしながら見守っているが彼女はお構いなし。
艶のある長い髪なびかせてブーツに袴、オレンジの生地の着物の彼女は最近はやりの西洋文化を取り入れたハイカラ女子を地で言っている。
「まあ、アナタ!なんて恰好してるんです!足を閉じなさい!」
まくしたてた袴の下から白い足を搔いていれば、怖い女教師が怒鳴ってくる。
だが、少女は意も返さない。
「もう先生。大げさですわよ。袴って意外と動きにくいんですの。私もズボンがはきたいわ」
そんな軽口を言えば、さらに大目玉を食らうばかりだ。
少女はそれすら面白かった。
なんて愉快な日なのかしら。
そう笑っていた。しかし、同級生の「桜子先輩がいらっしゃったわ」の声で現実に引き戻される。ハイカラ姿の少女の顔はみるみる暗くなった。
去年卒業された美しい先輩。品があって鶯の鳴くような高い声で囁いてくる人。
誰だ見ても淑女だ。
彼女の登場に同級生や下級生が集まってくる。少女はそれを遠目で見るだけだ。
「ご結婚おめでとうございます!」
皆が喜びの挨拶をしている。
その中に入る気にはなれない。
桜子先輩は少女を妹のようだと可愛がってくれた。
少女もそれに応えるように彼女に懐いた。
その関係が永遠に続くと思った。
けれど、知ってしまったのだ。
いつまでも一緒にはいられないと…。
あの蛍の季節は黄色の艶やかな着物を着ていた。
しかし、それは私に見せるためのものではない。
夜風に当たる彼女のそばにいたのは見知らぬ男。
彼女は見た事もないような綺麗な笑顔を向けていた。
私は知らない。
どうしようもなく苦しかった。
私はあの人が好き…。
でもこの想いはけして口にはできない。
少女は大好きな先輩から背を向けた。
一心不乱に走り出た。
着物が乱れるのもお構いなしに。
今だってあの時と何も変わらない。
ポロポロと溢れてくる涙を止める術も分からない。
嫌だな。熱くてモヤモヤした物が心を蠢いていく。
こんなの私じゃないとハイカラ姿の少女は頭をふるも消し去れない。
自然と涙があふれてくる。こんな姿先輩には絶対に見せられない。
少女は校舎の裏から飛び出した。
頬を生暖かい風辺り、前髪は無造作に乱れる。
それでも気にならなかった。
土埃が立ち込めて、段差につまづく。
胸がお腹に痛みが走る。
盛大に転んだのだ。
虚しさが込み上げて、涙が溢れてくる。
「ああ、かわいそうに…」
頭に響く男の声。
「うるさいわ。いい加減、私から出て行ってよ!」
蛍の季節、私の所に来たのはコイツだけ。
「そうしたいのは山々なんだが、君が幸せになってくれなきゃ切り離せなくて」
少女の胸から風船のような頭が形成される。
彼は別の星からやってきたと言った。
誤って墜落して意識だけが私に乗り移ってしまったのだと。
「よし。決めた。君に合う女性を探してあげるよ」
「大きなお世話だわ」
「人の善意は受け取っておくべきだよ」
「貴方を信用できないだけよ。見た目もアレですもの」
「侵害だね。僕は味方だよ。少なくとも君の周りの人間達よりはね」
なんだか、彼の声は穏やかで安心する。
「だからおおむねに乗ったつもりでいてよ。どんな悪意からも守ってあげるから」
ハイカラ少女と宇宙人と… 兎緑夕季 @tomiyuki
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