宇宙からの帰還Ⅲ(KAC2022:⑧私だけのヒーロー)

風鈴

ヒーロー

 ~~~三宮朱里さんのみやあかり視点


「朱里!!朱里!!」(浦路うらじ

「・・寿命だろうな。限界だったんだよ、もう!」(達也たつや


 私は、薄目を開けて、震える手を達也の方へ伸ばした。


 達也は、無言でその手を握る、あの時のように。


「・・お・・か・・・・」

 私の頬を涙が伝わって、流れた。

 もう、言葉も口から上手く出ない。

 あのモールト(脱皮)現象が起こってから、次の皮膚に置き換わるって時に、異変は起こった。

 急激な変化だ。


 クスリ・・クスリを・・・ああ、でも、これはもう、たっちゃんが言うように、ダメなんだろうな。


「タツ!何とかならないか?タツ!!」

「お前、医者を止めたのか?お前は、今まで何を!クソッ!!クライオニクス(冷凍保存)だ!!直ぐに準備させろ!!朱里、僕が好きならば、僕の事を考えろ!この浦路のヤロウが好きなら、それでも良い!大好きなヤツを思い浮かべるんだ!そして、ソイツの事を想い続けろ!いいか、愛を語り続けろ!」


 何か、叫んでる・・・・もう、聞こえないよ。

 でも、たっちゃんが愛してるって叫んでる気がしたよ。


 このまま、意識も無くなるのかな? 

 会いたかった。

 心も身体も、いつの間にか、元には戻らない程に、犯されていた。

 でも、ずっと、心の奥底には、あなたへの想いがくすぶり続けていたの。

 長かった、とても長かったわ。


 やっと会えたのに。

 残酷だよ。

 病気になったのがそもそも、残酷の始まりだった。


 報いを受けたのよ、私は!


 たっちゃん(達也)と出会った時、もうすでに彼は、私のヒーローだったの。

 同じ年なのに、彼は既に研究所ではリーダー的存在で、誰もが彼を一目以上置いていたわ。

 私は、同い年を理由に、彼に近づき、彼を強引に連れ出したりして、遂に同棲するようになった。

 でも、彼は、私の身体を求めてくるような事はしなかったわ。


 彼は、どこまでも優しくて、どこまでも子供だった。

 天才って、確かに頭脳は大人以上なんだけど、その他はホントに子供なんだって思ったわ。

 でも、そこが好きだった。

 彼は、純粋なの。

 純粋だから、閃きが天才的で、神に愛されているんだと思ったわ。


 それに比べて、私は、計算高く、卑怯だったわ。

 彼は、もちろん童貞だったけど、私はそうじゃないし。

 でも、彼を愛している事は、誰にも負けないハズだったの。

 一生懸命に彼と過ごし、彼を支えたわ。


 そして、発症した。


 彼と共に、様々な治療法を、忙しい研究の傍ら、探したわ。

 あのチクロイドXの人体応用もその一つだった。

 でも副作用があって、無理だと結論付けて、他の方法を探し続けたの。

 やがて、私は、だんだん悪くなり、入院した。


 そんな時、ミッチー(浦路)から宇宙移住計画の話を聞いたの。

 その時、私は身体が衰え、髪の毛も抜け出し、肌も汚く変色して張りが無くなり、もう、20代とは言えないぐらいの醜い姿になろうとしていた。


 そこで、ミッチーから、この、まだマシな状態で別れた方が、彼の最後の記憶として残る私の姿は、衰えたとはいえ、美人のままだよという言葉に負けてしまった。


 私は、またしても、そういう計算高い女だったのよ。

 たっちゃんと別れてからも、ミッチーの治療を受け続けたわ。


 それでも、良くならないばかりか、死の淵を彷徨うときもあり、もう死ぬのは時間の問題だった。

 そこで、どうせダメなら、たっちゃんと研究したチクロイドXを使おうと思ったの。

 私が、その使用を頼んだわ。

 ミッチーは、反対したけど、私は、たっちゃんとの共同作業で作ったモノで死ねたら本望だと思ったの。


 投与後、身体が見る見るうちに回復していくのがわかったわ。

 でも、その後、じわじわと激痛が訪れ、頭が変になりそうで、モルヒネを打ってもらった。


 それでも、モルヒネの効果時間はどんどん少なくなっていくの。

 それに比例して、私は・・私は・・身体も、脳も、男を求めたの。

 性欲が抑えきれなくなったの。

 そして、ミッチーと・・・・。

 彼は、躊躇っていたわ。

 でも、私が誘ってしまって。

 このままだと死ぬからと。

 そして、ミッチーのことも好きだったって、ウソをついた。

 でも、その時は、抱いてほしくて、堪らなくなって、私が私でなくなったのはそれからだった。


 もう、なぜかは解明されている。

 モルヒネよりも、セックスの方が、この副反応を抑える効果が十数倍以上高いのだっていうこと。

 モルヒネの効果は、エンドルフィンの作用と同じだとされているわ。

 でも、その程度は、数倍以上もエンドルフィンの方が上。

 セックスにより、オキシトシンなどの他の幸福ホルモンも出ているってことで、それらの複合作用によって、十数倍の効果があるのがわかったのよ。


 それから、私の彼は、ミッチーになってしまった。

 心の奥に、たっちゃんの想いを閉じ込めながら。

 たっちゃんを想い乍ら、ミッチーに言われるがままに、たっちゃんの事を言うのが強い快感になり、セックスに溺れるようになっていったわ。


 麻薬と同じよ。

 やめられないし、それをやめれば、激痛の果てに死ぬ。


 時々、こんな事をして生きてても、幸せって事になるのかなって思うことがあったわ。

 でも、直ぐに、そんな想いは、強烈な性欲と、セックスの快感で忘れてしまうの。


 そうして、心が浸食されて行ったわ。

 性の倫理観もそれらの行為を認めるように、心が、気持ちが変わってしまうのよ。


 恐ろしいわ・・・・・・。


 あれっ?


 わたし、なぜ、まだ、こんなことを思うことが出来てるんだろう?


 ひょっとして、こうしてずっと今までの事を想い続けて、反省し続けるっていう、無間地獄?

 ずっと、苦しみ続けるって地獄。

 仏教であったっけ?

 子供の頃に絵本で見たことがあるわ。

 それかも?


 だったら、鬼が出てくるのかな?


 怖いよ。


 助けてよ!


 怖い。


 一人にしないで!


 怖い!!


 たすけてー!


 たっちゃん!


 たっちゃん、たすけてーーー!!


 たっちゃん・・・・ごめん・・・・。


 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・・・。


 愛・・してる・・・・愛してる・・・愛してるの!・・うううう・・・・。



 **

 ~~~浦路満留うらじみつる視点


 オレは、いくら達也が天才でも、現在の発展した医学の知識を身につけているとは思えず、達也の素早い対応に疑問の目を向けていた。

 クライオニクス、今でも、この技術は確立されていない。

 いや、不可能とされて、最早、見向きもされないモノだ。

 しかし、直ぐに装置が運ばれてきた。

 スタッフも居る。

 達也は、いったい、何を?


「その注射は何だ?」

「ああ、これか?これは、ナットーキナーゼから抽出したものだ」

「いや、それはダメだ!そもそも納豆を食べてもダメだ!これはチクロイドX阻害剤だからな!」


「ああ、だから余計に都合がいいんだよ。もう、朱里の身体はチクロイドXを打っても無駄だからな。チクロイドでは、もう寿命なんだよ。限界が来たんだよ、強制的に細胞分裂を繰り返すのは。だから、ここはとりあえず、身体の劣化を止めるために冷凍保存をするんだ。そして、それには、このキナーゼが有効なんだ。冷凍保存の一番の問題点は何だ?」


「それは、細胞液などの体液が凍ってしまい体積が増え、細胞壁を破り細胞を破壊してしまう事」


「そうだ。だから不凍液とかを体液と入れ替えるとかするんだろ?でも、それらは全部失敗に終わっている。でも、このキナーゼを使えば、凍ることも無く、尚且つ、の作用を補助してくれるんだよ!」


「なんだそれは?」


「これか?これは、秘密だ。悪いな、全部を話すわけにはいかない。時間が無いぞ。キナーゼの効果時間は一日が限界だ」


「ホントに大丈夫なのか?」


「まあ、計算上はな。このまま死なせて堪るか!例え、お前を愛しちまっていてもな!」


「なぜ、オレ達を怒らない?」


「はあ?怒ってるに決まってるじゃねーか!だがな、もともとお前は変態だってのは知ってたからな。それに、あのままだと朱里は死んでた。まあ、奇跡だが、お前の度胸には恐れ入ったよ。バカで変態で臆病だと思ってたけどな」


「・・・・いや、オレは臆病のままだよ・・・・」(小声)


「おいっ、始めるぞ!・・うん?お前、何か言ったか?」

「いや、それよりオレも手伝わしてくれ!」

「ああ、頼む」



 オレがチクロイドXを打ったのは、朱里に頼まれたからだ。

 オレがやろうと言ったわけじゃない。

 そもそも知らなかったからな。

 そして、朱里を抱いたのも、彼女の方から求めたからだ。

 オレから誘ったわけじゃない。

 オレは、臆病なんだ、ずっとそうだし、今もそうだ。


 チクロイドXについては、いろいろとデータが集まり、段々とわかってきた。

 チクロイドXは、半年持続可能な薬で、それが切れた時には、それまでの細胞の負荷が祟り、死をもたらす。

 そして、激痛という副反応がある。

 最初の投与時は、モルヒネや合成エンドルフィン等で激痛を紛らわし、そのうち、異性への欲求を満たしながら、効果を持続させていく。

 セックスによる幸福ホルモンの分泌は、自分が作り出すものなので拒絶反応は出ない。

 そして、実は、その幸福ホルモンによる作用は、チクロイドXの効果を持続させるばかりでなく、副作用をも、抑え込むことがわかってきた。

 副反応を抑え込むばかりでなく、副作用自体を緩和させるんだ。


 最初は、歳取った権力者が欲しがった。

 劇的効果は、次々と権力者を巻き込み、やがて、オレは全ての権力者を意のままに出来るようになった。

 オレに追従するスタッフに担がれて、世界を牛耳って、有頂天になった。

 だが、あくまでも影で政府を支配した。

 暗殺などが怖かったからだ。


 ずっと臆病なんだよ、オレは!



 一日経ち、朱里は目覚めた。

 再び若い肉体に戻ったのだ。


「奇跡だ!!」

 オレは、神様に初めて感謝した。


「朱里、良く頑張った!」

「・・あ・・り・・がとう!・・そして、お帰り、たっちゃん!愛してる、私だけのヒーロー!」


 

 オレは、臆病を止める決心をした。


 オレは、その日、自室にて、レーザー光線銃で脳天を撃ち抜いた。


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